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交差世界の無能力者  作者: 湯豆腐
第二章
16/19

16.煉獄

ついに氷月復活!?

では、どうぞ。


「あら……二人組と聞いていたけれど、一人しかいないわね。もう一人はどちらに?」


「そこに首なし地蔵が倒れてるだろ」


 氷月の参入によって事態は一変する。特に、今まで死と隣り合わせだった俺の精神面が。ほんと強能力だよな、条件が多いにしても時間を止めるって。


 タナトの作った光弾は弾けることなく、そこに停止していた。


「この緊縛された肉塊のことかしら」


「いやいや縛ったの俺じゃないからな。こんな縛り方とかできないし。これがかっこいいと思ってたみたいで、来襲したときからこんな格好だったからな」


 特殊な性癖があるやつと見られていないだろうか?緊縛には全然、まったくもってこれっぽっちも興味がないということを伝えたが、氷月の怪訝な顔を見るに、誤解を招いているようだった。


 これ以上否定しても逆に怪しく思われてしまうだろうから、もう何も言わない。


「ゆ……ゆるさん……。絶対に許さんぞ虫ケラども!」


 氷月の射程圏内に左腕のみが巻き込まれたタナトは激昂し、右手にもう一つピンポン球ほどの光弾を作った。


 そして、躊躇なく左腕付近で爆破させた。周りに肉や血や骨が飛び散る。時を止められた指先から肘までは原形を留め、その場に浮いていた。


「自切……」


「次会ったときはじわじわとなぶり殺してくれる!」


 ひどく疲弊した様子で彼は捨て台詞を吐く。これほど大きく能力を使えば当然、体力の消耗も激しいのだろう。


 ぜいぜいと肩を上下に動かしながら、彼は右手で服の中から札のようなものを取り出した。左手を使おうとしたのか、付け根数センチ、わずかに残った突起が動いた。


 大きく舌打ちを一つしたあと、札を口に咥えて破り捨てた。


「……まだ、あなたの名前を聞いていませんでしたね」


「ゴードンだ」


「ゴードンさん。ここまで完膚なきまでに私を痛みつけたその名前。永劫に覚えておきましょう」


 ああ……。いつもの調子でまた偽名使ってしまったよ……。


 彼はその場から姿を消した。あの札にはそういう効果があったようだ。身柄を確保できれば良かったのだが、俺も氷月も動くことができなかった。


「……ここに置き土産があるわけだけれど」


 厄介なものは残っていた。彼いわく、この村を全壊に至らしめる威力を備えた爆弾。数秒後には爆発する代物。


 氷月の能力によって、その時限は停止している。が、それはあくまで停止しているだけ。消滅したわけではない。


「少しずつ解除していけば、最小限の爆発で抑えられるんじゃないか?」


「それは無理。病み上がりだからというのもあって、そこまで繊細に制御できないわ。ONかOFFかの切り替え。できてそのぐらいよ」


「……今のうちに水でもかけておくか」


「即沸騰ね」


 村を捨てて逃げることもできず、かといって、被害を食い止める術もなく。打つ手なしの状況に追い込まれた。


「お前の能力でどうにかならないのか?村人全員を避難させたあとに解除。爆発の直前に自分の時間を止めて防御するとか」


「それをどうやって解除すればいいのかしら?」


 言葉に詰まる。その通りだ。一度自分を停止させてしまえば、二度と解除することはできない。つまり、つまりそれって──。


 氷月にとって、それは死亡宣告と同義……。


「私たちに何かできることはないか?」


 ガルムさんをはじめとする村人が集まってきた。中には、草原で出会い、ここまで連れてきてくれた荒くれのおっさんや、齢十にも満たない子供が母親の裾を引きながらこちらへ向かっていた。


 大規模な自然災害が発生したように。たった一夜にして彼らの生活が終わろうとしていた。


「この村で生まれ、育ってきた私はこの村に骨を埋めると決めておる」


 村の総意をまとめるようにガルムさんは言った。人々は空を仰いで「仕方ない」と割り切っていた。母親は子供を抱きしめて感情を殺していた。


 自らの死を誰もが肯定していた。享受していた。こんな終わり方があっていいのか?悪しき人間の強襲を退けた結果がこれか?


「……あなたはどうするつもりなの?」


 氷月は俺に言った。その特異なる能力を持ってして、切り抜けることができない絶対的状況。絶対的な絶体絶命。


「俺は……」


 その返答を待つのは氷月だけではなかった。村中の人間が周りを囲い、固唾を飲んで俺に視線を向けていた。


 俺はなんと答えればいいのだろうか。俺には彼ら彼女らとは違い、選択する権利がある。腰を据えて動くつもりのない彼らと、その場にいることを余儀なくされている彼女とは違い、逃げ道がある。


 俺一人だけ、ここに残る義務がない。


 だからこそ、みんなは俺が答えを出すのを待っている。


「あなたにはやるべきことが残っている。この世界でも、あの世界でも。目的を果たすためには、時に非情になることも大切よ。誰かのために、誰かと一緒に、誰かの共感を得るために。そんなことをしていてはいつまでも先へは進めない。人を見捨てる覚悟を持つ。それが前に進むということよ」


 彼女は言う。それが遠回しに逃げを選択しろと言っていることぐらい分かっていた。いや、逃げではなく、立ち向かうとはそういうことなのだと言っていた。


「お前にも目的があるんだろ!夢半ばで諦めていいのか!?」


「私の夢はあなたに託すことにするわ。重荷が増えて潰されないようにせいぜい頑張ることね」


 ああ、そうか。それがあったか。俺が二人分の夢を叶えれば万事解決だ。お前の分も俺が代わりにやってやる。そうすればハッピーエンドだ。


 ──なんて、くだらないことを考えるわけねえだろ。


「何をしているの?」


「そこで突っ立ってないで、お前らも全員手伝え。女だろうが子供だろうが知ったことじゃねえ!さっさとやれ!」


 俺は地面を素手で掘った。ネチャネチャとしていようが、散らばった肉片が爪に入り込もうが、見境なく地面を掘って、土を投げた。


「見てないでさっさとやれ! こんなもん、少し大きいだけの爆弾だ! 山一個できるまで土でもかぶせりゃあ、大したことにもならねえ! 村なんて引っ越すもんだと思えばいいだろ!」


 らしくもなく怒鳴る。人に荒っぽく命令するなんて初めてだった。


「しかし、どれだけの時間がかかるか……」


「知るかバーカ」


「俺の子供は今日ケガをして……」


「お前が二倍掘れ」


「お腹に子供がいるんです……」


「休んでろ!」


 口々に聞こえる小言をぶっきらぼうに投げ返すうちに気付く。


「死ぬつもりのやつが明日明後日未来のことを考えるわけねえだろ。本当はお前ら生きたいんだろ?ああ?畑耕して狩り行って、いつも通りに過ごしてえんだろ!だったら、しのごの言わずに働け家畜ども!」


 自分でも何を言っているのかが分からなくなってきた。なんでもいいから言ってやる。指を咥えて見ているだけのやつに喝を入れてやる。腹の虫が満足して収まるように考えもなしに言った。


 どんなに暗い顔をしていても彼らは生に執着していた。俺は彼らを導くような言葉は何も言っていない。活力を与えたわけでもないし、希望を与えたわけでもない。


 それでも彼らは動き始めた。ある者は持っていた槍でその場の土を削り始めた。ある者は畑に行ってスコップを手にした。また、ある者は井戸から水を汲んできて土を柔らかくした。


 もう何も言う必要もなく、彼らは自主的に動き始めていた。


「静かな決戦なんて豪語したけど、終局は騒がしくなっちゃったな」


 数の力とは恐ろしいもので、しばらくすると光弾が隠れるほどに堆積した土が広間にはあった。


 どれだけの土を要すのか、具体的なところは俺には分からないが、まだまだ必要量の1割にも満たない気がした。


 村は穴だらけになっていた。それこそ、隕石群でも降ってきたのかと言いたくなるほどに。


 一度は死を受け入れた人間が、今度は死に物狂いで動いた。後先なんてこれっぽっちも顧みず、今のために尽力した。


 家の近くを掘って家屋が倒壊しても、笑いながら散らばった木片を土に突き刺した。


 この様子はまるで──。


「まるでお祭りみたいね」


 氷月は言った。俺の心の内を読んだように。


 スコップを借りて、大きな穴を作ってから休憩を摂っていた俺の隣に氷月は腰を下ろした。


「まだ決着がついたわけじゃないから、楽しむには早すぎると思うけどな」


「……ええ、そうね」


 二人で活気付いた村を眺めた。蚊帳の外から見ると、疎外感からか、すぐ目前にあるはずの村が、どこか遠くにあるように感じられた。


「ひと休憩したし、俺もそろそろ行ってくるかな」


「影斗くん」


 再びあの騒ぎの中に混ざろうと豆のできた手を地面についたとき、突然、その名を呼ばれた。名前を呼ばれるのはこれで二回目だった。一回目は確か……氷月の家で。

 

 普段、滅多なことでは氷月が言わないような言葉を聞くと、力が抜ける。抜けるのはもしかしたら、拍子かもしれないが、どちらにしても、その言葉に俺はもう一度地面に座った。


「なんだ急に改まって」


「いえ、大したことではないけれど──」


 本当にしょうもないことを聞かれて俺はそれに答えた。世間話というやつだ。やれ、どうすれば元の世界に帰れるのだろうか。やれ、どうすれば平穏な日々を過ごせるようになるのか。


 こんなちっぽけな俺たちが考えるにはあまりに大きすぎること。それでも他人事ではないことを俺たちは話し合った。


 まともに回答できたのは極めて少ない。何も分からず、何も知らず。答えを保留にしたものも多かった。


「なんで、こんなときにそんなことを聞くんだよ。あれか、ホームシックってやつで寂しくなったんだな。……この場合はワールドシックになるのか?」


「……そうかもしれないわね」


 バカにするように聞いてみたが、氷月は頷いた。なぜか優しい。いつもなら、軽口の一つや二つを打ち返してこようものだが。なるほど、これは重症だ。


 それにしても、この状況はあれだ。マンガ風に言って『夏祭りの終わり、誰もいない絶景のスポットで、二人きりで花火を見る』そんなシチュエーションにどことなく似ている。


 大抵の場合、それは、良いムードにはなるものの、一緒に来ていた友人がやってきたり、電話が鳴ったりで、ぶち壊されるもの。


 でも、今この場にはそれを邪魔しようとする因子はない。友人もいなければ携帯も鳴らない。特大の花火が上がり、大事な声が聞こえなくなるなんてハプニングももちろんない。


 ゆっくりとした時間だけが、空気を読んで流れていた。


「……お疲れ様」


「ん? なんか言った?」


 ぼそりと何かが聞こえた気がした。あれ、おかしいな。花火も上がってないのに、聞き取れなかったぞ。


「幻聴よ。それよりも一つ良いかしら?」


「まあ、別に構わんけど」


「その……少し森の中に入ってくれないかしら?」


 氷月は顔を背けて言った。そのため、表情は見えないが、いつもの冷たさが感じられない声音だった。


 人気のないところに誘うだなんて。


 喜んで!と返事をしたものの、よくよく考えれば、氷月は能力を使用し続けている以上、あまり離れることはできない。


 つまり、一人で行ってこいというわけか。なんだ、浮き足立って期待した俺がバカみたいだ……。


「これまたどうして森の中に?」


「相手の一人が一度、森の中に入っていったでしょう?何か仕掛けていないとも限らないし、不安に思っただけよ」


「……おまえ、よくそんなこと知ってるな」


「家の中からでも見ることぐらいできたわ」


 何かを仕掛けている。その考えはなかった。俺は騙されたと知ったときに怒り狂うあいつの滑稽な姿を見ていたため、よもやそんなことはしないだろうと思っていた。


 しかし、何もしていないとも限らない。村人が森へ逃げ込むことを想定して、罠を仕掛けている可能性もあるわけだ。置き土産が二つある可能性はなきにしもあらず。


「あれ?それって、俺に地雷地帯に足を踏み入れろって言ってる?」


「ここまで優しくしてあげたのだから、それぐらいは当然でしょう?」


 訂正。こいついつも通りだ。いつも通りの腹黒い氷月さんだ。少し気優しいところを見せたと思ったら、すぐ手のひら返しやがった。ブレねえ。


「可能性は限りなく低いと思うから、あまり、土堀りに貢献していない人間を何人か引き連れて、探したほうが良さそうね。パルちゃんはまだ寝てるのかしら?」


 そういえば、あいつらの懐へ入った俺しか知らない話、事の引き金はパルなんだよな。


 どうしてそんな有りもしないことが広まったのか知らないけど、パルの能力とやら欲しさにやつらはこの村を襲った。


 あんなやつに能力なんて備わってるはずもないのに。そもそも、防衛能力持った人間がこの村にいたら、あんなやつらの侵入は阻止できるはずだし、あの光弾だって、対処のしようがあっただろう。


 それをしないんだから常識的に考えて、いるはずがない。


 一体、どうしてやつらはそんないるはずのない人間と、あるはずのない能力を求めてこの村へ来たのだろうか?


 今回の件、唯一の謎だ。


 タナトが逃げる前の言葉『見当ての人間はいなかったと報告する』それは、タナトがなんらかの組織に属しているということなのだろう。そして、近いうちに再び接触することになるのだろう。


「あいつはそこらへんに転がってたからな。こんな騒ぎの中じゃあ、さすがに目を覚ましてるだろ。アホはアホでも現地民だから、同行させれば森の中で迷子にならんくて済むな」


 パルを道案内役に抜擢しよう。


「それじゃあ、ちょっくらパル捜して、森の中見てるくるわ」


「ええ、頑張ってね」


「その必要はないよ」


 いつからそこにいたのか。皆目見当も付かないが、そこにはパルが立っていた。


 いつものパルとは何かが違う。雰囲気とか魂とか、そんな有無の確証もない無形物の違い。パッと見ただけでは分からないが、瓜二つの別人と言ったほうが適切とも言える。


 どこか違って何かがおかしいパルがそこにはいた。


パルに一体なにが?


次回は一週間後の投稿です。よろしくお願いします。

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