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第十六話

 ゆっくりと足を進めるれば門を仰ぎ見れるところまできた。

 四本並ぶ柱は皐月の両腕で包み込めるかどうかという太さ。思っていたよりもずっと立派だった。ただ、近くで見たことでわかったことがある。旧神殿と同じように蔦模様だと思っていたその彫りが、蔦ではなく蔓模様だ、と。

 蔦は女神がいる天へ向かうため、蔓は地についたそれを守るため、であることを皐月は知らないが、その模様の繊細さには目を奪われた。アルバロが言っていた、守りの模様なのだというのが信じられて少しだけ不安が和らいだ。


 門の正面に立ち止まり先を見る。眼下に広がるのは森の樹々。ここを越えてもそこに出るだけだろうに何が手に入るのだろうか。微かな不安を感じはしたけれど、目に見える場所に向かうのならそう悩む必要はないはず。皐月は門を潜り抜けた。けれどそうして抜けた場所は、予想していたような森の中ではなかった。


 隙間から見えていたのは樹々の緑であったにも関わらず今いる場所は違う。

 皐月は無意識に足を止めてしまう。どうして今、自分が立っているその場所が真っ白い空間になっているのかわからない。

 何をどうするのかわからぬままに門を潜った。そうすることで何が自分の手に入るのかすら知らないままだったから、こうして何もない空間にいることになったのか。皐月は右も、左も、上下すらも曖昧な場で辺りを見回した。


 見渡す限り白一色。何の変化も見出せない。こんな場所で何をするべきなのかすらわからない。わからないなりに何かをしなければ、と皐月は呼びかけてみた。ここにいるかもしれない誰か、に向けて。


「あのー…誰かいませんか?」


 妙に声が震えたような気がしたが、問うてみた。答えはない。

 本当にここで何をすればいいのか。皐月は今一度問いかける。


「だ、誰かいませんか!」


 やはり答えはない。というか自分の声以外に音もない。無い無い尽くしでどうすればいいのか本気でわからない。こんな状態で誰が助けにくるのだ、とフォルナートの言葉を思い返して内心で悪態をつく。

 大体においてレオも、フォルナートも言葉が足りなさすぎる。何をどうするのか明確な説明が欲しい。皐月はマニュアル人間なわけではないが、一般常識がかけ離れているだろうここで何も知らないまま何かをできるわけがないと思っているのだ。事実今、まさに何もできなくなっている。

 神殿では精霊を得るための儀式中付添人がいた。が、今はいないのに──と浮かべて思った。もしかすると今も精霊はそばにいてくれるのではないか、と。


「アクア? イグニス? テッラ? あとは、えと……うえ、ウエントゥー……なんだっけ?」


 精霊を呼んでみようと思ったが、基本属性四つすら真面に覚えていないことに気づいた。もちろん火に水に、地に風、とは覚えている。が、独特な風の読みがわからないのだ。ああ、脳みそ小ちゃいよ私、と項垂れる。しかも呼べたであろう三つにも効果はなかったようだ。水滴一つ生まれていない。


 とりあえずここがどこだか教えてくれる人、出てきてよう。と半ベソかきかけた。もう大人だとか関係なく、怖かった。何も知らない世界の、何も知らない場所、それもよくわからない場所で一人きり。皐月は今更に自分が一人でいた時間がとても短かったのだ、と思い知った。

 いつだってレオやアルバロやフォルナートがいてくれた。ジョルジェットが頭を撫でてくれたりした。エリオットだって色々と話してくれた。皆ちゃんとそばで見ていてくれていた。不安と混乱とで頭の中はぐちゃぐちゃになる。視界すら霞んできた。

 けれど泣きたくないのだ、と堪えた。こんなところで一人で泣いたら涙なんて止まらなくなる。というか泣いてはいけない。泣いたところで元に戻れる保証などないのだから。きゅうっと唇を噛み締め、皐月は前だと思われるところを睨みつけた。何かに八つ当たりしなければ泣いてしまうだろう自分を理解していたから。

 見つめているところが前かも、背を向けている方が入ってきた側かもわからぬまま暫くそうしていれば真白が少しずつ変化していく。


 光が映るように、真白から生成りへ、淡い黄色へ、そして膨大な量の光へと。変化する途中から眩しくて、光になる前には目を閉じてしまう。ただ瞼を通して目が眩むような光が差し込んでいることだけを感じた。暖かいだとか、寒いだとかそんな変化もなくただ光るだけ。何が何だかやっぱりわからなかった。


 ぎゅっと目を閉じていれば微かに耳に届く。チリチリと鈴がなるような、硬質な硝子が擦り合わされるような不思議な音。何の音であるかわからないまま目を開こうとしたけれど、できなかった。自分の目であるのに、自分の意思で僅かも動かない。パニックになりかかる。


「慌てない」

「っえ? だ、誰?」

「誰でもない。何でもない。慌てない」


 遠くからなのか、近くからなのかもわからない場からの声。チリチリという音と共に届くのは、低くもなく高くもなく耳に心地い声。男性か女性かすらもわからない。


「今は無理。もう少し先まで待つ。そうしたら行く」

「な、なにが? なにが無理なの? 先ってなに? 行くってなに?」


 子供のように繰り返して問うだけ。それしかできない。皐月は必死に目を開こうとした。けれど開かない。せめて声の主の姿を見たいのにそれもできず、問うた言葉にも明確な答えは返らない。どうすればいいのか。ただ混乱した。


「困って本当に願えば行く。でも今は無理。もう少し先まで待つ」

「困ったら……私が困ったら、手を貸してくれるってこと?」

「そう。でも今は無理。もう少し先」

「……よくわからないけど、でもいつかは会えるってこと?」

「そう。会いに行く。会わずにいられなくなったら行く。だから待つ。今じゃない」


 平坦な、でもどこか嬉しげにも聞こえる声。子供のように単語を紡いだだけの言葉と思えるのに信じようとも思えるのはどうしてなのか。皐月は小さく頷いた。


「わかった。待ってるね」


 姿も見えず、声だけを信じるなんて普段ならできない。でも今はファンタジーな世界にいるのだ。もしかしたらそんな存在もいるのかもしれない。大体フォルナートは手に入るかもしれないと言っていたのだ。この声の主は困った時は助けてくれると言った。つまり彼の言った通りに手に入ったということなのだろう。そう思えば気分は少し上向きになった。


「元気でた。よいこと。よかった。みんな待つ。早く行く」

「えと、みんなが待ってるから早く帰れってこと? でもどうやって?」

「真っすぐ歩く。出る。みんないる。簡単」

「あー…はい。確かに簡単、だろうけど」


 皐月は声の主が意外に答えてくれると思いながら少し前まで見えていた景色を思い出す。

 見渡す限りの白。距離感も平衡感覚も曖昧になる場所で真っすぐ歩く。無理じゃないか、と思ってしまう。別段方向音痴なわけではないはずだが、目印もないところで迷わない保証もない。


「道見える。そこ行く。そうしたら出る。大丈夫」


 その一言の後、また瞼一杯に光が溢れた。視界が白く焼ける感覚がして、余計に目に力がこもる。

 どのくらいの時間そうしていたのだろうか。ゆっくりゆっくりとその光が収束して、聞こえていた声も音もなくなった。消え行く音に促されるようにピクリと瞼が震える。皐月は自分の瞼が、自分の意思で開くことに気づいた。


 真白に焼きついていてもおかしくない光を感じたはずの目は、それをはっきりと映した。皐月は誰にともなく呟いた。


「道って……これ?」


 正面に浮いて見える糸のような色。細く途切れそうなそれを追うように視線を巡らせれば、足元にはしっかりとした色が見える。

 真白い中にある一筋の色。皐月の足のサイズとそう変わらない幅で、真っすぐに伸びる淡い金色。目の前に現れた光のようなその道を、皐月は小さく笑みながら歩み始めた。

 ここを進めばいいということなのは今、教えてもらえたのだ。不安などない。ここを進めばレオたちに会える。だから大丈夫。とりあえずはるか彼方まで続いていそうだ、ということには気づかない振りをした。心が挫ける。だから気にしないのだ、と自分に言い聞かせ皐月は歩き出した。

 ここ最近、不思議空間を歩くことが多い気がする──と足を進めながらのほほんと思う皐月は多分神経が鈍い、のかもしれない。



***********



 随分と長い時間歩いた気がしたが、あまりどころか全く日は傾いていない。皐月は入ってきた方向とは逆向きに門に向き合いながら思った。もしかしてつい今さっき入ったばかりなんてことだろうか、と。


 柱の影から見えるのは通ってきた広場のような場所。レオとフォルナートと、見知らぬ男性が一人いる。先ほどのようにレオのそばに。


 彼が纏うのは森に繁る葉のような濃い緑に、淡い金色のラインの入った服。レオたちが纏う神官近衛のものとは少し違う意匠は、所属が違う証なのか。皐月はぼんやりと彼を見つめた。

 レオよりも背の高い体格のいい男性。黒髪を爽やかな印象の短髪にしたスポーツマンタイプの美丈夫だ。レオやフォルナートのようなしなやかな筋肉ではなく、実用的な筋肉のついたがっちりとした体型は少し怖いくらい。隣に立つレオの一回り上の体格だということがいっそう彼が筋肉質なのだと教えている気がする。

 そこまでを確認して目を逸らし、そっと二の腕を抑える。皐月はちょっとだけ、そうちょっとだけマッチョが嫌いだ。


 学生時代、通学バスの中は常にマッチョで溢れていた。周辺に体育大学があった所為だろう。満員のバスの中、何度圧死の危機に陥ったか。けっして自分が小さいからでなく、彼らが幅を取りすぎているだけだ、と今も思う。が、そんな体験をしたが故にちょっとばかりマッチョとはお近づきになりたくない。

 皐月は彼が消えるまで、とりあえずここに隠れていよう、と柱の影に隠れた。


 視線の先にはキリッとした濃い眉を顰め、レオに向き直る男性。彼は平坦な声で問うた。ちなみに視点は彼をぼかして映しているのでその印象が正しいか、実のところサツキにはわかっていない。


「で? あの子はどこから連れてきた?」


 普段の声がどんなものか皐月は知らないが、責めるような感情は感じられなかった。そんな彼の言葉を受けて、レオは至極優しげに笑む。マッチョの前にいるとなおいっそう王子様(仮)だと思える。皐月は初めて出会った彼らの中にマッチョがいなくてよかった、と自らの幸運に感謝した。

 多分一人でもマッチョがいたら大人しく彼らについて行こうなんて考えは微塵も浮かばなかっただろう自分を知っている。皐月の中ではマッチョは悪である。


「何のことかな? あの子は僕の上の縁戚の子で、契約の門(コストラット)を潜るためにここに来ただけ、だよ?」

「まあ、そうしたいのはわかるが……残念だな。今この門を使える年齢の女子はこの界隈にはいない。後数年は無理だろうって娘はいるがな」

「やだなあ、ガイウス。君の記憶違いだろう?」

「いや? ここ数十年分の出生記録は頭に入ってる。それに大体の初潮年齢の目安もな。んでそこに当てはまるのは今のところ一人もいない。ましてや黒髪の女子は十五年前にここに来たジェットの姉しかいない。とここまで言ったら認めるか?」


 話が自分のことを言っているのだとは思っていたが、なんとなく雲行きが怪しいと気づく。懐妊フラグはまだ折れていないのだとわかっていたけれど、それが今目の前にあるのかもしれない。マッチョへの比でなく震えが走る。いや、もちろんマッチョも怖いが。


 とにかく皐月は恐怖した。レオやアルバロ、フォルナートたちとは違う彼のようなマッチョの子供を産まなくてはいけないなど考えたくない。あり得ない、とすら思う。自分がここまでマッチョ嫌いなのか、と皐月も今気づいたほどだが、本能には逆らえない。とりあえず、彼のようなマッチョの子供だけは絶対に産めないから、勘弁してくださいと誰にだかわからないまま懇願してしまう。


 そんなテンパりが再上昇している皐月を他所に、レオは苦笑して、そうして言った。少しだけ楽しそうな顔になっているのはどうしてなのか。皐月は答えを知りたくないと思った。


「はー…ガイウスを騙せるとは思っていなかったけど、もう少し緩くなれないのかい? 昔馴染みなんだから少しくらい融通してくれてもいいじゃないか」

「嘘つけ。融通してもらおうなんて思ってないだろ。むしろお前、俺のこと巻き込む気だったろうが」

「そこまでわかってるなら丁度良かったかもね。そうだよ、巻き込みたい。でもこれを聞いたら後戻りはもうできないよ? それでもいいね?」

「おっ前さ、聞いてる振りしてその実もう決定してるだろ、俺に言うの。そういうところは相変わらずだな」

「お褒めに預かり光栄至極。で、どうする? 聞くかい?」

「聞いてやろうじゃんか。お前がそこまで気にかける娘なんだ。まあ、大体の答えはわかってるけどな」


 あ、終わった。皐月は彼がこの先も自分の目に入るところにいることになるのだ、と気づいて膝をついた。いや、彼自体が嫌いというわけではないのだ。許せないのはその肉体。多分顔なら見れるだろうけれど、その顔も美形。しかもレオの横に立っても見劣りしない、皐月がお近づきになったことのないほどの。

 未だにレオやフォルナートたちを真っすぐに見たこともない皐月には、彼と会話するなど高等技術すぎる気がした。顔も、体も見ずどうやって会話をするのか。いや、会話をしなければいいのか。そうだ、今から人見知りになろう。そう決めた皐月はちょっとおバカなのだろう。


「それでサツキさん、いつまでそうしているのですか?」

「え? あ、フォルナートさん」


 ちょっとばかりではなくズレたことを決めた皐月へと声がかかる。それはもう呆れた顔をしたフォルナートだ。皐月はへにゃりと笑って彼を呼んでみた。ああ、やっぱりフォルナートはマッチョじゃない、と安心したのである。


「……膝をついてしまっては汚れてしまうでしょう? 仕方のない方ですね」

「あ、わ! ちょ、ごめんなさい! 大丈夫ですからやめて!」

「駄目です。お疲れなのでしょう? 僭越ながら私が輿までお運びいたします」


 笑顔、そう、それはもう素晴らしい笑顔のフォルナートが皐月を抱き上げた。所謂プリンセスホールドという乙女の夢のような抱き上げ方で。皐月はそれに抗った。恥ずかしいという感情よりも、笑顔のフォルナートが怖くて。

 むしろ俵担ぎで十分です、と言いたかった。口を挟む隙は全くなかったが。なにせフォルナートはもうさっさと歩き始めている。抱き上げられたままでそれを止められようか。


「だ、駄目ですって! 普通に歩けますから! ちょ、や!」


 が、何も言わないままでいられもしない。皐月がその腕を引けば、フォルナートはそれはもう楽しそうに体勢を崩した。もちろんワザとだろう。足はしっかり前へ進んでいるのだから。


「おやおや、あまり暴れると裾が捲れてしまいますよ?」

「うう……フォルナートさんまだ私で遊んでます?」

「いいえ? 少々心配しているだけですよ? 顔色があまり良くありませんから。中で何かあったのですか? 何も現れなかったのでしょうか?」


 笑顔とは裏腹に声音は優しい。皐月は近すぎるフォルナートの顔を見ずに済むよう目を閉じてその声だけを聞いてみた。フォルナートが印象の三倍は優しく感じられた。だからか、正直に見たもの、聞いたものを口にしていた。


「現れはしなかった、です。けど声を聞きました」

「こえ、ですか?」

「はい。声がして、困った時に私が願ったらきてくれるって言ってました」

「それで名前は聞いたのですか?」


 思い出しながら伝えれば問われたこと。名前なんて名乗っても聞いてもいないです。皐月はそれを言ったらいけないような気はしたが、素直に口にした。声だけならフォルナートはとても優しい人、と思えるのでそれに甘えた。とりあえず深く考えるのは止めたのだ。


「いえ、別に。えと……名前とか聞かなきゃ駄目、なんですか?」

「いえ、まあ……困ったら来ると言っていたのですよね? でしたらまあ、平気ではないかと思いますが」

「そう、ですか……なんか、会わずにいられなかったら会いにくるとも言ってました。から、その……呼べなくても来てくれるような気がしないでもないです」


 と言いながらも正直自信はない。声の主が何なのかすらわかっていないのだから。本当にあの声の主はどんな存在なのだろうか。精霊もいない場所であったから、精霊ではない。神力は神様の力で、神官が使えるものと言ってた。だからそれも違う。じゃあなんなのか。皐月には浮かばなかった。

 考え込む皐月を他所に、ぽつりと囁きが落ちる。


「ふむ……終わりの娘なのでしょうかね……」


 こちらをじっと見ているフォルナートからは笑みが消えていた。笑顔の時は怒っているような気がするから怖いのに、真剣な表情の今も怖い。皐月はその視線から逃れるように目を逸らしながら呼んだ。とりあえずこっち見ないでください、と言えないまま。


「フォルナートさん? えと、その……どうかしました?」

「ああ、なんでもありませんよ。さあ、あの二人は置いて輿まで戻りましょうか」


 ふわりと笑みを見せ、フォルナートはサクサク歩き出した。輿よりは揺れるが、安定感は抜群である。皐月は普段の目線よりも高いその位置から、歩いてきた道を見た。

 まだ夕暮れ前。夕食の時間にも少し早いくらいだが、人並みはない。森の中だからだろうか。皐月はさわりと揺れる木の葉を見上げお腹空いたかも、なんて思う。平和な思考回路に落ち着いた。


「ちょ、フォルナート! 何を勝手に!」

「おや、勝手にとは心外ですね。用も済みましたし、もうここにいる必要もないでしょう?」

「そうだけど……」


 レオからの声でフォルナートの足が止まる。なんだかものすごく楽しそうに答えるフォルナートを見上げ、皐月は呟いた。つるっと。


「フォルナートさん、私お腹空きました。あー…でも、まだ大丈夫なので……」


 多分絶対タイミングを間違えた。というかいい年の大人なのだから空腹を訴えるってなに、と浮かぶ。誤魔化そうとしたが全く上手くいっている気はしない。場の空気が凍ったような気さえしながら俯けば、柔らかな声が届く。


「いいえ、いけません。早く輿まで戻りましょう。ジェットが夕食の支度をしているでしょうから、戻ればすぐに食べられるはずですよ」

「わあ! 本当ですか! お昼に食べたジェットさんのスープ、すごい美味しかったので楽しみです!」

「それは良かった。ジェットも喜ぶでしょう」


 へにゃりと笑んで喜んでしまう皐月は食い気に負けていた。色々と。


「や、サツキも馴染みすぎでしょう!? いつまでフォルナートもサツキを抱いてるのさ」

「レオ、お前動揺しすぎじゃね? お嬢さんも随分図太そうだけどよ」

「っ!」


 慌てた声のレオが近寄ったからか、レオの隣にいたマッチョも皐月に近づいた。レオの様子が少しばかりおかしいのだから、彼のそんな行動は自明の理なのかもしれないが、皐月には恐怖しか抱かせない。

 無意識にフォルナートに抱きついた。恥も外聞もなかった。


「お嬢さん? どーしたんだ?」

「ひゃっ! ちょ、や、です! 来ないでください!」


 ペチンという軽い音。皐月の手のひらは初対面のマッチョの顔にクリーンヒットした。ああ、やってしまった。というか触ってしまった、と後悔しても今更だ。

 皐月はぎゅうっとフォルナートの胸に顔を寄せてできる限りマッチョから離れられるようにした。焼け石に水であるとは理解していたが。

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