第七十四話 其の一 確信(其の一)
例年より温かい新年を迎えた。義行は今年、比較的関わりの深い人たちを呼んで新年会を開いた。ただ、妖精の存在を明確に知っているのは今のところエリーさんだけなので、妖精たちとの合同新年会にはしなかった。関係者への通知は年末に済ませており、二日は例年どおり妖精たち、三日が魔族たちとだ。
妖精たちとは去年とほぼ同じようなバカ騒ぎになったが、はたして魔族との新年会は……。
「ま、魔王さま。あ、あの……、我々のような者が、私邸の食堂に入り込んで……」
「いや、新年会ですから別に構いませんよ?」
「その、そもそも新年会と言われましても……」
「ただ新しい年を祝って、仲間内でバカ騒ぎしましょうというだけです。そんなに固くならないでください」
「魔王さまとバカ騒ぎって、そ、そんな、恐れ多い……」
なにを言っても無駄だった。義行は、事前にちゃんと趣旨を説明するべきだったと思った。
こうなると、これ以上の説得は時間の無駄と思い、『来年も開催しますので、是非きてください』とだけ言って箱詰めした料理だけ持って帰ってもらった。
ただし、ある方だけを除いてだ。
「エリーさん、ちょっといいですか?」
さしずめ、気分は学校の先生だ。だが、叱責するわけではない。むしろこちらが謝罪まであり得るのだ。
「エリーさんは、あまり気にしてないようですね?」
「この部屋は初めてですけど、城にはよく来てますし、マリーもいます。それに、あんな経験しちゃうと、ちょっとやそっとじゃ驚かなくなりますよ」
「あの人ね……」
「店の中で声が聞こえたかと思ったら、いきなり目の前に現れるんですよ。『米のパンください~』って」
なにがあったのか話すエリーさんと、それを聞いて大笑いする義行だった。
「でも、そこで普通に対応するエリーさんも、エリーさんですよ?」
「その、昔話で妖精がいたのは聞いてますし、別に怖いって感じもしなかったですから」
「そして、お金持ってない」
「そこで笑っちゃいました。でも、それがよかったのかもしれません」
「ちょっと理由があって私も黙ってましたが、しばらくは他言無用でお願いします」
義行はそのうち妖精たちが自ら姿を見せてくれると思っているので、気長に待つことにしたのだ。
「わかりました。それでそのとき、パンとこれを交換したんですけど……」
エリーさんが籠の中から、茶色ががった拳より少し小さい実を取り出した。
「やっぱり持って来てましたね。アプリさんがパンを受け取った日、ここに来てたんですよ。それで、『交換したものを持って、エリーが来るわよ~』って」
「毛が生えてる食べ物なんて初めてみました」
「『毛が生えてる』って……。これはキウイです」
日本で見慣れた果物が義行の手の中にある。このうぶ毛が生えてるのにも理由があったはずだ。
「キウイ? 食べられるんですか?」
「もちろんです。上手く使えば、店の売上も上げられますよ?」
「バターや卵の生地で懲り懲りなんですけど……」
そう言いながらエリーさんが顔をしかめる。あの時のトラウマは相当なもののようだ。
そんなことを考えながら義行は台所に行き、包丁を取って戻った。
「これ、切ってもいいですか?」
「ええ、どうやって食べるのかも知りませんし」
義行は慣れた手つきで皮を剥き、輪切りにしたキウイをテーブルに置いた。皮ごと食べた方が栄養はあるようだが、いきなりうぶ毛付きのものは手が出ないと思い、今回は皮を剥いた。
「どうぞ。やはり生で食べるのが一番おいしい思います」
昔はおっかなびっくりで食べてたマリーが、サッと一つ取って口に運んだ。
エリーさんもそれに続く。
「あらっ、ちょっと酸味があって、でも甘い」
「そうっすね、イチゴとはまた違うおいしさっすね。どんな食べ方があるんすか?」
「そうだな……。イチゴのようにジャム、搾ってジュース、他にはケーキスポンジにクリームと挟んでフルーツケーキなんてのもありかな」
食べ方はいろいろあるが、果物は生でかぶりつくのが一番うまいと義行は思う。
「魔王さま、これって増せますか?」
アプリさんが取ってきたということは、どこかに自生しているのだろう。義行も栽培したいと思っている。
「この小さく黒いのが種です。これをほじくり出して、春に蒔けば芽は出ますよ。ただ、そこから実が生るまで三、四年くらいかかったはずです」
「まだ四つ残ってます。種は私が取り出すので城でも育ててくれませんか?」
願ってもない依頼だ。最近、新規作物を探せてなかったので、メリットが大きいと義行は思った。
「エリーさんのところでも植えると思いますけど、キウイは雌雄異株、あ、えっと雄花と雌花が別々の木にできるので、合わせて植えておかないと実が付きません。最初は植木鉢にでも蒔いて、ある程度育ったらアプリさんにでも見てもらって、時期を見て広い場所に植え替えがいいと思います」
「わかりました」
「いや、シトラさんの方が無難かも……」
そんな正月を過ごし、ここ魔族国も四日からは普通に仕事が始まった。とは言え、いきなり忙しくなるわけではない。なので、いつものように義行たちは腐葉土や堆肥作りに精を出した。
そんな年明けから二週間ほど過ぎた一月の中旬、サイクリウスが振興部にやって来た。会議や相談で呼ぶことはあっても、サイクリウス自らやってくる来るのは稀なのだ。
「魔王さま、こちらの書類に目をとおして、サインをお願いします」
『ドン』と音がした。義行も、ノノたちの栽培記録やレポートでこの量は見たことはあるが、仕事の書類では初めてだ。俺を殺す気かと思った。
「なんだよこれは?」
「決算書類でございます。中を検めてサインをお願いします」
「今までなかったぞ……」
「そりゃ、これまでは私が見てましたから。サインだけは最後にもらってましたが」
涼しい顔で話すサイクリウスだ。
「それなら、今回もお前が見ればいいじゃないか」
「去年は城で相当数の物を売りましたからなー。どなたの発案でしょうかねー?」
義行は、知らないと言って逃げようかと思った。
「一番よくわかっていらっしゃるのはどなたでしょうねー?」
義行もたまにこういうことをやるからわかるが、鬱陶しいうえに厭味ったらしいたらありゃしない。
「わかった、わかった。責任もって見るよ」
「では、よろしくお願いします」
どうやら、年が明けても普通というわけではなかったようだ。恐らくだが、財務担当部は超忙しかったことであろう。そしてこの決算書類見て、義行は二度と城雇用型研修員制度はやらないと決めた。
義行は諦めて書類を上から見ていく。最初の数ページは昨年の各部署の事業内容が文章で纏められている。しかし、決算書類だけあって、だんだんと数字や表が多くなっていった。
朝から見始めて、その日確認できたのは十五ページほどだった。
その翌日は十ページ、翌々日はわずか五ページだ。
「魔王さま、このペースだと二月になりますよ?」
「そう言うなよー、この『なんちゃら引当金』とか、『なんちゃら繰延費』ってなんだよ。魔族語で書けよ!」
「いや魔王さま、魔族語ですよそれ」
冷静に突っ込む十八歳のノエルだった。
「もう……、私たちも手伝いますわ。キリのいいところで分けてください」
天使が舞い降りた瞬間だった。
そしてその日以降の義行は皆の肩を揉んだり、お茶を出したり、おやつを作って出したりと、メイド以上の働きをするのだった。
(なに? その力を書類チェックに回せって。それは謹んでお断りします!)
しかし、お茶くみだけではバツが悪いので、義行も自分のデスクで集計表のチェックしていたときだ。ノエルが変な声を出し、シルムと相談した上で一枚の集計表を持ってきた。
「魔王さま。このポテの集計表ですけど、ここの数字、変じゃないですか?」
集計表のある一カ所の数字をノエルの羽ペンが指している。
「『7』じゃないのか?」
「これ、元々『1』じゃなかったのかなと思って。ここ見てください、後から線を付け足して伸ばしたような……」
義行はその数字をじっくり見てみる。
「……、そう見えなくもないけど、数字の書き順は人によって違うからなー。『7』の場合、左の短い縦棒を書いて、上の横棒、そして右側の長い縦棒が一般的な書き方だけど、この数字のように、左の縦棒がなくて、横棒が右斜めにやや上昇して縦棒を書く人もいるから、『7』みたいな『1』、『1』みたいな『7』に見えるのはあると思うんだが?」
実はこれ、義行が市役所勤めとしていたとき、『7』の左の縦棒を描かずに、『1』みたいな『7』を書いていたことがあり、先輩から紛らわしいと怒られたことがあったのだ。
「でも、横棒と縦棒の交わったところですけど、妙にとんがってます」
じっくり見ると、横棒の確度が急に変わり、山を作っている。
「でも、「1」と「7」くらい違うと、小計や最終計が大きく変わってくるだろう?」
「そうなんですよね。でも、小計と合計はちゃんと合ってるんです」
「魔王さま。それなら、こっちの書類もそう見えなくないですわ」
ノエルとそんな話をしていると、ノノがドテの集計表を持ってきた。
「この『8』ですけど、『3』の開いたところをくっ付けて、『8』にしたように見えますわ」
「うーん、「1」と「7」は言われればそう見えてくるが、これは付け足してるのか?」
この『8』に関しては、『8』ですと言われたら、『はい』としか言えないような『8』に見えた。
「『8』なら書き順は右上スタートの左回りで、最後、右上で引っ付きます。でもこれは、書き始めと終わりが不明確ですわ」
「でもこの『8』も、真ん中の交わるところからスタートして上の丸を書いて、下の丸を描いてゴールすれば、スタートとゴールは綺麗には消えるぞ。さっきも言ったけど、書き順は人それぞれだから。そんなこと言ったら、『1』だけど、付け足して『4』にだってできるし、強引かもしれんが、『0』の上にヒゲ付けて『6』にもできる」
こういったことは、疑い始めればキリがないのは義行もわかっている。
「でも、これは流石に言い逃れはできないのでは?」
シルムは集計表のなかの一つの文字を指し示した。
「これはどう見ても『5』の下のマルっとしたところに線を付け足して『6』にしてますよ」
見てみると、『5』の上横棒がま横過ぎて、これは違和感ありまくりだった。
「これはやり過ぎだな。ここまで来ると『改竄を疑う』から、『改竄してる』になるな」
「この書類、なにかおかしいですよ」
「それなら、ポテの集計表を皆でチェックしてみるか」
四人の目で確認し、これは書き換えていると納得できるものだけ元の数字にして、同じ集計表を作ってみた。
「なんとまあ、販売数量と売上の数字がズレまくってるな」
もう改竄を疑わない方がおかしいレベルだった。特に数字が弄られていたのが、販売数量と売上の箇所だった。
「魔王さま、このポテの集計表の数字ですけど、販売金額が銅貨四枚の日だけ数字が弄られてないですか?」
「言われてみれば……」
なにかされているのは義行でもわかるが、なにがどうなっているのかまではまだ理解できていなかった。義行もどうするべきか迷っていた。
「魔王さま、財務担当部へ乗り込みましょうよ」
「いや考えて見ろ、あの財務担当部だぞ。シルムはあいつらの弁が立つのは見てるだろ。絶対、俺たちが反論できないような法律か理論で押してくるぞ」
シルムは思い出したくもないのだろう。嫌そうな顔をする。
「今すぐの判断は控えたい。だが、ポテに関しては『黒』のような気がする。そうなると、ポテ以外でもやってる可能性が高い。できれば、全てを調べてから乗り込みたい」
「ではこの際、徹底的にやってしまいましょう」
義行たちは目を皿にして他の集計表も再チェックしていった。
次回の更新は、五月一日(金)十七時三十分前後を予定しています。




