第七十四話 其の四 確信(其の四)
翌日、振興部で仕事をしていると、再び財務担当部の職員がやってきた。
「あのー、魔王さま。決算書類なんですが……」
「悪い。まだ半分もできてないや」
「その、できれば今週中には……」
「今週中? 今週中じゃないとダメな理由を四十文字以内で簡潔に述べよ」
担当者のこめかみがぴくぴくしているのが見えた。
「ねえ、理由は?」
「すみません。いつサインをいただけますか?」
今日の取り立て屋はスゴスゴ逃げ帰ることもなく、強気に聞いてくる。よく見ると、秋にシルムとやり合った財務担当職員だった。
「振興部の仕事もあるし、決算書類以外に見なけりゃならない書類もある。半分以上残ってるから、そうだな……。来月かなー」
「ら、来月ですか……。なにか気になることでも?」
「いや別に。俺のチェックが遅いだけ。俺、バカだから」
「で、できるだけ早くお願いします」
なにか言いたそうだったが、職員は部屋を出ていった。
義行も悪いとは思ってる。彼も上司から言われ、仕事として来ていることもわかっている。ただ、最後のピースが揃ってない以上こちらも動けないのだ。
他部署から上がってきた起案文書の処理を終え、昼食のために食堂に向かい席に着くと、対面にシトラさんがスルッと現れた。
「マリー、ゴメン。昼食一つ追加ねー」
「了解っす」
「腹ごしらえしてからにしましょう」
義行は食後の紅茶までしっかりと飲み干してから話を始めた。
「シトラさん。俺が内容を聞いて、改めて会議を開くのは二度手間になると思うんです。ここに人を呼んでも構いませんか?」
「構わないわよ。いつものメンバーと狸親父でしょ?」
この人もサイクリウスのことを狸親父呼ばわりするのかと思った。
「アプリがエリーと仲良くしてるでしょ? 別に絶対の秘密事項じゃないしね」
「マリー、悪いがサイクリウスと皆を呼んできてくれ」
「ここにっすか?」
「ああ、ここなら秘密の話をするにはもってこいだろう」
数分もすると皆が現れた。
その中に、一人だけ狼狽える者がいた。
「ま、魔王さま。そちらの女性は、も、もしや……」
「魔王さまの愛人でーす!」
義行は無言でシトラさんにチョップをかました。
「あいたぁー。あー、今回の功労者にそんなことするんだー、帰っちゃおうかなー」
「あばばば、待ってください。シトラさんが変なこと言うからですよ」
メイドたちは、いつものことだと席に着く。
「サイクリウス、紹介する。実はな、食糧増産にも手を貸してもらってるシトラさんだ。今回の情報提供者の一人でもある」
「もしかして……」
「ああ、そのもしかしてで間違いない」
「やはり愛人なんですね」
その一言に、シトラさんは楽しそうに、「そうでーす」と切り返した。
『そうでーす』じゃねえよと思いつつも、これ以上へそ曲げられるとマズいので義行はスルーを決め込んだ。
「まさか、私も見られるとは」
「初めてなのか?」
「はい、ちょっとした理由があって、存在は知ってはいましたが……」
さすが年の功だ。サイクリウスは既に平常心を取り戻していた。
「さて、急に呼び出して申し訳ない。なんの呼び出しかはわかると思う。まず最初にノエルを会議に加えるかどうか、皆の意見を聞きたい。正直、内容的にあまり聞かせたくないこともあるかも知れんからな」
「魔王さま、ノエルももう振興部の一員ですし、人の薄汚い部分も知っておく必要がありますわ。勉強のために置いてやってください」
「ノエル、お前はどうだ? もしかしたら、人に幻滅することになるかも知れんぞ?」
「はい。聞きたいと思います」
ノエルはまだ十八歳だが、自分の十八歳の時と比べると数倍しっかりしている。義行はお茶で口を湿らせ話始めた。
「今回の不正会計事件だが、大まかな部分は理解していると思う。そして、シトラさんが、最後のピースとなる関係者の洗い出しをしてくれた。今日の報告で、誰がどの程度関与してるのかがわかる」
義行はシトラさんに説明を替わってもらった。
「まず主犯ね。これは皆も薄々は感づいてるとは思うけど、財務担当大臣のインベーゼルよ。この筋書きを描いたのも、主導してきたのも彼ね。大部分の金が彼の懐に流れてるわ」
「幾らなんでも、彼ひとりではできないですよね?」
「えぇ、そこで実行部隊のトップとして動いていたのが二人。財務担当部長と酒処の出資者の一人でもある食糧卸のオーナーであるユーサーね」
これで真っ先に確保すべき者が決定した。民間人が関与してなければ楽だったのだが仕方がない。
「インベーゼルはただ座っておいしいところをチューチューでしょうけど、その二人の具体的な作業はわかりますか?」
「まず財務担当部長。彼は主に城の中でのこと全てね」
「というと?」
「まず、販売量、販売金額の伝達、在庫調整、横流し分の計算から隠蔽、あと財務担当部内での証拠もみ消しね。まあ、気付いているでしょうけど、昨夏以降に収穫したポテから米まで全てに関わってるわ」
予想どおりで驚きはなかった。
「あと書類の書き換え指示ね。彼自身もやってるけど」
「シトラさん、販売員はそのことを知った上で販売してましたの?」
「それはないわよ。販売員は、この量をこの値段で販売しろと言われてそのとおりやってただけ。この事件に関係はしてるけど無関係ね」
関係してるけど無関係。こういのは、善意の第三者と言えばいいのだろうか。
「でも、書類の書き換えは、それなりにわかってないとできないですよね?」
「そっちの担当者は、部長からおこぼれがあったみたよ。わかってやってるわ」
ここまではほぼ義行が推測したとおりだった。そして、あり得ないだろうが念のため、「他部署も?」と聞いてみた。
「それはないわ。財務担当部内で完結してる」
「そうですか。あ、すみません、続けてください」
シトラさんは、紅茶で口を湿らせて続きを話し始めた。
「次に外での工作ね。この主担当はユーサーね」
「彼はどんなことを?」
「まず、あくどさの低いところからだと、元研修員の勧誘ね」
「勧誘って言うと、応募の時から仕込んでたってことですか?」
「いえ、その後のことよ。研修員を言葉巧みに勧誘して、甥っ子の畑で働かせる。技術を抜き取ったらポイするつもりらしいわ」
シルムの表情が曇るのが見えた。この一年近く彼らと作業を共にしてきていたので、本当に辛いんだろうと思う。
「他には、甥っ子を養鶏業に参入させる。彼、あ、養鶏業に参入した男ね、彼はユーサーの甥で、卵や鶏肉を酒処に卸すための別商会と言ってもいいわ。そして、一番のあくどさでいえば、横流し分は全てこの商会に流れ、酒処の食材として使われる。相当上乗せした金額で酒処に卸してがっぽりよ。そして、その半分近くが大臣にバックされてる」
「それって、ユーサーも全く損をしてないってことですよね?」
「そうね。酒処の利用者だけが損をしてるわね」
今回の事件は、国民を騙して私腹を肥やしている奴がいる。義行としても、ここが一番腹立たしいところだ。
「シトラさん、それもインベーゼルの発案なんですか?」
「基本のシナリオを書いたはインベーゼルね。肉付けしたのはユーサーと財務担当部長ね。あと、小物が数人いるけどどうする?」
「シトラさんから見て、『こいつは』ってのはいますか?」
「そうね、酒処の出資者をどうするかよね。これらの打ち合わせの大部分は、あの店の秘密の小部屋で行われているのよ。まあ、図面には描かれず、彼らも知らないでしょうから本当に悪かというと……」
「そんなものまで作ってたんすか」
「あと、これとは別件だけど、酒処で何度か乱闘事件も起きてたみたいね。うまくもみ消してるわ」
「ありがとうございました。情報源は聞かない方がいいですよね?」
「それは、後でこっそりね」
義行は目を瞑り考える。辺りは静寂に包まれた。
多少禁じ手を使った感もあったが、これで全貌を掴むことができた。しかし、全貌を掴んだからといってことが終わるわけではない。
「サイクリウス。今のシトラさんの話と、俺たちが調査したデータを基に起訴することは可能か?」
「そうですね。シトラ様の前でこんなことをいうのは失礼ですが、シトラ様の情報が正しいとすれば可能です。ただ、証拠を出せと言われて、妖精から聞いたが通用するかどうか……」
やはりこの国も、確たる証拠がないと逮捕は難しいようだ。
「本人たちの自白か、不正の証拠だな?」
「はい。関係者が口裏を合わせてすっ呆ければ、実働部隊だけに罪を擦り付けることも可能です」
「そうなると、どうにかして四人の口から、今回の件を喋らせる必要があるな」
「それも、極秘に準備する必要がありますな。城の関係者だけなら強引にしょっ引いて地下牢で監禁できますが、民間人も絡んでますので慎重に行くべきです」
この辺に関しては、サイクリウスの方が長けていると思い、段取りは任せることにした。
「よし。まずノノと俺は振興部で今回の調査でわかったことを纏める。今も決算書類をチェックしてると思わせる必要もあるからな。シルムとノエルはいつもどおりの作業をしてくれ。振興部の職員が堆肥づくりや圃場整備をしてないというのも怪しまれる。クリステインは大変だろうが、取り調べが始まるまでユーサーの行動を監視してほしい。では、なにかあったら緊急会議を開く」
会議はそこで終了とし、義行は紅茶のポットとカップ二つを持って自室に戻った。
そこから少し遅れてシトラさんが現れた。
「今日はありがとうございました。で、最後の質問です。小者たちの中で、まず、自由組の関与は?」
「酒場に多めに卸したりしてるだけで、彼らにキックバックもないわ。途中で自由組になった三人も、財務担当部長に唆されただけ」
「農業研修員は?」
「最初の五人は無関係ね。あれは単に城への就職狙い。未定の五人は、欲に目がくらんで流されただけ。このままいけば、路頭に迷うことになるかもね」
「財務担当部での関与者はあの二人だけでいいですか?」
「そうね、大臣を除けばあの二人ね。なにか変だなと思っている者もいたみたいだけど、手は染めてないわよ」
「そうですか。それなら、処分が必要な者はそう多くないということですね」
「インベーゼルも自分の懐を最大限に肥やすために、関与する者は限定したみたいね」
そして義行は聞くのが少し怖かったが、最終質問を繰り出した。
「やけに詳しく情報が取れてますけど、情報源は誰なんですか?」
シトラさんは軽い笑みを浮かべて教えてくれた。
「それはね、精霊たちよ。私たちがいいタイミングで現れるのは、精霊たちからも情報をもらってるからよ」
精霊と妖精。妖精は精霊の別の言い方なんて聞いたことがあったが、彼女らの中では明確な区別があるのかも知れない。
「精霊ですか……。あちこちにいるんですか?」
「いるわよ。ただ、基本隠れてるわ。でも、時と場合と人によっては見えることもあるけどね」
「じゃあ、彼? 彼女? たちにもお礼が必要ですかね?」
「それは聞いとくわ」
「あと最後、最後にもう一つだけ。サイクリウスに正体を見せてもよかったんですか?」
「えぇ、サイクリウスが城で働き始めた頃から見てるし、彼の性格や行動パターンもわかってるから問題ないわよ」
次回の更新は、五月二十二日(金)十七時三十分前後を予定しています。




