第七十五話 其の一 反撃(其の一)
昨日、あれから考えに考え抜いて、義行はどう反撃するか決めた。そうなると、サイクリウスには申し訳ないが、当初の予定をまるっと変更しなければならない。
そこで、義行は朝一でサイクリウスの執務室に向かった。
「サイクリウス。悪いんだが、準備は一旦中断してくれ」
「それは構いませんが、どうかされましたか?」
「確実に自白させるというか、嫌でも自白する方法を思いついた」
「……、道義的に大丈夫でしょうね?」
「知らん。ただ、協力者が『うん』と言わなければどうにもならんがな」
とはいえ、義行も拷問までして吐かせる気はない。それに、拷問は訓練次第で耐えられる。しかし、精神攻撃はそれほど簡単なものではない。
サイクリウスも納得してくれたので義行は、「シトラさーん。愛してますよー」と大声を上げた。
「ちょっ、なに言ってるのよ!」
僅かに頬を赤らめたシトラさんが一瞬で現れた。
「やっぱり、そういう関係だったのですね……」
「なっ……、サイクリウス、黙りなさい。チャック!」
だが残念なことに、昨日が初参加のサイクリウスにチャックは通用しないのだ。
「なに恥ずかしがってるんですか?」
「う、うるさいわね。きょ、今日だけだからね。プンプン」
「まあ、冗談はこのくらいにして、例の件でお願いがあるんですよ」
それを聞いたシトラさんは、待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。
「シトラ様、そんな楽しそうにされましても、我々としては……」
「相変わらず固いわね。少しは余裕を持ちなさい。誰がバックについてると思ってるのよ。禿るわよ?」
サイクリウスの眼が大きく見開かれた。
義行が言うと『禿ません』と即否定するくせに、妖精に言われるとこうなるようだ。シトラさんも冗談で言ってるだけなのにと義行は思った。
「実は、森の中に取調室を作りたいんですけど、いい場所ないですかね?」
「屋敷からあまり遠いのも問題よね? 幾つかあるわよ」
「そこに、こちらが準備する家を一軒お願いできますか?」
これだけで察するものがあったのだろう、二つ返事で了承してくれたうえ、ヴェゼたちとの打ち合わせまでやってくれることになった。
「サイクリウス。治安維持部隊を動かして、ユーサーとその甥に監視を付けてくれ。あと、主犯格三人の家族関係を洗ってくれ。別に犯罪歴とかそんな情報はいらん。どんな人物かとかだけでいい」
「わかりました。その程度の調査であれば、今日中に終わるでしょう」
「それなら明日、朝食を取りながら打ち合わせをするから七時に食堂に来てくれ」
義行とシトラさんは部屋を出て、ユーサーを監視していたクリステインと合流した。
「お疲れさん。監視は治安維持部隊が引き継ぐよ。それで急で悪いんだが、空き家を一軒紹介してほしい。できれば、四部屋くらいあって、あまり人目につかないところに建ってる空き家がいいんだが」
「あら、おめでとうございます。愛の巣にされるのですね」
「クリステインちゃん、わかってるぅー」
さっきは頬を赤らめてたのに、今度は『わかってるぅー』って……。もしかしたら、シトラさんは攻めに弱いのかもと義行は思った。
「空き家なら幾つかありますが、窓やドアの鍵がかかるかどうかのボロ屋ですよ?」
「むしろありがたいな。四、五日貸してもらえるか?」
「どうぞ。どうせ取り壊して、更地にする予定ですので」
「じゃあ、後はやっておくわね」
シトラさんがスッと消えた。
義行はクリステインと屋敷に戻り、午後はお菓子作りに励んだ。決して遊んでいるのではない。
そして翌日の朝の食堂には、関係者が勢揃いしている。
「全員集まったな。シトラさん、そちらの準備は?」
「完璧よ」
「では反撃に出る。まず、俺とサイクリウスが決算書類を持ってインベーゼルの下に向かう。ここでは、数字がおかしくないか程度のジャブを入れるだけだ。しかし、俺が決算書類をずっと見てるのは部下から聞いてるはずだから、この程度のジャブでもなんらかの行動に出るはずだ。ノノは、俺たちが部屋から出た後の大臣室を見張っていてくれ」
「わかりましたわ」
「午後、インベーゼルのみ連行して尋問を開始する。他の者たちは、普通に作業していてくれ。なにか必要になったら連絡する」
のんびりと朝食を済ませ、義行とサイクリウスは業務開始時刻を少し過ぎたころ、財務担当大臣の執務室へ向かった。
「インベーゼル、忙しいところ悪い。実は決算書類でわからんところがあってな」
「おやおや魔王さま、部下から聞いてますよ。かなり苦労されてるとか」
「どうも数字は苦手でな」
「そういった面倒なことは我々にお任せください」
そうしたから、俺たちがこんな面倒くさい作業をする羽目になったんだろう、と義行は持っていた決算書類を投げつけたくなった。
「それでな、この販売数量や値段はどういう基準で決めてたんだ?」
「既存農家の収穫量と販売量、そして値段を見ながら都度調整しておりました」
「そうなのか? 大量に余ってたって情報もあるぞ」
「たまたま商品を追加したときだったんでしょう。集計表のとおりですよ」
いかにもな回答をしてくるが、インベーゼルの左眉が一瞬上がるのを義行は見逃さなかった。
「そうか。でも、米はもう少し安くしてもよかったんじゃないか?」
「消費者のためにも安価にしたいところですが、就農希望者に夢を与えることも必要かと。現状、私は小麦の二倍でも安いと思いますよ」
さすが、財務担当大臣にまでなるだけはある。一瞬の表情の変化はあったものの、その後は淀みなく答えてくる。
「それでな、このポテの集計表のこの部分が気になってな。この数字、書き換えてないか?」
義行は、数日前にサイクリウスが青インクで印を付けた集計表を、インベーゼルの前に置いた。
「えっと……、あぁ、それについては担当者から聞いております。検算の段階で見つかった間違いで、書類を作り直す時間がなかったということで、そのような形での修正で起案させてほしいと。後で正式なものと差し替えるとのことです」
こう聞かれたらこう答えるというお手本のような回答だ。さらに、さも申し訳なさそうな顔をしながら言ってくるので余計に腹が立つ義行だった。
「でも、ちょっと多くないか? それも振興部の収益表だけだぞ。前に財務担当部の職員が、『自分たち以外で数字で右に出る者はいない』と豪語してたんだがな」
「いやいや、財務担当部も少ない人数で、これだけの数字を作っていくわけですからミスも起こります。魔王さまは農業にお詳しいですが、ミスは一切されませんかな?」
百パーセントないと断言できないことを敢えて聞いてくる。これも相手を丸め込む鉄則だ。
「じゃあ、これらの書き換えに意図はないんだな?」
「はい。証拠となる資料もございますので、お持ちしましょうか?」
「いや、これ以上数字を見てると発狂しそうになる」
その後、いくつか他愛もない世間話をして義行とサイクリウスは執務室を後にした。
ふと大臣室の反対側の突き当りの部屋を見ると、ドアの隙間からノノがこちらを覗いていた。義行がそっと手を上げると、ノノが手を振り返してきた。
義行とサイクリウスはそのまま食堂に戻り、早めの昼食を取った。
「さすがだな」
「採用試験では歴代最高点を叩き出し、史上最年少で大臣になった奴ですからね。頭はキレますよ」
「いけすかん奴だ」
男二人でつまらん飯を食ってると、ノノがやってきた。
「どうだ?」
「あの後、財務担当職員が部屋に呼ばれて、すぐに部屋を飛び出して行きました。しばらくして部長と一緒に大臣執務室です。少しすると男が二名やってきて大臣室に入りましたわ」
「後から来た男に二名は誰だかわかるか?」
「いえ、見たことのない二人でした」
「あの二人だろうな。そいつら全員が部屋から出たらサイクリウスに連絡してくれ」
サイクリウスはノノと食堂から出ていき、義行一人になった。義行は静かに考える。
そして午後の業務も始まり、十五時になろうかという頃にノノがやってきた。
「魔王さま、サイクリウス様が動きました」
義行は、夕食までには戻ると告げて、森の入り口へ向かった。
待っていると、サイクリウスに連れられたインベーゼルがやってきた。
「おや、魔王さままで。これはいったいなんでしょう? 私も仕事がありますので、お遊びに付き合うわけにはまいりません」
「そう言うな。息抜きも必要だぞ」
一瞬、インベーゼルの顔が強張るも、すぐにいつもの顔に戻った。
次回の更新は、五月二十九日(金)十七時三十分前後を予定しています。




