第七十三話 次の募集
数日前にはニンジンの収穫も終わった。第二圃場のニンジンも予定どおりの収量を上げ、ちょうど今裏庭に運び込まれていた。
今年の作付け予定を見ると、このニンジンの収穫が今年最後で、あと十日程で今年が終わる。思えば、義行がここに来て五年が過ぎることになる。いろいろあったが、徐々に改革も進み感慨に耽っているところ、後ろから申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「あのー、魔王さま。ニンジンなんですが、どうしましょう?」
「ああっ? どうしましょうってなんだよ。財務担当部で管理するんだろ」
「い、いえ、その、そうなんですけど……」
「あぁ、そうだ。ニンジンも種取用で圃場に残してるものもあるから、管理よろしくねー」
「ひっ!」
それだけ伝え、顔をこわばらせる財務担当職員を置き去りに義行はさっさと振興部に向かって歩き始めた。来年の種をどうするかにも関係する重要な話し合いがあるのだ。
「皆、年末の忙しいときに集まってもらって申し訳ない。来年の募集について皆の意見を聞きたい」
「魔王さま、私も居ていいんですか?」
「なんだノエル、お前はもう立派な振興部の一員だ。それに、今日の会議は経験は不要だ。思ったことを言ってくれればいい」
「それで、魔王さま。一から皆で考えますかな? それとも、既にたたき台はできてますかな?」
「一応、三案持ってきた」
義行はその三案を記した文書を皆に配った。
「一つ目は一番最初にやった委託制度ありの公募、二つ目は現行の研修員制度、そして三つ目は紹介制だ」
三案作ってきた来たと義行は言ったが二つは焼き増しで、新規に考えたのは実質一つだった。
「最後の紹介制は読んで字のごとくだ。就農希望者を既存の農家から紹介してもらう。とりあえず、三つの案に目をとおしてくれ」
サイクリウスとノノとシルムは、三案だけ読んでいる。一方、ノエルは全ての案に目を通している。
「で、一案と二案のメリット・デメリットについては、ノエル以外はわかっていると思う」
「いろいろありましたからな」
ノエル以外は苦笑いである。
「まあ、それはいいとして、まず現行の研修員制度は止めようと思ってる」
「でも、目的意識の高い人が来てくれますから、悪くはないと思いますよ?」
「たしかにな。城の採用試験みたいに事前レポートを提出させ、人数を絞った上で面接にすれば、悪くないと思う」
「それなら、どうして来年はやらないんですか?」
ノエルから至極当然な質問がされた。
「財務担当部の動きがどうもな……」
いつもならバシッと言う義行だが、今日は歯切れが悪い。これでは、ノエルも納得できないだろう。
「しかし魔王さま、財務担当部の言い分にも間違いはございませんぞ」
「それはわかってる。ただ、あいつら理詰めで杓子定規すぎるから頭に来るんだ」
「そこが本音ですのね?」
「あばばば、今のなし。でも俺は、販売や在庫管理といったことも含めて研修だと思っていたから、それができないのはやはり問題だと思う」
「そうですわね。管理が悪くて腐らせたり、売り方や交渉の仕方がマズければ、損するのは農家自身ですものね」
そうなると、委託制度ありの公募か紹介制のどちらかになる。
「委託制度ありの公募だとこちらのやりたいことはできる。ただ、ノエル以外の者はよくわかっていると思う」
義行は何度もシミュレートはしてみたが、メリット・デメリットが同じくらいあって、決め手に欠けるのだ。
「あのー、魔王さま」
「なんだい、ノエル」
「思い切って、希望者を都度受け入れて指導するのはダメですか?」
まさか、この案がノエルから出されるとは義行は思ってもみなかった。これは、第四案として出すか迷った案だった。
「その方法は俺も考えたんだがな、三人の負担が大きすぎるんだよ」
「私たちの仕事は、農業・畜産を普及させるさせることですよ?」
それはそうなのだが、こういうときは例を示すのが一番分かり易い。
「例えば、二月に二人希望があったとする。その指導にシルムが付くとする。三月にも二人の希望があった。四人の進度は違うから、シルム一人だと大変だよな?」
「でも、二人くらいなら」
「じゃあ極端だが、二月に十人、三月に八人、四月に四人来たら? そして、最低限の期間で収入が得られるように指導をするとなったらどうだ?」
「さすがにそれは……」
数人であれば、多少ズレて参加されても対応できる。だが、一度の大人数来ることも想定しておかないと大変な目に合うのは明らかだ。
「だが、いつでも門戸を開いているというのも悪くないと思ってる。これまでは決まった時期に募集してきたから、そのときじゃないと参加できないと思っている人もいるかもしれないしな」
「サイクリウスさま。このいつでも応募は、他の部署としてはどうなんでしょうか?」
「土木部、都市開発部と言った開拓地を整備・管理する者たちからしたら、大まかな予定者がわかってた方が作業はやり易いだろうな」
「すまん」
なんか知らんが謝ってしまった義行だった。
「しかし、これはこれでありかも知れませんぞ。さすがに随時募集はあれですが、作物毎に募集するとかにすればなんとかなるでしょうな」
「なるほど。それなら作業進度の差が起きない分、皆の労力も減らせるな」
時間はかかるが、こういう会議はいろんな意見が出てくるので有難い。
「では作物毎、もしくは決まった季節毎に希望者を受け入れるという方法で行きたいと思うが、どうだろう?」
「異論はありませんわ」
「私もです」
こうして来年の研修制度も決まり、時刻は十六時前だ。サイクリウスは自分の仕事部屋に、ノノとノエルは裏庭でデータ取り、シルムはレポート作成をして第一圃場に戻るとのことであった。
「皆、真面目だねー」
そんな義行はちょっと早いが、今日の業務を切り上げ一人食堂に向かった。
ちょうどそこに、ドアの隙間から中を覗く変態がいた。
「おいクリステイン、その趣味は止めろ」
「まお、まお……」
この感じはもふもふ系だろうか? しかし、カスミたちが屋敷の中に入ることはない。それに、これまで何度もモフっている。となると、新たな妖精さんか? 義行はそんなことを考えながらドアを開ける。
「魔王さま~。お邪魔してます~」
「なんだ、アプリさんか」
「なんですか~?」
「いえいえ、ちょっと、ウチの変態が……」
ふと机の下に目が行った。太い尻尾を咥えた、もふもふちゃんがいた。
「ははー、これか」
義行はアプリさんの対面に座り、来訪の目的を聞いた。
「あ~、魔王さまに用事じゃないのよ~」
「シトラさんかヴェゼですか?」
「ううん、エリーよ~。これを買いに来たの~」
アプリさんがこぶりなバスケットを開いた。そのバスケットの中には米粉パンが入っていた。
「ふーん、パンですか、って、えっ……、どうやって買ったんですか!」
「どうやってって~、エリーのところで、『パンくださ〜い』って」
義行は、顔から血の気が引いて行くのがわかった。
「じゃあ、エリーさんはアプリさんの正体知ってるんですか?」
「別に、秘密事項じゃないし~。でも、ブレットは知らないかも~」
「だって、身バレしたら……。あ、そうか、悪い奴がいるから見えなくしてるだけでしたっけ?」
義行は、なぜ妖精たちが姿を隠しているのか思いだした。
「そのとおりです~。昔は、それなりに共存してましたし~」
「でも、よくお金持ってましたね?」
「お金~? 持ってないわよ~」
「じゃ、じゃあ、ど、どろ……」
「失礼です~。お金くらい知ってます~。これは物々交換したんですよ~」
紛らわしい言い方は止めてほしいと思った義行だった。
「へー、なにと交換したんですか? エリーさんがパンと交換してもいいと思うものとなると……」
「秘密です~。近いうちに、ここに来ると思うわよ~」
そんな話をしてるとマリーが食堂に来たので、紅茶と生肉を持ってくるようにお願いした。
「アプリさん、机の下の子は、もしかしてユキヒョウですか?」
「種類はわかりません~。でも、私の相棒です~。『ユキ』って言います~」
ここにも義行と同じ、残念レベルの名付け親がいた。
「使い魔なんですか?」
「ううん、カミイヌみたいな存在じゃないです~。北の山には群れがいます~」
「触っても大丈夫ですか?」
「構いませんよ~」
義行は、イノシシの肉を手のひらに乗せて口の前に持っていった。
ユキはおいしそうにイノシシ肉を食べてくれた。その後は、クリステインを交えてもふもふタイムに移った。
「魔王さま、是非、城で飼いましょう」
「ダ~メ。この子たちは涼しい気候の場所で生活してるので、ここでは飼えません」
「じゃあ、クリステインちゃん、山に来る~? 半年以上は雪に覆われた生活だけど、ユキといっしょよ~」
「……」
「おい、悩むな!」
次回の更新は、四月二十四日(金)十七時三十分前後を予定しています。




