14.偽装
少し遅れました。よろしくお願いします。
パル。
俺はこの村に来て、その名前を聞いたことがある。それも一度や二度ではなく何度もだ。俺自身、その名前を呼んだことすらある。
もしかしたら、パルという人物はこの村に何人もいて、同姓同名の一人に関わったことがあるのかもしれない。
世間は狭いと言う。事実この村は狭い。こういった場所では何かしらの恩恵を授かるために、名に由来を持たすことが多い。
例えば、村の守り神。神の名前を取り入れることで神の保護を授かる。宗教めいた観点からの命名。
例えば、偉人の名前。名を馳せた人間の名を借りることで、その偉人に恥を重ねぬようにと、教育からの命名。
つまり、パルという名前は、この村にとって重要な何かである可能性が微レ存……しないよなあやっぱり。
寝ているところを家から連れてきたアホの子こと、パル。彼らの目的が彼女であることは分かった。
そして、ベルガーとタナト。彼らは、眼前にいる男によってお姫様抱っこされている少女こそが、当人であるということを知らないらしかった。
人身売人という悪役を演じ、彼らの側につくふりをするために運んできた彼女が、重要人物だなんて、俺ですら驚きを禁じえない。
彼らの話からすると、ではこの少女こそが、防御に特化した稀有な能力者ということなのだろうか。まさかまさか。そんなことはないだろう。何かの間違いだろ?
「パル……。ああいましたいましたおりましたよ。村長の孫娘ですね。その娘なら先ほど村長とともにあちらの林に逃げて行きました」
と言って、適当な方向へ体を捻って指を差す。
「情報提供を感謝しますよトーマスさん。おかげで滞りなく進められそうですねえ」
タナトは金貨の詰まった皮袋を、腕の中で眠りこけているパルの腹元に置いた。何から何まで嘘の重ね塗りですごく気まずい。
トーマスって誰だよ。ポッポオォォォ!
「ベルガーさん。私はこれより林に出向きます。満足に動けないあなたはここで見張りをしておいてもらいますよ」
「ああ、悪かったよ」
若干、ベルガーに対してタナトは切れかかっている模様だ。まあ、勝手な行動をした挙句、行動不能になるような無能だ。無能な俺以上に無能なやつだ。腹ぐらい立っても仕方ない。
タナトは騙されたとも露知らず、単身、林の中へ入っていった。本当に作戦通りに進んでくれて俺は嬉しいよ。
俺は抱えていたパルを地面に降ろした。さすがに長いこと人を抱えているのは疲れる。腕はプルプルして満足に力を入れることもできない。情けない。
こんな事態で、演技のための大道具として扱われているのにもかかわらず、いまだに熟睡できるとはいいご身分だなほんと。
「……なあお前」
ベルガーが俺に言った。時間も経ち、タナトからのお叱りも受けたこともあり、さらには能力の反動で相まって、俺に対するほとぼりは冷めているらしく、ずいぶんとしおらしくなっていた。
「へっへっへ。その女はどこに売るんだ?」
まだ、奴隷商としての俺は健在だった。まさに順風満帆と、思い通りに進む展開に一段落していたが、近くにはもう一人の男、ベルガーがいたのだった。
「なあなあ、どうせ性奴隷として売るんだろぉ? あいつが帰ってくるまで暇なんだ。ちょっとだけ貸してくれよ」
「この娘はここから少し離れたところにいる貴族に献上するものだ。そこの主は若い女が好きな好色家だからな。傷物にされちゃあ堪らないよ」
「傷物ってことは生娘なのかよその女は。カーッ!貴族様とやらが心底羨ましいぜ」
「ああ金も弾むだろうな」
我ながら最低な会話をしているものだ。気分を害す。しかし、そんな低俗な話が世間話のように、さも当たり前のようにできるのは、ここがそういう世界であることに他ならない。
人が売られるのは当たり前の世界。
労働力として。
慰み者として。
「ほんと嫌な世界に来たもんだ」
「なんか言ったか?」
おっと、口に出していたようだ。
自重しなければ。
「確かにこの時間は暇ですね」
「だろぉ?破瓜まで行かなけりゃあ、ちょっとぐらい楽しんでも大丈夫だろうぜ」
「ベルガーさんは能力の反動で動けないのでは?」
「おっ!理論を語っても結局、お前も乗り気じゃねえか。こんな上玉を目前にすりゃあ、オレも男だぜ。動けなかろうが、おっ勃つモンはあるだろうよ」
「やりますか」
「やるか」
村を救えるのだから、ちょっとぐらいなら、な。
俺は鼻歌まじりに、地面に横たわるパルの服の中に手を入れた。体と服の温もりが直に伝わる。
「おいおい一人で楽しもうとすんなって!オレにも見せやがれ」
ベルガーは威勢良く言っているものの、その実、彼は横たわったまま動かない。動けない。声には覇気があるが、発している肉体そのものはひどく弱々しかった。
なんでこいつ、こんな制限があること知ってて、くだらないところで能力発動させたんだろ?ただのバカか。
「分かってるって」
俺は服の中に入れた手を再び出して、彼に見せびらかした。
これで満足してくれるだろ?
「──なっ!」
家から出る直前にパルの服の下に仕込んでおいた数本の縄を、彼に見せびらかした。
なあ、お前の有り余る性欲もこれで満足できるだろ?
縛りプレイってやつだ。
より正確に言えば縄より細く、糸より太い、いわゆる紐と呼ぶべきもの。時間もなかったため、ぐちゃぐちゃに収納したそれは、こんがらがっていた。俺は呆然としている彼の前で懇切丁寧にほどいていく。
「はーい。ボンレスハムの仕込みの時間だ」
緊縛の仕方は何種類もあるらしいが、今回はペットボトル相手に練習を重ねてきた俺の亀甲縛りが紅蓮の炎を吹く──!
ちなみに、フ○ンタのペットボトルは膨らみ的にやりやすそうに見えるけど、底面の足が5本だからやりづらかったりする。
できることなら、記念すべき一人目は半裸で太った男なんかではなく、女性が良かった。
路線変更してパルでも縛ろうか?そんな思いが割と本気で渦巻いていたが、そんなことをしてしまえば、ガルムさんに刺殺される。
まず、ベルガーの太い腕を後ろで縛る。血行不良、壊死なんて気にせずに持てる限りの力で縛り上げた。
二つ目の紐をベルガーの首にかける。何か図太い声が聞こえたが俺は気にしない。
紐の先端を持って鎖骨、胸の中央、へそより少し高い位置、骨盤付近、つまり計4箇所に8の字結びを行う。
紐を股下に通したあと、紐が背面を登れるように、ベルガーを蹴ってうつ伏せにさせた。わめき声なんて聞こえないふり。
自分の快楽のためなら、人を傷付けるのを厭わないような愚図だ。そんなやつに優しくしてやる義理はない。
首にかけた紐の下に先端をくぐらせ、一度強く引っ張る。変な声が聞こえたが俺は気にしない。気にも留めない。
今度は紐を二手に分かれさせて、片方は右半身、もう片方は左半身へ。
ここで俺は考える。ひし形か六角か。いつタナトが帰ってくるかも分からないので、手っ取り早く縛り上げるためにひし形を選択。
一本の紐を、先ほど作った結び目と結びの間に通す。もう片方も同じように通し、後ろの縦線に交差させて、強く張る。そして縫うように次の間に通していく。
それを数回繰り返し、骨盤の結び目が終わったあと、前で頑丈に結んだ。
このままでは足がフリーなので、別の紐を使って足を固定する。
さらに4本目の紐を使って、手と足の紐に何度も巻いていき、海老反りになるまで強く張った。
「ご注文は縛りプレイですね」
「ぶっ殺してやらあァァァァァ!」
たいそうご立腹のようでした。時間をかけてキツキツに縛ったというのに、どこが不服なのだか俺には分からなかった。
特に腹回りなんて最高だと言うと、彼はお気に召さなかったようで暴れ出す。といっても体が少し揺れる程度なので、俺にケガはない。
とりあえず危ないのでパルを木の下に運んでおいた。
さて、こいつをどうしようか。このまま放っておけば制限が解けて、再び能力を行使するだろう。そうなればこの程度の紐なんていとも簡単に切れる。
そうなる前に手を打たなければならない。気絶させる? 手足の骨を折る? いっそのこと永眠させるなんて手もある。
そこは考えていなかった。もっとも大事なことであるがゆえに、もっとも決断を強いられる場所。生かすか殺すか。彼の生殺与奪の権利は俺が握っている。
「くっ──クッソオォ!」
キンキンと耳鳴りがするほどの声をベルガーがあげた。これでは静かな決着とは言えなくなってしまった。安眠妨害もいいところだ。
安眠。俺は横になっているパルを見た。これだけ大きな音を立てても目覚めることなく眠っている。
「ったくうるさいやつだ──あ?」
なぜこいつは声をあげた?
まっさきに思いついたのはシャウト効果。声をあげることで筋力を数パーセントほど上昇させるというもの。オリンピックに出場している砲丸投げの選手などが良く行う技だ。
しかし、ベルガーは紐をほどこうとしたわけではなかった。力んだという感じは微塵もしなかった。まるで、叫ぶことが目的だったかのように。
叫ぶ。叫ぶ理由──。
俺は失念していた。彼らが彼らであったことをすっかり忘れていたのだ。二人組であったことを。もう一人がいることを。
縛ったあとに俺が取らなければならなかった行動は、こいつがタナトとコンタクトを取るのを阻止すること。
こいつの叫び声はまさに、彼への連絡だった。危険を知らせるために、わざと大きな声を出したのだとしたら!
土を踏む音が近付き、すでに手遅れであることを明快に悟らせる。
じゃりじゃり。
「下品な声をあげるなと、私は何度も言ったはずですがねえ。ベルガーさん」
紐で縛られているベルガー。
地面に横たわるパル。
身動きができない俺。
靴を鳴らすタナト。
「これは一体どういうことでしょうか?」
こればかりは言い訳の余地はないだろう。不測の事態は往々にして起こり得るものだった。
次は日曜の投稿を予定しております。よろしくお願いします。




