18.後談
どこに埋めたのか、とは、あえて聞かないことにした。根掘り葉掘りと聞かれたくないことだろうという配慮だった。
手を合わせて故人に黙祷。
名前を忘れても、悼む気持ちは忘れてはいけない。
俺は生きるため、そして、守るために戦った。
それは、これからも起こり得ることだろう。正当防衛ならば何をしても良いとは決して思わない。それでも。それでも俺は──
「あっ、おふぁーおー」
と、黙祷が終わったところで、後ろからいかにも朝の早そうな声が聞こえた。実際、早いということはないが、なんとも眠そうな朝のあいさつである。
振り返るとそこにパルがいた。何というか予想通りだ。ここで氷月が登場していたら天変地異ものだっただろう。あるいは、ガルムさんが出てくればギャップで……いや、やめておこう。
「よおパル。今日も一段と小さいな」
「屋上に行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「この村に屋上などない」
会ってすぐにキレられてもこっちは困る。俺が悪いんだろうけど。というか、そのネタをリアルで使うやつを初めて見た。そもそも、何で知ってんだよ。
「そこは、ほら、『今日は一段とかわいいな』とか言うべき場所でしょ。空気が読めないなあ……」
「はいはい、今日は一段と身長がかわいいな」
「……」
──パル。
村長の孫娘にして、この村の英雄。
『夢見心地な箱入り娘』
アホ。
アホだ。間違いなくアホ。
今、俺の前にいるのは村を救ったパルではなく、アホなパルだ。
「ねえ、おじさん」
「お兄さんだ」
「……どうして、こんな村がぐちゃぐちゃになってるの?」
言葉に詰まる。
彼女の頭の中には昨晩の記憶がない。いや、“例の彼女”いわく、ないのではなく、あっても思うように取り出せないのだ。
英雄が英雄たる理由を知らず、英雄視される。
皮肉な話だ。
いったい昨日の出来事の何を話していいだろうか?
村に二人組が現れたこと?
狙いがパルであること?
片方が亡くなったこと?
一人に逃げられたこと?
村が消滅しかけたこと?
それを止めたのがパルであること?
真実はその小さな体にはあまりにも重すぎる。
それを知ったとき、パルは少なくとも今のままではいられないだろう。
事件の被害者でありながら、蚊帳の外にいる“今のパル”には言ってはいけないことのような気がした。だから俺は、いつも通りにすればいい。いつも通りに。
「ああ、それな。昨晩、ヘルファンゴの群れが村を襲ってきたんだよ」
「そういえば、おじいちゃんが血相変えてなんか言ってたね。『やつらがきた!』って」
言っていたような記憶がある。俺の記憶が正しければ、やつらが人間とは一言も話していなかったはずだ。そして、ガルムさんたちはちょうど狩りに行っていたはずだった。
大丈夫。いけるいける。
「そうそう。やつらは真夜中に突撃してきやがったんだよ。ちょっとは人の迷惑を考えてほしいもんだ」
「私が寝てるときにそんなことがあったんだね〜。だとすると、捕らえたヘルファンゴはどうしたの?」
「食べた」
「全部!?」
「全部食った。部位ごとの味の違いとか、年齢による硬さとか、いろいろ食べ比べることができたぞ。残念だったなパル。寝てたお前に食わせる肉はない」
「そんな……!」
「昨晩はちょっとしたお祭り騒ぎだったのに起きてこないお前も悪いんだぞ。見てみろあの残骸。村の中心で火を起こして食ったが、あれだけ明るければ普通は起きるんもんだぞ」
「ちょっとぐらい残してくれてたっていいじゃないか!」
「すまんな。ついついおいしかったもんで村人全員で食っちまった」
「ふんっ! もういいよ!」
そんなこんなで騙すことに成功した。
やっぱりちょろかった。
しかし、村を歩いている途中に真実を小耳に挟んでしまい、嘘がバレる可能性もある。そうなるととても厄介なことになるので、パルの後を追って歩いた。
「ないっ! ないないないっ!」
村を出て、森の中をしばらく歩いたところでパルは叫んだ。叫びながら、周りの木を見渡している。
「ないものはいくら探しても出てこないぞ」
何がないのかなんて野暮なことは、めんどくさそうなので聞かないことにして、相づち代わりに生返事をする。
「ないものは探せば出てくる! たまに!」
暴論だ、と激しく言いたいところだが、たまに出てくるぐらいならいいだろう。俺好みの回答だった。
それからも、パルは辺りを捜索した。相変わらず「ないない!」と叫ぶばかりで、何がないのかなんてものは部外者の俺には一切分からなかった。
俺は他言されないように監視しているのであって、誰もいないところなら、わざわざこいつに付き合う必要もないんじゃないかと考えていたところ、ついにパルがすがりついてきた。
「それで、何がないんだ?」
はあ、やれやれ。まったく、仕方がない。
見て見ぬ振りができない性分は損ばかりだな。
「秘密裏に作ってた干し肉がなくなってる……」
「おつかれさまでーす!」
きびすを返して村に戻ろうとすると首根っこを掴まれた。すごい握力だ。これならミカンも片手で潰せるだろう。つまり、大した力ではない。
「何か知ってるの?」
怒りのこもった声だった。
食べ物の恨みはおそろちぃー!
「こんな森の中で干してたら、そりゃあ、虫や動物に食われるだろ」
「ちゃんと対策はしてたもん! 昨日の昼はちゃんと干されてたもん!」
「昨日と今日は別なんだよ。昨日干されてても、次の日には風で飛ばされてなくなってるものだ」
「洗濯物じゃないし!」
「それに、世の中、特殊な趣味嗜好を持った人間もいるんだぞ? 使用済みの肉ぐらい盗んでいく泥棒さんだっているだろうさ。屋外干しの欠点だな」
「使用済みの肉って何!?」
常識的に考えると、動物に持っていかれたのが妥当なところだろうな。森の中に干されてる肉なんて危なっかしいものなど、人間が持っていくまい。
街中に未開封のペットボトルが置いてあっても、誰も取らないのと一緒だ。もしかしたら、飲む人もいるかもしれないが、そんなやつは一度も見たことがない。
もう一つの線としては、“例のパル”という可能性もある。あちら側はこちら側の情報も持っているのだから、こちら側の知らぬところで勝手に食べてしまったかもしれない。
「飛ばされようが、食べられようが、盗まれてオカズにされようが、どのみちもうないんだから諦めろよ」
「食べられるとオカズにされるって同じじゃないの……?」
「大人になれば分かるさ……。さて、そろそろ帰るぞ」
無駄な時間を過ごしてしまった。
こちらに来てから多分一番、無意義な時間だった。
俺たちは元来た道を辿って村に戻った。周りは木ばかりで、本当に元来た道なのかは分からないが、村が見えたので良しとしよう。
一人だったら遭難していただろうな……。
諦めが付いていないのか、パルは恨めしそうに時々振り返っては、しょんぼりとした顔で前を向いた。
干し肉の一つや二つぐらい、家に飾ってあっただろうし、家に帰れば、元の騒がしいパルに戻るだろう。多分。
村は森に入る前と変わらず、村人たちがひっきりなしに動いていた。心なしか中心の山は小さくなっていた。このぶんだと、昼ぐらいには全てが終わって、元の生活に戻れるだろう。
そう、あの夜の出来事が真の意味で終わりを迎え、村に日常が訪れる。いい兆候だ。
もう一度、あの夜を思い出す。
二人組がやってきたこと。騙しまくったこと。置き土産。ギリギリで氷月が駆けつけてきたこと。パルの覚醒。爆音。
そのうち、「そんなことも昔はあった」そう思えるようになるだろう。佳境も苦境も終わってみれば一興というものだ。
「はあ……いつまで肉のことを引きずってんだよ」
「踏ん切りがつくまで!」
パルが村から森のほうを見るので、俺もつられて森を見る。そこには、青々とした木があるだけだ。あるだけ……だ?
「あっ……」
「何かあったの?」
「なんでも、ないです……」
きっと、気のせいだろう。
俺が昨晩、タナトに『適当に指を差した方向』が、まさにここだと言うことは言わないことにした。




