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第七十四話 其の三 確信(其の三)

 財務担当部の職員がすごすごと帰って行くのを横目に、義行は不満たらたらにぶちまける。


「ったく……、城の採用試験、考え直した方がいいんじゃねえのか? チェックの意味すらわかってない奴が財務担当でいいのかよ」

「余程、都合が悪いことがあるんですわ」

「でも、うちのところ以外全部終わってるのにまだ三分の一って。魔王さま、詐欺で訴えられますよ」

「構うもんか。これ、国民には公表してないらしいじゃん。なら、二月でも三月でも解決するまで引き延ばしてやる」


 さっさと片付けをして皆で夕食を取った。今日はシルムもノエルもこっちに泊まるようだ。


 翌日からは疑われないよう義行とノエルが振興部に残り、ノノとシルムには圃場に向かった。

 そして今、義行とノエルは改竄された集計表を見ていた。


「でも、ここまで改竄して、よく小計や合計に齟齬(そご)がでないものですね?」

「以前、『数字に関して我々の右に出る者はいない』ってほざいてたくらいだから、地頭は相当いいんだろうな」

「使う方向間違ってますよ……」

「ぶはははっ、うまいこと言うなノエル。まあ、最終的に目にもの見せてやるさ」


 結局、この日は特にすることもなく過ごした。


 そして、クリステインとマリーに密命を与えてから三日後の午後になった。


「魔王さま、遅くなりました」

「いや、予定どおりだろう。悪いがマリーを呼んできてくれないか」


 クリステインがマリーを連れてくるあいだに、義行はこれまでに検証した資料や書類を手元に並べていった。


「それで、どんな状況だった?」

「これがパン屋の常連さんからの情報、こっちは取引先からの情報っす」

「私はお得意様、近所の主婦たち、取引先から集めた情報です」


 数字を写してきたもの、その家の家計簿、店の仕入れ帳簿がどかっと机に置かれた。帳簿は税金計算のためのものだろうから見るのはいいが、個人の家計簿はなんだか気が引ける。しかし、不正を暴くためと関係個所だけ見せてもらった。


「間違いないな。米は小麦の二倍を越えて販売されてる。これで完全に『黒』と断定していいな」

「ただ、今回集めた情報は記録を残していた者だけです。他にも高い金額を払わされた国民はいるでしょうね」


 『最悪だな……』と義行は両手で顔を覆い呟いた。


「クリステイン、マリー、助かった。今日はもう休んでいいぞ」


 二人が振興部を出ていく。

 その後は米以外の不正をどう暴いていくかを考えつつ過ごし、その日は早めの夕食を取り義行は自室でひとりワインをちびちびしていた。


「戦うだけの資料は揃った。後は、関与したものをどう炙り出すかだな」


 そんなとき、部屋のドアがノックされた。


「うふっ、来ちゃった」


 ワイングラス片手にシトラさんがやってきた。


「一杯やって行きます?」

「一杯だけね。その机の上の物に関係する話があるから」


 そう言われても義行は驚くことなく、シトラさんのグラスにワインを注いで話を待った。


「魔王さまも、おおよそ誰が関与してるかはわかってるのよね?」

「末端の細かいところまではわかりませんが、ラスボスは財務担当大臣かと」

「正解。実働部隊は財務担当部ね。と言っても、『一部』の財務担当者よ。間違わないようにね」

「ええ、なんとなくあの辺だろうなというのは頭に浮かんでます」

「では、どこから話をしようかしら」

「どこからって……、なんか、聞くのが怖いんですけど」


 シトラさんは、ワインで口を湿らせ話し始めた。


「まず腐葉土がなくなったって話だけど、犯人は財務担当者と元食糧調査担当部の職員数人よ」

「ちょっと待ってください。そこまで遡るんですか?」

「全容を語るとなるとね」


 不正部分だけで良かったのだが、モヤモヤを残しておくのも気持ち悪いと思い、義行は全部を聞くことにした。


「やっぱり盗まれてたんですね」

「えぇ、夜間に堆肥置き場へ忍び込んで、自由組の畑に撒いてたようね」

「よくわかりましたね。ニワトリやウシから情報は取れなかったのに」

「まあね。そこは歳を取ると可能になる能力もあるのよ……」

 気になる発言ではあるが、話の腰を折りたくなかったので義行はスルーした。

「ということは、自由組も一枚噛んでるんですか?」

「自由組はほぼ無関係ね。そして、本丸の方だけど、聞きたい?」

「是非」


 ここまで言われて、「いや、いいです」という者はいないだろう。


「関わりに大小があるけど、財務担当大臣、財務部長、財務担当職員一名、酒処の出資者の一人である食糧卸のオーナーとその甥っ子、来季の身の振り方の決まっていない五人。あと、卸のオーナーの子飼いが数人動いてるけど、そいつらは雑魚ね」

「はぁー、研修員まで。まあ、身の振り方の決まってない五人の態度から、なにかあるとは思いましたが……」

「彼らは、その食糧卸のオーナーが囲う予定よ」


 覚悟はしていたので大きなショックはなかった。だが、ちょっとだけ人間不信に陥りそうな義行であった。


「俺も、人を見る目がないですね」

「でも、食糧卸のオーナーや大臣が彼らに接触したのは採用後よ」

「とはいえ、そうなるような者だったわけでしょ? 結果的には、見えてなかったということですよ」

「まあ、反省は後ね。で、途中から養鶏業に参入した男いたでしょ? 卒業生の数人は、あいつのところの畑で働かせるらしいわ」

「あの男も……」

「あの男は、卵や鶏肉を格安でその叔父のところに卸してるわ。ただ、叔父に言われるがまま、せっせと動いていただけね」

「そんなことに……」

「結構、用意周到にやってたみたいね。ホントあの大臣、相当黒いわよ」


 ノエルが決算書類の数字の違和感を指摘するまでは調べようとも思わなかったことだ。


「前に、今日みたいにワインをごちそうになった日があったじゃない。そのとき、『ちょっとね』って言って帰ったでしょ?」

「あー……。そういや、ありましたねー」

「ちょっと変な噂が耳に入ったから、少しずつね」

「ありがとうございます。これで、全てのピースが揃いました。そうだ、シトラさん。これは一応聞いておきたいんですけど、いいですか?」

「なにかしら?」

「関係者の全員が私腹を肥やすためだったんでしょうか?」

「知りたい?」

「ええ、重要なことですから」

「わかったわ。調べてあげる」


 スッとシトラさんが消えた。


 翌日、義行は朝から振興部で昨日の調査結果とシトラさんの話を纏め、午後には決算書類を持って振興部を出た。


「おいサイクリウス、これなんだ?」

「決算書類ですな」

「それはわかってる。()()書類どころか、()()書類だったぞ」

「魔王さま、上手いこと言いますな」


 サイクリウスは笑いながら青色のインクを取り出し、一番上の集計表をさっと眺めた。


「えーっと……、ここと、ここの数字。そして、ここのイレギュラーな販売日は、数字合わせの偽装ですかな」


 すらすらと不正箇所に印を付けていくサイクリウスを、呆然と見るだけの義行だった。


「なにが行われているかはわかりません。ただ、この職について十数年、見慣れた書類です。奴等の小細工なら一目でわかります」

「だったら、先に言えよ……」

「それを言ったのでは魔王さまのためになりません。なにも考えずにサインして財務担当部に持っていこうとしてたら、ぶん殴っていたでしょうけどね」

「食えないジジイだな」


 サイクリウスは涼しい顔で、「で、なにかわかりましたかな?」と聞いてくる。


「ああ、なにもかもが『黒』だ」

「証拠も?」

「米についてはある。他の野菜に関しては、この表の改竄と信頼のおける情報屋からとしか言えん」

「関係者については?」

「それについても、情報源は明かせないが、詳しいタレコミがあった。今、最後の調査を依頼しているところだ」

「どのくらい掛かりますか?」

「スマン、それはなんとも言えない」


 義行は、これまで判明したことを、シトラさんの存在だけぼかしサイクリウスに伝えた。全てを説明し終えたころには、あたりは暗くなり始めていた。


「ふう、よくそこまで調べられましたな」

「いや、俺だけがチェックしてたんじゃ見落としてたかもな。ノノたちや秘密の情報提供者のお陰だよ」

「よい部下をお持ちです」


 これについては、義行も同意だ。


「それで、この国ができて千年以上経ってるが、このような事件はあったのか?」

「まあ、事件というのはどこでも起こります。貨幣経済に移行して、城が関与した事件は数度おきています。主には受注に係る贈収賄ですね」

「だがそれは、城の者と業者の二者だ。今回のように、国民を騙してまでというものは?」

「私が記憶している限り一件だけです。ただ、それは未遂に終わってます」

「わかった。残りの情報が出たら会議を開く。お前にもそれなりに意見はもらうから準備しておいてくれ」


 一度振興部に戻り、ノノたちにも同じことを伝えた。

 その日さっと夕食を済ませた義行は、自室で今後の方針を纏めていった。

次回の更新は、五月十五日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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