11.敵襲
服装って大事なんだな。
特に場に適した服装というやつが。
ちょっと前までは「ここら辺は俺の庭だから」と言って、誰かと遊びに出かけるときは部屋着だったが、それが軽率だったのだと気付かされる。
いちいち身だしなみを気にかけるのが億劫で、ちょうどいい感じの言葉を見つけたこともあり、場にそぐわなかった過去の自分を殴ってやりたい。
浮かれてんな!
浮いてるぞ! って。
移動中は狩猟者たちの服装なんてこれっぽっち意識していなかったが、村に入るとそうはいかなかった。
だってみんな村人の服着てるもん。
色合いや形状などの細部は人によって異なるが、どれも基本的な作りは同じ。その中で日本の服を着ている俺たちは、疎外感とか場違い感を放っていた。
人に家を尋ねようにも「シッ! 見ちゃダメ」みたいな空気が流れてるし。その割に四方八方からは痛いほど視線を感じる。
「あまり歓迎されてないな」
「それはそうでしょうね。閉塞的な生活を送っている村にとって災いというのは、必ず外からもたらされるものよ」
「感染症患者みたいな言われようだな」
「ええそうね。感染ると嫌だから近寄らないでもらえるかしら」
「お前も同類だよ!」
あからさまに歩を速め距離を置く氷月に俺は言った。ここに来てもそういうくだりあるのかよ。メンタル強いな。単に図太いだけかもしれないが。平常運転ができるのってすごい。
「ちなみに空気感染だから離れても無駄だぞ」
「灰も残さず焼き尽くさないといけないわね」
「待て待てそれは早計だ。疫病蔓延防止のために隔離された村で、治療に来ていたある人物が、原因が食糧難による痛んだ野菜の摂取によって起こる食中毒だって解明したんだぞ」
「私、そんな宮廷女官の話は知らないわ」
知ってるじゃん。知らないだろうと思って言ってみたのに、既知だったら効果ないじゃん。
個人的には最高何とかになった主人公の先輩好き。厳しいけど優しいあの人。名前は知らん。場面なら断然、埋めてあった酢を使って料理するところ。分かる分かる。いや、分からねえよ。
頭に乗った葉っぱを首を振って落とす。まだまだ紅葉には程遠い、青い葉っぱだ。風が強く吹いているわけではないが、地面にはたくさんの葉が落ちていた。
こういうのも田舎っぽさがあって風情があるな。都会はうんざりするほど人が多いからこういうのは新鮮だ。歩行者の多い横断歩道を自転車に乗って横断する人とかほんとにやめてほしい。
「とにかく誰かに聞くしかなさそうね」
「そりゃあそうだ」
「……」
無言で向けられる冷たい目。あらやだ、視線が一つ増えちゃったわ。
えっ、何? この状態を招いたのは俺のせいなんだから、俺が聞きに行けって? まったく、本当にかわいいやつだな。
降ってくる葉を払い落として。
「まっ、仕方ないか。展開上、行き詰まったら新キャラが登場するかなと思って待ってたけど、全然出てこないしな」
「そんな都合よく登場するわけ──」
「もしかしなくても、あなたたちは村の外から来た人たちですね?」
ほら来た。人のセリフを遮って登場する王道展開。
話途中に横から割って入って来た声の主は、若い女性──というよりは女の子の声だ。
振り向くと木の上に人が立っていた。
「とうっ!」
いさみよくその場から跳躍し、焦げ茶色をした短めの髪をなびかせて俺たちの前に降り立った。その間、女の子の持っていた大きめの袋が手中から離れて空を舞う。
袋の口が開いて大量の葉が落ちてくる。それはさながら雨のように。よくぞこれほど摘んできたなと感心するぐらい──
「んなわけあるかー!」
雨は葉だけにあらず。
豪雨のあとに服に這うものありけり。
つまり、イモムシも一緒に降ってきたのだった。
「まあつまり、奇抜な服に身を包んだお二方を見つけましたので、村の者ではないなと思い、接触させていただきました、以上!」
「なるほど分からん。つまり、この葉っぱを降らしていたのはお前ということだな?」
「そうであります!」
反省の色が伺えないというのは、何も、失敗から成果を得られなかった、というわけではないのだと初めて気付く。
悪気があるわけではなかった。故意ではなかった。だからこそ反省する必要はない。女の子の態度はそう物語る。
そういう生き方もあるんだな。日本だとわざとじゃなくてもまずは謝れって教わるが、悪くないことは悪くない。素直な子だ。
土地柄が変われば人柄も変わるとはよく言ったものだ。
一つ勉強になった。そう思ってこの一件は水に流そう……というと少し恩着せがましいな。じゃあ、借りということにしておこう。何かあったときは一度ぐらいは手を貸してやるつもりだ。無論、誰に言うでもないがな。
「良かったな相手が優しい俺で。他の人にイモムシなんて投げつけたら、一生涯身動きできない体になるところだったぞ」
「運が良かったですねお互い。でも、さすがにそんなこっぴどく仕返しをする人なんていないと思いますよ」
「そうだといいな」
そう言って、ちらりと横にいる氷月を見る。氷月はしゃがんで地面に這っているイモムシを見ていた。なんでも、バネのよう伸び縮みを繰り返して動くのがおもしろいそうだ。女のツボというのはよく分からん。
目の前に立っている少女を見る。たとえどんな出会い方だとしても、こうやって人と話せるのは好機だ。でも、イモムシはないかな……。
「俺たち、実は村長の家を探しているんだが、どこにあるか知らないか?」
「ん? 知ってるよ」
キョトンとした顔で平然と答える目前の女の子。そりゃあ知ってるよな。地元民に市駅はどこにあるかって聞くのと同じレベルだろうし。
「案内してくれないか?」
「……いいよ! でも、お二方は外から来た人だよね? ここら辺、夜は寒くなるけど寝床の確保はしてあるの?」
「今のところ野宿になりそうだ。でもそれはおいおいでいいだろ。村長に話があるみたいだから、それを聞いてから探すつもりだが」
「それはまずいよ」
「どうしてだ?」
「えーっと……そういえばおじさん名前なんて言うの?」
「おじさんじゃないお兄さんだ」
そういえば話し始めてからしばらく経つが、いまだにお互い、名前を名乗っていなかった。こちらとしてもいつまでも女の子だの少女だのと呼ぶのは抵抗がある。
「俺の名前は日向影斗だ。マサラタウンから来た。隣のお姉さんは氷月零下。おまえは?」
「変な名前だねおじさん。私はパルって言うんだ!」
自己紹介すると、いい名前だとか変な名前だとか言ってくるやついるけど、 名前付けるの親なんだから親に言ってくれよ。なぜか自分にダメージ来るんだよそれ。
どうでもいい話、最近はキラキラネームとか流行ってたけど、そんなの履歴書とかに書いたら、書類選考に全落ちしそうだよな。どうするんだろ。でも、あんな惨状じゃ就職がどうのとか行ってられないな。
「んで、何がまずいんだ?」
「何の話をしてるのおじさん?」
「さっきの話をしているんだ。宿を取るのは早いに越したことはないだろうけど、なぜ遅れるとまずいのかって話だ」
常々思っていたが、こいつは間違いなくアホの子だ。よもや天然記念物がこんなところにいようとは思わなかった。
というか、呼び名がおじさんで定着しちゃってるじゃん。何それ。自己紹介した意味あったの。
「あー、村長の話は長くなることで有名だからね。夜分遅くに『泊めてください』って言うのは迷惑ってことだよ」
とてもとても現実的な回答をいただきました。
「それじゃあお言葉に甘えてパルの家に泊めてもらうとするか。それでいいよな氷月」
「ええ、いいわよ」
「あれ? 私、もし泊まるあてがなかったら家に来ても良いよってもう言ったっけ?」
「言っただろ。それも忘れたのか?」
「そっかそっか。言ったんだね。早速だけど案内するからついてきて!」
ちょろすぎるだろ。
いつの日か悪い人に騙されないかおじさんは心配になってきたよ。というか、子ども一人の判断で見ず知らずの外部の人を家に泊めても大丈夫なものなのか。
でも、口ぶりからして家に上げるつもりだったみたいだから結果オーライってところか。
「ここが私の家! おじいちゃんと一緒に暮らしてるの!」
「あなたのお爺様には許可をいただいているのかしら?」
「んー。いいんじゃないの? 分かんないけど! おじいちゃんはいつも『困っている人がいたら助けなさい。助けの手を出さない者には誰も手を差し伸ばしてくれないから』って言ってるし」
しっかりしたじいさんだな。そんな人と同じ屋根の下で暮らしてる孫がどうしてこんなにもアホなんだ。
「それでもお爺様に連絡を入れたほうがいいんじゃないかしら。見知らぬ人を家に上がらせるわけだし。万が一私たちが盗賊だった場合とかを考えて」
「お姉さんたちは物盗りなの?」
「それは違うわよ。こんな頭の悪そうなおじさんが人の物を盗めると思うかしら? こんなのが盗賊やってたら世の中盗賊だらけよ」
「おじさんバカっぽいもんね!」
「お前にだけは言われたくないんだが!」
これでも学校ではそれなりの成績だったんだぞ。氷月に及ばないまでもクラスでは上位のほうにいたのに、何このぞんざいな扱い。最近当たり強くない?
「まあ仮に物盗りだったとしてもこの家、というかこの村には金目のものなんてもうないけどね」
「そういう問題ではないのよ。世の中には変質者だっているのだから」
「じゃあそろそろおじいちゃんが帰ってくるから聞いてみるよ。それまでは家の中にいていいよ」
それでは既に聞く意味がないのではとつっこみを入れようとしたが、家の中に入ると体の力が抜けて、自分が疲れていることに気が付いた。
無理もない。元の世界では戦闘を行い、その状態でこの異世界に転移したのだから。加えてここまでの旅路、大半をドラスに乗っていたとはいえ、長距離を移動したのだ。
家を追い出されても困るので、その言葉に甘えてありがたく家の中でくつろいだ。
家の中には服や狩猟のための武器、干し肉や長期保存に向いた食糧が吊るされているだけで閑散としていた。
テレビもないし本棚もない。
冷暖房もないし窓枠もない。
電気もガスも水道もない。
それでも気概なく落ち着ける。
そんな、木の香りが充満した優しい家だった。
「帰ったぞ、パル!」
パルのじいさんが帰ってきたのは家の中の配置をあらかた覚えた頃だった。
「おじいちゃん! 旅の人来てるよ!」
「おおそうかいそうかい。村の人間が騒いでおったのはそのためか。人数は……二人か」
「え?」
パルのじいさんは見た目がたくましい。顔つきは50代半ばぐらいだろう。しかし、体つきはジム通いの20代後半といったところ。
普通の老人は葉を落とした冬場の木を連想するが、彼は樹齢数百、今なお育ち続ける大樹だ。
歳を重ねるごとに老化する人間ではなく、歳を重ねるごとに進化する植物。そう形容するのが正しい気がした。
「お邪魔しています、氷月零下と申します。私たちは宿を探しておりまして、よろしければ数日間、泊めていただけないでしょうか?」
氷月は立ち上がり、恭しくじいさんに礼をした。俺もしなければと思い、立ち上がろうとするがじいさんはそれを手で制す。
「ああそうかそうか。私はガルムという者だ。こんな廃れた村まで来てくださって。数日と言わず好きなだけ泊まっていくといい。旅の方が来たらパルもさぞうれしいだろう」
「ご好意感謝します」
「そうかしこまらんでも良い。無礼あってこその若さよ」
その言葉は響く。異様なほど。校長の長話とは違う、経験あっての言葉。
いつか歳を重ねたとき。
俺はこんな風に成長することができるだろうか。
「パル。旅の者たちに夕飯を作ってあげなさい」
「わかった! おじいちゃんはどうする?」
「そうだな。私も戴こうか」
夕飯か。そういえばこちらの世界に来てからお菓子しか食べていない。しかもそれはあの世界のお菓子だ。だからこの世界の食事は初めてになる。
「ガールムさーん! もう一狩り行こうぜ!」
パルが食事の準備を始めた頃に外から声が聞こえた。
一狩り行こうぜか……。どっかで聞いたことがあるが、まさかこんなのを現実で聞くとは思っていなかった。
「……」
「パルすまん! 前にも増してヘルファンゴが凶暴化してきて、今日は狩りの成果が芳しくなかったんだ」
「昨日もそうだった!」
「すまん」
「一昨日も!」
「申し訳ない……」
「その前も!」
「返す言葉もない……」
じいさん……。アンタ、そんなキャラだったか?
百戦錬磨って風貌だけど孫には弱いのかよ。
鍋を持って説教している華奢な女の子と、縮こまっているいかついじいさん。この絵面だけ見るとじいさんが情けない。
「いいよ……今日は二人いるし」
「すまんな。会議には少し遅れるかもしれんから、そのときは進行を頼んだぞ」
「いってらっしゃい」
しばらくすると料理が運ばれてきた。野菜がたっぷり入れられたスープだ。料理を手伝おうとしたが、客人だからとやんわりと断られた。
「会議って、ガルムさん何かやってんのか?」
「聞いて驚かないでくださいよ! 実はこの村の村長やっているのだ!」
「……ああ、村長ね。やっぱり」
「サプライズのつもりだっただけど……もう少し反応してよ!」
「そう言われても、薄々そんな気がしてたし。なあ氷月」
「……」
俺は氷月に話を振った。
氷月は無視してスープを口に運んだ。
俺に精神的ダメージ。鬱病を発症した。
視界が濡れた。
「おーい。反応してくれよー。冷たいのは名前だけにしてくれ。気まずくなるだろう」
「分かってるわよ。ただ……」
どうしたのだろうか。なんだかさっきから氷月の様子がおかしいような、いつも通りのような……。心なしか口数も少ない気がする。何か理由があるのだろうか。
「これが無反応というやつか……」
「そうだね……反応が薄いと辛いね……」
二人して精神的ダメージ。
俺たちは目の前は少しずつ真っ暗になった。
「……?」
「あっ!」
物理的に真っ暗になった。
「ごめんごめん! 油足すの忘れてた」
「停で……電気ではないな」
電気がないとこうも暗くなるものなんだな。きっと、この世界では星がくっきり見えるのだろう。
そういえば電気という概念すらないのだろうか。能力が電気使いなんていかにもいそうだが。
「そろそろ会議の時間だし、村の人もおじいちゃんもここに集まってくると思うよ」
ランプに油を注ぎながらパルは言った。
「時間って、時計もないのによく分かるな」
「時計なんか使わないよ。村のみんなは空気の質と空の色で動いてるからね」
「村人が一様に持ってるなんてすごい体外時計だな」
「遅れて来る人とか早く来る人とかタイミングはバラバラだけどね!」
数個あるランプに次々と火が灯され、室内は明るさを取り戻していった。
電気がないってことは当然火に頼ることになる。あのランプを倒したら木造建築のこの家はえらいことになるな。
「パル! それと氷月くん…といったか?」
「おじいちゃん、どうしたの。そんなに慌てて?」
家に入ってきたのは村人ではなくガルムさんだった。遅くなると言っていたものの、その帰りは早く、ぱるでさえも驚きを禁じえず、声を上げた。
「三人とも……聞いてくれ」
急ぎの用だったのか、ガルムさんは息を切らながら言葉を述べる。その尋常ではない様子に部屋の中の空気が変わった。
「一緒に狩りに仲間がやつがやられた」
「……もしかして?」
「ああ……やつらだ」
「……どうするつもりなの」
俺たちを蚊帳の外に置いて、ガルムさんとパルが会話を進めていく。
俺と氷月は顔を見合わせた。ろくでもないことが起ころうとしているのは明らかだった。
やられた? やられたってどういう意味だ? 使ったことのあるたった4文字の言葉がうまく飲み込めなかった。
やつらにやられた。
やつらに殺られた。
仲間を、同志を、村ぐるみの家族を。
殺された。
「おそらく、私を追ってこの村に来るはずだ。村の者には既に知らせておる。とりあえず旅のお二人さんは隠れたほうが──いや、今すぐにこの村から出たほうがいい」
「待て! 話が把握できない。どういうことだ。やつらにやられたって、やつらって誰のことだ。どうしてこうなった」
「一から説明してる暇はないの! これは村の問題だし、大したことじゃないから余計な心配はしなくても大丈夫!」
俺たちを安心させるための言葉をパルはかけてくれたのだろう。後ろ髪引かれることなく、この村から出すために。これから起こることに首を突っ込ませないために。
でも俺は知っている。
たった半日しか一緒に過ごしていない俺でも分かる。その声に、いつものような爛漫さがないことぐらい。震えていて、怯えていて、引きつっていることぐらい。
無理して笑っていることぐらい、分かってる。
俺もそうだから。
窮地のときほど平静を装って、人に迷惑をかけまいとしている気持ちは理解できる。そうすることで、自分を落ち着かせようとしていることも。
「なあ氷月」
「ええ、そのつもりよ」
言うまでもなく氷月はそのつもりだったらしい。こういうところは俺とどこか似通っていた。
「お二人とも今ならまだ間に合うはずだ。手遅れになる前にこの村から出るのだ。そして二度と──」
「ガルムさん」
俺はガルムさんの話を割った。自分でも嫌というほど冷たい声が出ていた。ガルムさんは口を閉ざし、肉食動物のような鋭い目で睨むようにこちらを見た。
「ガルムさんは知らないと思うけど、この村に到着して早々、パルにひどいことをされたんだよね俺。団欒と過ごしてるように見えて、いまだに根に持ってたりするんだよ」
ここでイモムシの件を持ってくるなんて、我ながら最低なやつだなと、話し始めて思う。
「それで何? 二度と村に近寄るなと言おうとしたのかな。悪いけど、俺はやられた分はやり返すたちでさ。害を被るだけ被って、それではいさよならと別れるほど器の広い人間じゃないんだよ」
ガルムさんは何を言い出すんだと怪訝な顔をしているし、パルは申し訳なさそうな顔をしているし、氷月にいたっては大人気ないやつだと引いている。
やっぱり言わなければ良かったと思ったが、時はいつだって遅く、取り返しがつかないものだ。始めてしまったなら、しっかり最後まで言ってやろうじゃないか。
竜頭蛇尾ではなく。
徹頭徹尾。
「氷月?」
「ええ、わかっているわ」
「え?」
「というわけだ。その分の責任をパルに取ってもらうまで、たとえ何が起きようともこの村から出るつもりはない!」
予定に間に合いました。
今回は新キャラが出てきました。パルという女の子とガルムさん。仲良くできたら良いですね。
次回は敵が…




