第七十四話 其の二 確信(其の二)
四人で一文字一文字チェックし、改竄が見られるかどうかすり合わせているとあっという間に夕食の時間になった。取り敢えず、全集計表を再作成したところで検証作業は翌日に回した。
そして、この日は全員が食堂で夕食を取ったのだが、食堂には重苦しい空気が漂っていた。
そして翌日、義行たちは再作成した集計表を改めて見ている。
「さて、米の集計表以外で大なり小なりの改竄らしきものが見つかったわけだが、皆はどう思う?」
「なにかやっているのは明らかです。それに、米の集計表だけ改竄がないのが余計に違和感ですわ」
「そうなると、すべてが黒と言えますね」
「……、いやまってくれ。米は白かも……」
「えっ?」
「精米したら白米。なんちゃってー」
いっぺんに白い眼で見られた。これは今言うべき冗談ではなかった。ただ、義行は場を和ませようとしただけなのだ。おまけに、この対応も予想済みで、『お前たちも白い眼でみるなよ、米だけに』とかぶせようとも考えていたのだ。だが、それは流石にやりすぎだと思い、それは自重した。
ポテ、玉ねぎそしてドテは、この夏からで販売されていたからか改竄箇所も多い。なので、逆に改竄がなさすぎて逆に怪しい米から始めることにした。
「うちで米の価格に一番詳しい者は……。シルム、悪いがマリーを呼んできてくれないか」
言うや否や、シルムは台所に一目散に走って行きマリーを連れてきた。
「食料品のことなら料理番だ。マリー、ここ数か月の米の価格はわかるか?」
「米っすか……、保存庫にあるから買うことないっす」
あっけらかんと話すマリーに、全員がズッコケた。義行は、自作していることを完全に忘れていた。
「なにかあったんすか?」
「ちょっと米の販売価格を知りたくてな」
義行の説明を聞きながら、米の集計表を見てマリーはブツブツ言っている。
「魔王さま、ちょっと時間もらうっす」
マリーは一目散に振興部を飛び出していった。
「マリーさん、なにかに気づいたんですかね?」
「さあな……、待ってみよう」
一旦休憩にして、紅茶を飲みながら改めて集計表を眺めていると息を切らせてマリーが戻ってきた。
「魔王さま。これ、米の値段っす」
マリーは、一枚の紙を机の上に置いた。
「これ、どこから……」
「うちの家計簿っす。実家でも米粉のパンを研究してるっす。それに、俺っちの影響か、米も結構食べるんで買ってたっす。そして、こっちは去年の小麦の値段っす」
こんどは一冊のノートのような物を出してきた。
「去年一年間のか?」
「そうっす。うちはパン屋っすから、税金の計算のために仕入れの値段は全部記録してるっすよ」
義行は、米の販売を始めた十月下旬からの小麦と米の値段を調べていく。
「マリー、お手柄だ」
「魔王さま、もしかして?」
「見てみろ」
義行は、ノノたちに米の金額が書かれた紙と帳簿を渡した。
それを見た三人が目を見張る。
「そうだ、集計表に記載された米の価格は、実際の小麦価格で計算すると二倍を越える。米の集計表だけが綺麗な理由は、最初から作られた数字だからだ。今回のように、米と小麦の正しい値段が書かれた記録がなければわからなかったな」
「なるほど。他部署で回覧するにしても、個人の家計簿や出納帳を持ってきてまで確認しませんし、財務担当部が作った書類だからと……」
「ああ。黒幕からしたら、『そこまでするか!』だろうな。まあ、それは置いておいて、今日の優秀賞は米と小麦の値段を控えていたマリーの実家だな。でも、もう少し数がほしいな……。マリー、スマンがクリステインを呼んできてくれ」
そう言われてすっ飛んで行くかと思ったら、そんなことはなかった。こう見ていると、どこぞの令嬢かと思ってしまう所作を見せるマリーだった。
そんなことを考えていたらクリステインがやって来た。
「二人に指令だ。十月下旬からこっち、城から米を購入した者を洗ってくれ」
しかし、クリステインは、すぐに首を縦に振らなかった。
「魔王さま。それにより、購入者が不利益を被ることはありませんよね?」
「それは絶対ない。むしろ俺たちが容疑者だ。ただ、まだ調査の目的は伏せておいてくれ」
「洗い出すだけでよいのですか?」
「俺たちが知りたいのは、その者たちが幾らで米を購入したかだ。家計簿や出納帳のような、しっかりとした記録があるとありがたい」
これについては義行も難しいだろうと思っている。日本にいる頃、義行自身もレシートなんてすぐ捨てていたし、家計簿なんてつけたこともなかったからだ。
「いつまでにお持ちしましょうか?」
「できれば、二、三日でデータがほしい」
「では、三日ほどお休みをいただきます」
「マリー、お前は食事の準備もあるだろうから、できるときで構わないからな」
クリステインとマリーが部屋を出ていった。
「魔王さま、米はすべてが嘘っぱちというのはわかりましたが、ポテやドテはどうやってるんでしょう?」
これに関しては、「まだ予想の域を出ていないが」と断りを入れて義行は話した。
「もし俺がやるとしたらだが、チマチマと販売金額とか数量を誤魔化して日銭を稼ぐのは馬鹿馬鹿しくてやらない。帳簿も作りづらいしな。なので、ある程度の量を高値で横流しして、その分をその日の城の販売分に上乗せ。かつ金庫に入れる金額を合わつつ、差額分と業者からのキックバックを懐に入れて行く方法を取るかな」
「でも、販売したのは財務担当部の職員で、最初に集計表をチェックしたのも財務担当部です。販売を担当した人が数字の異変に気付くと思いますけど?」
シルムが異を唱えるが、これは簡単なことだと義行は思っている。なので、実際に例を出してやった。
「ちょっと例えがおかしいが、シルムが七月十四日に実家で夕飯を食べた。その時のメニューを今答えられるか?」
シルムは思い出そうとしているのだろう。しかし、答えは「正直、自信がないです」だった。
「そういうことだ。そもそも、七月十四日に実家で夕食をとったかどうかすらあやふやなんじゃないか? そして、この書類をチェックするのはいつだ? 一月だ。ものによっては半年も前だ。自分が販売した数量や売上を覚えていて、『この数字、間違ってます』と言える奴がどれだけいることか。さらに、実際に販売していた財務担当職員も、上司に言われたから売ってるだけだ。実際、いくら売ったかなんて数字覚えてないだろう。なかなか上手いやり方だよ」
「では、銅貨四枚で販売した日の数字が多く弄られている理由はどうしてですの?」
次に気になるのはそこだろう。今度はノノが聞いてきた。
「これは本当に予想だが、横流し品を銅貨二、三枚高値で売り、それを抜き取ってたんだろう。その分、販売量の数字は大きくなるが生活必需品だ。それだけ売れたんだと言い張れば誤魔化せる。しかしだ、欲が出てくるのが人だ。販売価格を銅貨五枚にすれば買う人が減る、その余りも横流しに回せると考える。で、実際に実行するわけだが、そこで困るのが数量調整だ」
「どういうことですか? 普通にその日の販売量に上乗せすれば……」
「単純に考えればそうだな。例えばだがノエル、ここ数ヶ月のうちに院でお祝い事はあったか?」
「ありました。二回ほど子どもたちの誕生日を祝ってます」
「その日付と、食事内容は覚えてるか?」
「はい」
「そう。いつもと違うことがあれば人は覚えてる。価格を上げれば販売量は減る。今、新しい食材の需要は高い。そんな中売れ残りが出れば、言われるがままに販売していた職員でも『今日は売れなかったな』と記憶に残る。そうなれば、帳簿チェックの段階で数字が大きいと気づかれる。なので、単純にその日の販売量に上乗せはできない。その帳尻合わせを銅貨四枚の日でやらざるを得なくなったといったところだろうな。もちろん、まるまる銅貨四枚の日に上乗せすると、今度はそっちの日の販売数量が大きくなりすぎる。なので当然、銅貨五枚で販売した日の数字も適当な数量にごまかしてるがな」
ノノ、シルムそしてノエルが微妙な顔をしているのが見える。
「そんなことって顔だな。だがな、これについてはある程度自信がある」
義行は、デスクの後ろの棚にある自作の紙ファイルの中から、数枚の紙片を出して机の上においた。
「これって、子供たちが販売価格を調査した時のメモ。金額も正しいですわ」
義行はニヤっとしながら、メモの端っこに走り書きされた文字を指さした。
「では、価格が銅貨五枚のこの日。この日の走り書き読んでみな」
「『たくさん余ってる』」
「そうだ、そしてそのメモの日の販売数量を見ると……」
ノノは、その数字を見て愕然とした。
「それなりの量が売れたことになってますわ!」
「もちろん、この走り書きがいつ書かれたものかはわからない。メモした後、本当に売れたのかもしれない。しかし、銅貨一枚とはいえ、主婦にとっては大事なお金だ。安いところで買いたいと思うのが人だ。だから、このメモのとおり売れ残ったはずだ。だが、帳簿上は売れたことになっている」
ノノやシルムはやり方に驚くと共に、魔王さまの推理にも驚いていていた。
「雑な計算だが、一商品あたりで金貨四十枚前後は懐に入れられるだろうな」
「でも、金貨四十枚の為にここまでやるんですか?」
「確かに四十枚かもしれない。だが考えてみろ。玉ねぎ、ドテ、そして米でも不正をする。今年だけで金貨百六十枚くらいになるだろう。もし研修員制度が継続して、来年以降にアーシや人参が加わってみろ、座ってるだけで毎年金貨三百枚以上が転がり込むんだぞ」
このように義行は手口を解説してきたが、米以外の不正は推測にすぎないことも理解している。そう、証拠は見つかっていないのだ。そんなこともあり、義行たちは他部署のチェックを先に済ませることにした。
しかし、他部署のものは額は大きいものの件数も少なく、正しい取引内容になっているか、正しく支出が行われているかを確認する程度で意外とあっさり終わった。見ていく中で契約方法に疑問を感じる部分があったが、口頭での修正指示で十分だろうと義行は感じた。
そんな作業をこなし、時刻も十七時も回り片付けを始めたときだった。
「あの魔王さま……。決算書類のサインはどうでしょう?」
やって来たのは、財務担当部の職員だ。
「すまん。あまり数字が得意でなくてな。まだ三分の一も終わってない」
「できましたら、急いでいただけませんか?」
「いやー、急いでくれと言われても、俺、頭悪いし、要領悪いし、体も貧弱だし……」
体が貧弱なのが書類確認にどう関係するんだと言われそうだが、義行はなにか煽りたい気分だったのでつい言ってしまった。
「しかし、振興部には三人の職員がいますよね?」
「あん? 振興部の仕事をほったらかしにして、書類チェックさせろってか? じゃあ、代わりに財務担当部から人よこせよ。第一と第二圃場、裏庭の実験圃場で土づくり、堆肥づくりをさせるから」
「い、いえ。その我々に農業は……。財務担当部の人間をチェック作業に回しましょうか?」
義行は、財務担当職員のこの発言にブチッときた。
「お前はアホか!」
「アッ……、アホ?」
「書類作って、起案前にチェックしたのは財務担当部だろうが。そいつらがまたチェックしてなんの意味があんだよ。他人が見るからクロスチェックだろうが! お前、意味わかって言ってんのか?」
財務担当職員はビビり散らかしている。
「とっとと帰れ! 三分の一も終わってないって言っとけ。できたら持って行ってやるよ」
次回の更新は、五月八日(金)十七時三十分前後を予定しています。




