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第十三話

 音がする。逸るような呼吸音と軋む何かの音。頭の隅でそれが何であるかを浮かべながら、そっと目を開く。大した異変ではなかった。

 朝のどこか冷えた空気から昼当たりの暖かさに変わっているのか。ぼんやりとそれを感じながら緩く伸びをする。元々四半刻も寝るつもりはなかったが、どうやら寝過ごしてしまったらしいことを肌で知る。が、凝るように残っていた疲れが僅かなりとも抜けている。仮眠ではあったが思いの外深く寝ていたのか、それとも眠りの質が良かったのか。ああ、背に触れる柔らかなクッションのお陰なのかもしれないな。

 自分にこの席を譲るため、手を引いて席を移動させ、その上早口気味に言葉を重ねた皐月を思い出して小さく笑う。朝の様子と違う姿が面白く思えた。


 今朝、皐月はレオが起こすよりも先に目覚めた。

 ぼんやりとしたまま天井を見て、室内を見て、そして自分に気づいて目を見開いたことを覚えている。驚いたことを気づかれないように取り繕う顔が可愛らしかった。寝ている姿もそうだけれど、起きている時も目が離せない生まれたての小動物のようで和む。見ていて飽きないとは皐月のためにある言葉かもしれない──と浮かんで思い出す。

 自分の目の前にはもう一人、見ていてというか、からかって飽きない人物がいる、ということを。アルバロへとその視線を向けようとしたその時、レオは輿の動きが止まったことを理解した。

 一度目の休憩だろう、と当たりをつけながら床に落ちかけた本に手を伸ばし、それを支え告げる。


「さて、起こした方がいいのかな?」


 と。対面する席には、アルバロの肩にすっかり寄りかかったまま眠っている皐月と、そんな彼女に困惑しきりのアルバロがいる。正直面白くて堪らないのでこのまま放置するのもいい気がする。が、優しさから問うてみた。微笑ましい、と生温い笑みが漏れるのは無意識の所為だろう。多分。


「お、起こせ、よ。つーか早くこいつをどけろってーの!」

「うー…ううさい……」


 声を荒らげたアルバロを責めるためか、その腕を握った上、肩口にグリグリと額を押しつけ呟く。滑舌は悪いが内容は伝わる。確かにこんな時のアルバロは煩い。というかアルバロの肩は肉が薄い所為で骨張って痛いと思うのだが、平気なのだろうか。なんて思いながら口を開く。もちろん笑みながら。仕返しのため、ではないはずだ。


「寝ぼけてるねえ。うん、アルバロお昼諦める?」

「あ、諦めるわけねえだろーが! 俺は腹が減った!」

「うー…」

「っと、サツキが落ちるだろう? それからもう少し静かに」


 アルバロはもう抑えることを諦めた──というか放棄したのか、腕を振りながら立ち上がった。もちろん皐月を道連れに勢いよくだ。

 床に落とす気なのか、とアルバロを見つめながら皐月を抱える。が、眠りが深いからなのか目はまだ開らいていない。椅子から落ちかけたのにも関わらず。きっと大らかなのだろう、なんて思いながら皐月を抱え上げる。

 小さい、が柔らかい体。心許ない抱き心地なのは腕に力を入れていないから、だろう。強く抱いたら色々不味い気がしたのだ。真っ新ではない故に。


「とりあえず皐月はこっちに寝かせておくから、アルバロはフォルナートのところに行ってきて」


 言いながら皐月をつい今さっきまで自分が腰掛けていた場所へと降ろす。二人が腰掛けて少し余る程度のそこに丸まった皐月はぴったりと収まった。


「──飯、もらってくりゃいんだろ」

「そういうこと。よろしく」

「うにゅ……」


 返事もせずに輿を降りるアルバロの代わりにか、皐月が何事か呟くのを聞いてまた笑う。本当に子供のようだ。今だってクッションに気づいて抱きしめながら頬擦りしている。なんだろう本当にこの子は成人しているのだろうか、なんて疑問まで浮かんでしまう。


 和みながら空いた椅子に腰掛ける。窓から見える外では、神殿から頂いた食事の支度をしているようだった。ジョルジェットが仕切っているのだからきっと上手く調理しているだろう。

 同時に周囲を見渡すも、特になにも異変はない。拓けたところのない街道脇にある、なんの変哲もない広場。荷を置いて一休みするには十分な広さと木陰のある場所だ。

 道中も異変などなかったことはわかっているが、まずは一安心だろう、と息を吐く。まだ王都から風による干渉も、それ以外の手も来てはいないようだ、と。


 貸し渡された輿は風精霊の力が必要なもので、一番それが得意なアルバロではなく、隊の長としてレオがかけた。力をかけた者には、輿に危機が迫ればすぐに察知できるからだ。だから危険を伴うかもしれない行程中に仮眠を取れたわけなのだが、それは外の危険についてだけ。

 まさかアルバロと皐月とがあんな状態になっているなんて気づかない。だから別に僕が悪いわけじゃないはず。なんてアルバロが見せた恨みがましい目をなかったことにしてみる。


 お言葉に甘えてと告げ、目を閉じた後聞くともなしに聞こえてきた言葉たち。そのお陰か状況把握はできているが、まさか上位どころか特殊までも無詠唱で使えるとは思わなかった。皐月は落ちものだとしても、これまでの者たちとは違うのだろうか。よく笑い、よく怒り、よく食べて、よく眠る。本当に子供に対する表現が似合う皐月は、これまで古書に記されていた落ちもとたちとは違いすぎる。


 何故皐月は一度だけ帰れるのか聞いたきりでいられるのだろうか。

 何故泣かないのだろうか。レオにはわからなかった。

 今までの彼らは何度も何度も、気が狂うのではないかと筆者が不安になるくらいに元の界に戻ることを切望したと記されていた。泣いて泣いて、涙が枯れぬほど泣いて、食事だって満足に摂らず、眠ることも話すことも、ましてや笑うことなどなかったともあった。

 人としての大半を成せないまま、命を落とすことすらあるはずの落ちものがどうしてこんなにも健やかなのだろうか。


 うにうにとクッションを揉む皐月を見つめ思う。皐月をこのままの状態でいさせて構わないのか、と。


 もちろんこれから先も守れる間は守るつもりもある。王から隠すことも決めたのだ。なにを置いても皐月を守るだろう。けれどその身を守るだけでいいのか。

 泣かなくとも、悲しんでいる素振りを見せていなくとも、その心が傷ついていないわけはない。むしろ外にその痛みを見せないことが悲しみが、傷が深いのではないかと思わせる。癒すために彼女を泣かせた方がいいのではないか──とは浮かぶが、皐月が泣く姿は見たくないとも思う。


「サツキは本当に統べる者(イントゥルーラ)、なのかな……」


 統べる者は神代の物語の中にある特別な存在。古い古書のどれにも記されていた言葉でもある。読んで字の如く、全てを統べるためにある、女神の代行者。人の願いを叶え、そして世界を導く者。統べる者が現れることにより、世界は初まりに戻るのだとも記されていた。

 そんな統べる者の条件は全てを従えし者であること。そして女神と同じものであること。見解は様々だが、精霊の御技を使え、そして幻獣を持ちえる女性──それもきっと『落ちもの』なのだろうと言われてもいる。

 だからこそ王は落ちものを認めないのだ。王は、統べる者を全てを無に帰す者と捉えている。自らの地位を追いやられる──そんな不安から神話に踊らされているのだろう。レオにはその心の内まではわからないが、王を愚かだと思ってしまう。女神の代行者に逆らったところでなんの利があるのか。むしろ得など何もなく断罪されるだけと、どうして気づかないのか。

 王は王なだけで神ではないと何故認められないのか。そして何故、そこまで統べる者の存在を信じることができるのか。


 アルバロから統べる者の存在を聞いた時、レオは半信半疑だった。むしろ八割以上信じていなかった。そんな奇跡のような存在が、神話の中だけでなく実在するとは思えなかったのだ。だからアルバロとは別にその存在について調べた。古語については知識がないわけではない。時間はかかったが、アルバロが発見した古書とは違う本からその委細を知ることはできた。けれどレオはそのことをアルバロに伝えなかった。ただ彼が目を輝かせ、切望していることに気づいたから、だから何も口にしなかった。


 レオはアルバロの望みを知っている。アルバロがレオの望みを知っているように、彼のその望みを知っている。


 全ての者が平等に平穏を感じられる世界になればいい、という一見すると世界の平定を願っているかのようなアルバロの望み。けれどそれは違う。全てが全てでも、彼は身分というものを認めていないのだ。

 故にアルバロは貴族を認ない。同じように貴族の願いも他の人と同じだと認めない。貴族的な栄誉が欲しいだとか、富が欲しいだとか、力が欲しいだとかの願いは俗物だと。そんな願いでは世界は救われないのだと言う。ただ、貴族としてではなく、一人の人として愛が欲しいというのならそれを、金が欲しいというのならばそれは許容する。『だからお前の願いが叶うといいと思う』そうアルバロが言ったことを覚えている。

 アルバロに認められたレオの願い。きっと個人の問題と言って触りない願いであったからだろう。偽りなく願うことだけれど、アルバロに肯定されたことは少しばかり心の余裕を持たせてくれた。間違いではないのだという自信になったのだ。

 けれど思う。アルバロは多分歪なのだろう。王や自分と同じように、と。


 ひどく歪で、けれど素直で純粋なアルバロの願い。

 どこかに行くことも、何をするのも自由で、どこに行っても必ず暖かな寝床があり、食事がある──そんな夢のような世界をアルバロは望んでいる。そんな世になることを望んでいる。

 世界の平定を望む方がよほどわかりやすい。時の権力者が願えば、それはさしたる手間なく叶う。けれどそれはその者にとって都合のいい世なだけで、万人にとっての幸いではない。だからアルバロは貴族と同様に王制も認めたくないのだ。

 戴く王もなく、誰に虐げられることもなく、飢えることもなく自由な世界。あるはずもないそんな世界を夢見ることほど辛いことはない、とレオは思う。今、自分たちが不本意ながらも戴く王の治世が続くなら、そんな未来がくるはずもない。あの王を王座から引き落とすことも難しい。退いて後継が継いだとしてもそれはあの王の傀儡でしかない。それをレオも、アルバロも痛いほど知っている。だからきっとアルバロは夢を見るのだろう。

 現実を見て、現実に囚われている自分とは違って。

 ゆるりと俯きながらレオは唇を噛む。もう、何も失えないのだから、失わぬように動くしかないのだ。諦めることが何よりも楽だと知っていても、もう君を見つけてしまったから。


「ごめんよ、サツキ……」


 跪き、そっと皐月の手を取り祈るように額につける。初まりの存在が女神の祝福を受けたその時のように、勝手に彼女の祝福を得ようとしている自分。王と同じで、自分の欲しいものを我慢することができない自分が嫌で堪らない。


「──なにやってんだよ、レオ」

「あ、ああ……別に何も」

「なにもなくて手を握んのか? つーかこいつまだ起こしてねえのかよ」

「そう、だね。食事もあるし、もう起こさないと」


 幾つかの堅焼きパンと干し肉と野菜の入ったスープ。二人分のそれを持つアルバロがいて、その後ろにはエリオットもいた。彼の手にも食事として用意したのであろう果物もある。きっと皐月になのだろうと、可愛らしくカットされたメロもある。


「エリオットとアルバロはサツキを起こして食事をしていてくれるかな。僕は少し外でフォルナートと話してくるから」

「それは構わないが……顔色が悪いぞ。大丈夫なのか、レオ」

「大丈夫。仮眠もとったしね。じゃあ、よろしく」


 エリオットと皐月を近づけすぎるのは危険かもしれないが、今の自分の状態でそばにいることもできない。レオはまだ、エリオットに己の抱く願いを知られるわけにはいかないのだ。じっとこちらを窺うように見るアルバロの視線を感じてはいたが、レオはそれをないものとして外に出た。


 輿の中とは違う陽の当たる場所。もう食事は終わったのか、煮炊きの後を片付け始めている二人がいる。一人分の食事が取り置かれているのはレオの分なのか、エリオットの分なのか。食欲がある、とは言えない心持ちのまま、二人の元へとレオは向かう。


「おや、あなたがこちらで食べるのですか?」

「ああ、うん。輿に乗ったままだと具合が悪いからね。で、ここまでで何か異変はあったかな」

「いいえ。何も問題はありませんでしたよ」

「そうだな。道中サツキが外を見て眉を顰めていたくらいだ」

「サツキが? 何かあったのかな……」

「さあ? 私はその姿を見ていませんのでなんとも言えませんね」


 パンをちぎり、スープに浸して食べ始めればフォルナートは冷えた茶をカップに注いで差し出す。根っからの従者気質が出ているのだろう。食事時に給仕フォルナートの右に出る者はいないかもしれない。


「彼女の行動は別として、別段精霊の気配が濃い場所も、薄い場所もなく気づかれてはいないのだと思われます。それで、どうなのですか? 彼女はただの落ちものではないのですか?」

「──アルバロから何か聞いたのかい?」

「今朝これを渡された。俺とフォルナートにと」


 手のひらに収まるほどの小さな古書。アルバロが統べる者のことを知った初まりの書でもある。

 時が経ち黄ばんだ紙に霞むこともなく書かれた文字。古語であるそれを読み解くのは二等以上の書記官としての初歩業務の一つだ。無論書記官は古文書館の館員とは違い、全ての文字を読み解くことはできないがレオもアルバロも、そしてジョルジェットもフォルナートも読める。皆、二等以上の書記官であるのだから。


 手にしたパンを置き、受け取ったそれを開く。その昔開いた時のままの書面。『これからのことを記そうと思う』という序文から始まる内容は日記なのだろう。ではそれが誰の日記なのかと言えば、過去──それも五代どころか十代は前の王の頃の落ちものの物だった。

 通常王の在位は大体百年ほど。多少の長短差はあれど平均すればその長さで間違いないだろう。つまり十代前はこの国の起こりと同じ頃のこと。

 レアーレが国として成り立ち始めた頃、二人の落ちものが現れた。男と女。この古書は、人称からそのうちの男の日記なのだろうと知れる。これによれば男女二人は恋人同士であったそうだ。

 二人は界を越え、落ちものとしてこの界に根づいた。

 男は神殿の中枢に、女は時の王の花嫁として。二人はこの界に慣れる間にその心を離し、その道が分かたれたのだともあった。それも不幸な事故や、誰かの手が加わったのではなく、ただの心変わりで。故に男は女のそばを離れ、男のみしかいない神殿に篭ることにした。

 これは神殿に奥深くにある仕置き部屋の壁の中から出てきた古書で、発見したのは幼い頃のアルバロ。ちょっとした悪戯の対価にアルバロは途轍もない宝を手に入れたのだと言える。この存在は王家の者にも、神殿の高位神官にも知られていないだろう。内容の危険さから、レオには隠すことしか選べなかった。


「二人はこれを読んだのかい?」

「ええ。読みましたが……これは世に広めるべきものではないのですか?」

「広まれば変わるだろう。全てが」

「そうだよ。変わってしまうんだ……だけど王はそれを認めないだろうね。王もきっとこれと同じ内容は知っているだろうけれど、それが世に伝わっていないだろう? だからこれを僕らが知ったことを知れば、僕らの命は呆気なくなくなるだろうね」

「消される、ということですか……ふむ。ではエリオットに見せなかったのは正解ですね。アルバロにしてはいい選択です」


 フォルナートもジョルジェットも顔色一つ変えぬまま。むしろフォルナートはエリオットがこれを読まなかったことに対して喜んですら見えた。けれどそれは希望にはならないのだとも言えなかった。

 隊の大半、一人を除いて知っている状態で、彼だけが逃れられる保証はない。王はエリオットに対し、なんの感情も抱いていないから今、見逃されているだけなのだ。それに重ねて不信感が芽生えれば諸共に消されてしまうだろう。それに気づかない──否、その可能性がないものだと考えるフォルナートは王を正しく理解していないのだろう。レオは口を噤んだまま、手にした古書に目を戻す。男の慟哭すら感じる荒れた文字。その心に芽生えた嵐は如何程のものだったのか。


 落ちものだった男も女も、精霊の御技を使えた。そして男は神力を、女は幻獣を扱えた。この界に住まう誰よりも強く、そして思いのままに奮うことができた。特に女はそれが顕著だった。思うだけで炎を生み、水を生み、風を生む。王からすれば脅威としか言えなかっただろう。男も、女もそれが不幸の始まりだとは気づかなかった。


「それで、サツキはどちらなんだ」


 ジョルジェットの言葉にレオは視線を上げる。平素と同じ感情の薄い顔。けれどその目は読み進め知ったそのことで芽生えただろう不安が見えた。


 ジョルジェットが抱いた不安の元は、花嫁となった女の行く末だろう。

 女は王が望む時にだけその力を奮った。が、王は己を愛するが故に力を振るう女を恐れ、城の奥深くに閉じ込め、そして子を産ませ続けた。幾人も、幾人も、自分の子を、家臣の子を。これはレオや皆が皐月に起こりうる未来として語ったこと。可能性であると思っていただろうそれが、過去起きていたことを知って動揺しているのであろう。ジョルジェットはレアーレが故国とも言える彼の国よりも清廉な国だと思っていたようだから。

 けれどそれは違うのだ。レオはジョルジェットから古書へと視線を戻し、そして開いたその頁を彼の目に見えるように広げた。


「ジェットはどちらだと思う? サツキならどちらになれると思う?」


 問いながら、何度も読み込んで覚えたその内容を思い返す。

 落ちものの初まりの女が生む子は全て女児で、生まれながらに幻獣を従えていたこと。そして皆、王の言葉に従順になるよう育てられたこと。花嫁はただ子供を産み落とす道具となり、母であるとも妻であるとも伝えられることはなくなったこと。

 そして全てを男が知ったのは、一人の女児が生まれた時だということ。


 全ての精霊の御技を使え、神力をも扱い、幻獣の頂点である聖獣をも従えた存在。蔑ろにされ、心壊れた女の願いを受けた女神の代行者として、その女児は生を受けたのだろうと男は予想していた。それが正解かなどわからない。けれど正解だと思うしかないことが起きたのだ。

 女神の意に沿っていれば、在位を降りるその時まで死が訪れぬはずの王が斃れた。老いているわけでも、病であったわけでも、まして戦が起こっていたわけでもない時に。女神の声が届かなくなって久しかった国では予兆も何もなかった。常と違うと言えたのは、その女児が生まれたことだけ。

 女児はまだなんの力も示してなどいなかったにも関わらず、終わりの存在として己を男に意識させたのだ。


「始まりでしたら最悪ですけれど、終わりだとしても、こちらについて頂けなければ同じでしょう。ようは彼女の心がこちらに残らなければ、どちらの存在だったとしても同じこと」

「確かにそうだが……サツキにはどちらも難しいのではないか?」

「そう、だね。まだサツキには、落ちものという以外は精霊の御技を使えるだけしか共通項がないのだからね。だからこそ、僕はサツキに幻獣を使役して欲しくないんだ」

「終わりにならないで欲しいと? 今のままで良いわけがないと知りながら、それを壊す切っ掛けを知りながら何もしないというのですか? それでは意味がないでしょう? 今が好機なのです、あの王を弑するための」


 拳すら握り、告げる言葉は物騒で、昼日中に口にするものではないだろう。けれどフォルナートはそれすらも意に介さないまま、レオを見据える。己の願いだけを見ているその目は嫌いではないけれど、認めることはできなかった。


「終わりにしたくないというのならば、彼女を始まりにしたいのですか? 彼女に幾人もの男との間に子を孕ませること、それをあなたは認めたくないと思っているのでしょう? 彼女の心を守りたいと思っているのでしょう? ならば彼女を始まりではなく終わりに似た存在にすればいい──あなたが彼女を繋ぎ止めればよろしいでしょう?」


 王が斃れ、国が乱れ、女児は力を示した。その力は何者にも持ち得ない女神の力と同義で、女児は誰憚ることなく王となった。王の子であるかどうかすら定かではない生まれであっても、誰にも敵うことのない力を持つというだけで、年端もいかぬ子供が王になったのだ。

 それから国は富んだ。豊かになった。身分の上下にこだわりを持たぬように男が女児を教育したからだろうか、富める者も貧しい者も皆分かち合うことを知っていた。アルバロが願う国の形はここから来ているのだろう。レオはそんな夢物語を作ることなどもうできないと思っている。それなのに──


「随分と簡単に言うね、フォルナート。それで彼女が心変わりしたら、始まりの女性になるということかい? そして僕に過去の王と同じになれというのかな? 酷い侮辱だね、それは」


 女児の血筋は、今はもう現王の血となんら関係ないものとなっているが、続いてはいる。神殿の者にだけ神祖と呼ばれ、尊ばれる家系。それがアガッツァーリ家、レオの生家だった。世が世なら、レオは王太子として尊ばれ、もて囃されていたかもしれない。が、現状はレオ以外にアガッツァーリの血は残っていない。レオが上位を三つ手に入れたことに恐れを抱き、王がレオ以外を粛清したのだ。大した理由などつけぬまま。

 アガッツァーリは特別な家系だったが故に、外に血を流出させることがなかった。否、ある一定の基準までしか子を産むことを許されていなかった。女児が産まれても、そのものが産むのは一人まで。第一子が男児だった場合は第二子以降も許されたが、女児が産まれればやはりそれ以降の子は許されなかった。王家からの命で。アガッツァーリの女児を一定数以上世に残したくなかったが故の悪足掻きだったのだろう。

 けれどそうして制約がありながらもレオは幸福な生活を送っていたのだ。父がいて、母がいて、生まれるはずだった妹か弟がいて、可愛がってくれる祖父母もいた。けれどその自分に繋がる全ての血を消されたのだ。今、王都で落ちものの情報を待っているであろうあの王に。


 あの王と同じ存在にだけはなりたくない。王と同列に扱われることだけは、レオにとって何をおいても許せないことだった。

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