15.戦慄
ついにタナトの能力は明らかに!
影斗よ、どう抗う?
牽制し合うように、謙虚に譲り合うように、互いが互いの動向を探っていた。
──タナトさん。パルという人物は見つかったのですか?
切り出しの言葉を考えるも、喉から出ることはなかった。いくらなんでも、彼は騙されていたと気付いているはずだ。
ベルガーが縛り上げられている事実。偽りの情報。タナトの顔をうまく見ることができないが、雰囲気で彼が今までになく怒っていることは察せられた。
「これはどういうことなのか説明してもらいましょうか。トーマスさん」
邪気を孕んだ言葉はまっすぐ俺に向けられていた。
「こいつぁオレたちを騙していやがったんだ!」
「あなたには聞いておりませんよ。私はトーマスさんに伺っているのです。さあ、教えなさい! なぜ私が無人の森を散歩しなくてはならなかったのか!なぜ、ベルガーさんが縛られているのかを!」
ああ……全部バレてるわ。これはもう無理だわ。せっかく信頼関係を結んだっていうのに、水の泡じゃないか。
時間を稼げたのはここまでか。氷月は今のあいだに体調を整えられたのだろうか。
分かりきった話、まず無理だったようだ。全快とはいかなくても能力を使えるまでに回復していれば、必ずここへ来るはずだから。現れていないというのは、まだ能力を使えるに至っていないということ。
詰んだわ。人生オワタ。真の意味でこの言葉を発することになるとは思いもしなかった。生きていれば人生いろいろあるもんだな。その人生もまさに今幕を閉じようとしているわけだが。
こんなことになるならば、せめて、戦地に赴く兵士のようにやりたいことをやってからにすればよかった。今際の際の後悔だ。
「どうしたのですか?この私が問うているのだから答えなさいッ!」
……。
……最後の最期ぐらい悪あがきでもするか。あがくにしても、何ができるわけではないけれど。
「お前のその貧弱そうな体を案じて散歩に行かせてやったんだよ!真夜中の森林浴。マイナスイオンたっぷりで堪能できただろ?知的装ってるくせにまんまと騙されやがって、バカみたいだぜ」
「……」
「森へ向かう後ろ姿は見てて痛快だったよ」
「……あなたが嘘を吐いていたのはよく分かりましたよトーマスさん。あなたが嘘を吐く理由が私には気になりますねえ」
「お前らのアホ面が拝みたかったからだ。てめえらに教える理由なんぞこんなもので十分だろ」
俺が嘘を吐くことで得られるメリットを模索しているのか、タナトは黙考した。思考を邪魔するように俺は言う。
「お前のそのキャラとか既出なんだよ。あと3回ぐらい変身でもするつもりか。見かけ冷静でも腹が煮えくり返ってんだろ?俺に煮え湯を飲まされてよ。」
考えごとの最中に話しかけられるのはうざい。身をもって知っている俺だからこそできる妨害工作。ただのくだらない反撃。時間稼ぎ。
「ああそういうことですか。あなたが嘘を吐く理由。そして、私に暴言を吐ける理由が分かりましたよ」
些細な抵抗は逆に良いように扱われ、タナトは結論に達してしまった。
「殺されないと思っているからですね。自分には利用価値がある。だから暴言を言っても生かされる。そして本当のことを知っているからこそ嘘を吐く
「あなたはパルという人物を知っている。そうですよねトーマスさん。そして──
「奴隷商というのも嘘でしょう。偶然居合わせたのではなく、必然。そこで眠っている少女。自分を売人と偽装して、逃がそうとした彼女こそがパル本人ではないですかね」
どんな推理力をしているのかと尋ねたくなるような明晰さだ。推理小説の主人公にでも転職したほうがいいんじゃないか?
「ただ一つ。私には解せないことがあります」
「なるほど、お前のような頭のよろしい人間でも分からないことがあるのか。ぜひお聞かせ願おうか」
「トーマスさん。あなたのその不遜な態度はなんなのですか?すでに逃げ場を失っていることに気付かないほど鈍感な人間ではないはずですが」
彼も何らかの能力者。そして、パルという人物がこの場で惰眠を貪っている者であると知っている身。片方の男を肉巻きにしてはいるが、『千変万化の所有才幹』。制限を解かれ次第、紐を引きちぎることは安易に想像がつく。
時間をかければかけるほど俺は不利になっていく。無論、重々承知している。
「なら俺が、そう簡単にお前に弱点を教えるほど、うつつを抜かした人間ではないことも分かるだろ?」
「トーマスさんの恐ろしいところは平然とそれを言ってしまうところですねえ。虚々実々と言いますか。長所を短所と言ってしまいかねない性分。私としても何を信じ何を疑えばいいのか判然としないところなのですよ」
「とりあえず、今できることはやっておくかな」
彼は今なお俺を警戒している。その証拠にパルに手を出さない。もし今、パルを連れ去ろうものなら、俺はなすすべなく、みすみす彼を取り逃がすことになる。
だから、警戒はほどかせはしない。タナトのその用心深さこそが、俺にとっての頼みの綱だからだ。誰も信じまい。すでに相手の命綱が自分の手中に収められていることなど。
灯台下暗し、とはよく言ったものだ。
「こいつがどうなってもいいのかー。これは人質だ。これは忠告だ。こいつの命が惜しくば、即刻この村から立ち去れー」
「ひっ……! 待て、殺すな。オレを助けろタナト!」
「……」
俺はベルガーの右後ろに立ち、彼を中腰にさせてから首元に刃物を当てた。村長宅から拝借した小さなナイフは、使い古されていて切れ味は悪いだろうが、刺すぐらいならできるだろう。
「あーあ、この刃物。刃がボロボロだから斬るの大変だろうな。骨を断つにはノコギリの要領で切らないと難しいだろうな。痛そうだな。まあ、俺には関係ないけど」
人質の恐怖心を煽る。人は怯えると、こうも震えるものなんだな。ベルガーの青く染まった顔からは脂汗が分泌されていた。
さて、彼はどう出るだろうか?
「ベルガーさん」
「オレを助けろタナト!もう少しで刻限だ。能力発動してこの紐千切ったら、こいつを血祭りに上げてやる!」
「ええ、ええ。よく分かりましたよ」
タナトは右腕を前に突き出し、人差し指をこちらへ向けた。
──仕掛ける!
俺はこけ脅しのために微笑を浮かべ、手を前方に掲げた。それを見たタナトはほんの少しだけ指を動かした。
光が飛んだ。
すぐ近く、それも耳元で小規模な爆発音が聞こえた。ちょうど、電子レンジで温めすぎた袋が膨張し、破裂する音に似ていた。
何が起きた?
目視で確認するために音の方向へ首を向けようとするが、視覚より先に触覚がそれを認識した。
顔の左側から首元にかけて、生温かいものが飛散した。次に小石のようなものがぶつかり、最後にベチョリと柔らかみのある固形物がほおを舐め、落下した。
飛散した液体が目に入り、俺は反射的に両目を瞑る。そのため、視覚は遮断され、次に俺を呼びかけたのは嗅覚だ。暗闇の中に、恐ろしく不快な臭いが漂った。
俺は目を開けた。左目の視界は赤くぼやけていた。左では、どさりと重量感のある音を立てて、何かが地面に崩れ落ちていった。
しばらく放心してから何が起こったのかを理解した。タナトは何らかの能力を使用してベルガーを殺したのだ。
左側を視界に入れないように前を向く。体を揺れ動かしたときに、服に乗っかっていた球体が落ちて、コロコロと地面を転がっていった。
「ほっほっほ。もともと空っぽの頭だったのですから、今さらなくなったところで、さして不自由はしないでしょう」
「同感だ」
ほおを滴る血を拭うことよりも、平静を装うことに集中した。驚きを押さえ込み、吐き気を飲み込み、ただ考える。
あの瞬間、手を掲げたことでタナトは標的を、俺から隣にいたベルガーに変えた。俺の動作で改めた?それとも、最初っからベルガーを狙うつもりだったのか?
前者ならば、まんまとブラフに引っかけることに成功したが、後者であった場合は成功、失敗、どちらとも言えない。
未知の能力に対して何かしらの抵抗手段を俺が持っていると、彼に暗示させることには成功したのだろうか?
彼が何をしたのかは定かではないが、あの一瞬、光が見えたことから光線系の能力者だと仮定する。
何の能力なんだ? と聞いても、易々と答えてくれるはずもないだろう。
「あれ? 俺に攻撃はしなくていいのか?」
「トーマスさんこそ。口だけでなく、そろそろ行動したらいかがですかねえ」
「会話に飽きたらな。そんなことよりも一つ教えてくれよ。なんで仲間を殺したんだ?」
「なぜ敵である私にそんなことを?」
「興味本位だ。お前が何を思って仲間割れを起こしたのか気になってな。冥土に土産話として持って行きたいんだ。教えてくれよ」
俺の読みが正しければ、彼は俺の能力をほぼ絞り終わっている。だからこそ、この言葉は彼をミスリードさせる。
「この村へ来る前から、彼には度々、迷惑をかけられましてね。なんてことはない、私怨というものですよ」
彼の能力を見るに、回避は難しい。焦点を当てられたら即死だ。そのため俺は、当初の予定通り時間を稼ぐ。
図らずしも、タナトがベルガーを殺したことにより、俺には時間を浪費するデメリットが消えた。今の最善の一手はひたすら時間を使うこと。長期戦に持ち込んで、この場に氷月を登場させることだ。
「……」
「……」
おもむろに彼は腕を伸ばす。仲間を葬ったときと同じように。能力を発動させる気だった。俺が手を掲げると、彼は腕を降ろした。
「撃たないのか?」
「あなたを相手にすると調子が狂いますねえ」
「よく言われる」
彼はふうと息を漏らした。そこには落胆だとか諦めといった感情が含まれているようだった、戦意を失ったように彼は言った。
「私にも面子というものがありますから、いつまでも誤見していては矜持に障ります。……訂正しましょうか。あなたの暴言の理由。それは、殺されないからではない。むしろ、殺されたがっていた」
「死にたがっているやつは嘘を吐いてまで人を騙さねえよ」
「死ぬつもりは微塵もないのでしょう。あなたの能力的に」
俺は口ごもる。
「あなたの能力はカウンターでしょう。私を怒らせて矛先を向けさせる。ベルガーさんの力を見ても物怖じしないことを考慮すると、物理的にも効力を発揮するタイプ。能力がカウンターなら、あなたが受けに徹しているのにも納得です」
何も言い返さずに、俺は無言のままタナトを睨みつけた。ああ、そういう結論に達したのか。道理で戦意を失ってしまったわけだ。
どんな強い攻撃手段も反射されれば意味をなさない。逆に、攻撃さえしなければ相手は何もすることができない。
あっぱれだ。俺は何も言い返さずに、無言でタナトを睨め付ける。
「沈黙は肯定といいますね。あなたを攻撃しなくて正解でした。私は人の表情を観察していますから、能力を使おうとしたときのあなたの顔の綻びぐらいしっかり捉えているんですよ。ほっほっほ」
中途半端に鋭い人間は、たとえ一度騙されて警戒していたとしても、騙すのは簡単だ。自分の示した答えに絶対の確信を持っている。だからこそ、そこは格好の穴となる。
何かを指摘されて黙ると、すぐ「図星だ!」と言ってくるやつがいた中学生時代。この経験が活きることになるとはゆめゆめ思わなかった。ありがとう村田。嫌なやつだったけど今だけは感謝する。
「それでお前はどうするつもりだ?能力で戦えないとなると、体つきから俺が優勢なわけだが。俺の能力のデメリットまで予想して攻撃でも仕掛けてくるか?」
「……やめておきますよ。危険が大きすぎる。私はあなたと戦わないことにします。して、どうでしょうかトーマスさん。私たちと一緒に来ませんか。ちょうど席が一つ空いたわけですし」
「さっきからトーマストーマスって誰のこと言ってるんだ。機関車の名前か?勧誘時に人の名前間違えるとか、バカでもしねえよ」
「前言撤回です。やっぱりあなたを殺すことにしましょう。散々この私をコケにしやがってぇェェ!」
こいつの切れるツボがいまいち分からない。笑ったり怒ったりと、表情の忙しいやつだ。情緒不安定とも言うか。
タナトが腕を前にかざすと、そこに丸い光が作られた。
それは勢いを失うことなく成長を続け、最初、拳サイズだったものはバスケットボールサイズへ。そして、さらに巨大化していった。
ベルガーを爆殺した能力。彼の能力は光弾を生成する能力か。大きさは任意で変更可。意思に応じて自由自在に操ることができる爆弾。
「初めからこうすれば良かったようですねえ。あなたが能力を使っても守れるのはせいぜいが自分の周りだけでしょう。私の能力でこの村ごと吹き飛ばして差し上げますよ!」
バチバチと放電しながら、光弾は拡大していく。
「お前も死ぬぞ!」
注意を促す。
「あなたの能力は遠く離れた私に届きますかねえ」
こいつ……逃げるつもりか。いつ破裂するかも分からぬ時限爆弾をこの村へ置いて、自分一人安全地帯へ逃走するつもりらしい。
やばい。やばいやばいやばい!
「何事だ!」
夜にしては明るすぎる光景は、家の中に避難していた村人の不安を掻き立てさせ、外へ連れ出した。広間へ集まりざわつく村人。その中にはガルムさんもいた。
何かを叫んでいるように見えたが、光弾を中心として渦巻く豪風に打ち消されて、何を言っているのかは聞き取れない。
「数秒後には爆発だ!この村には目当ての人間はいなかった。そう報告しておきましょう!」
運動会で使用されている大玉サイズの光弾からタナトは手を離した。
近くの地面に陶器が叩きつけられ、甲高い音を立てて粉々に割れた。いくつものランプが割れて、中に込められた油は燃え広がった。
合図。この暗闇ならば火は合図として最適だろうという考慮だったが、あの光弾が輝いている以上、心もとないものになっていた。
「遅すぎ……だろ」
「──!」
俺がそう呟くと同時、タナトは何かを感じ取ったのか身を翻した。左腕だけを見えない糸で吊り上げられたような格好で苦悶の表情を浮かべ、こちらを睥睨。
「時間稼ぎご苦労さま。よくもまあ、五体満足でいられたものね」
ありがとうございました。
次は一週間後の予定です。よろしくお願いします。




