第十二話
小さな石を想像すんだよ──それがアルバロの教えてくれたことだった。
正直なんのことだかわからない。何を石として想像するのかも、その後どうするのかも教えてくれなかった。それ以上皐月には聞けなかった。
アルバロは『俺いい仕事した』って雰囲気を出して、またチョコレートバーを食べ出したのだ。しかも顔が見えなくなるくらいに大きな本まで読み出した。話しかけるな、ということなのだろう。
「うー…」
唸りながら背を伸ばす。
後頭部にコツンと当たる木の硬さと、背中に感じるふかりと柔らかなクッション。座り心地は悪くない。木製のベンチに直に座って行くことになるのだろうと予測していたけれど、皐月にだけ用意されていたそれは後々を考えて、というよりも特別扱いなのかもしれない。
なにせこの輿は全く振動を感じない。どうやら少し浮いた状態で進むらしいのだが、走っている姿を見たわけではない。でもファンタジーだ、とは思う。
というわけで予想よりもかなり快適に王都に向かっている最中だけれど、皐月は外の景色を見るよりもアルバロの言った言葉の方を考えてしまっている。ある意味観光と言っていいこの状態であるのに勿体無いことをしている気がするが、それ自体にも気づいていない。
昨日一つしか食べられなかったクッキーを無意識に口へと運びながら悩む。石ってなに、と。
「サツキ、大丈夫かい? その、あまり悩まなくても大丈夫だと思うよ? 荷なら隠し通せないこともないのだし」
「でも……正直アルバロに使えて自分が使えないってのが悔しいんです。だからもうちょっと頑張りたいんです」
「おっ前本当に無礼だな! 俺は王都一の頭脳を誇ってるから使えるんだよ!」
「あー…でもサツキは聖典を全て開いたのだから使えないことはないと思うよ? アルバロだってあの特殊は聖典を開いてからできるようになれたんだろう?」
「そうだけどよー…」
「サツキはさ、精霊の御技を全て使えるわけだろう? 知られているものも、そうでないものも。だからあまり悩まずにしてみたらいいのじゃないかな? で、アルバロ。あの特殊は風の上位の派生、だったよね。何に祈るのか教えてあげるくらいはいいだろう?」
レオの問いかけに渋々、そうチョコレートバーを苦虫を噛み潰すみたいに眉を顰めながら口にしてアルバロは言った。たった一言だけ。
「スパッツィオ」
「へえ、あれって空間だったんだ。不思議だったんだよね、いっつも」
スパッツィオっというものがなんなのか。皐月にはわからなかったが、幾度か頷いているレオにはわかったようだ。というか時たま出てくるそんな言葉たちはどうしてそのまま聞こえるのだろうか。他はしっかり日本語なのに。そんな疑問を抱きつつ、皐月はレオへと問うてみる。
「あのー…なにがですか?」
「ああ、アルバロってね。何もないところからいつも本を出すんだよね。今だってほら、読んでるだろう? アルバロの荷はいつも軽いから重い本なんて一冊も入れてないのにどこからかあんなに大きな本を出すんだよね」
「──ね、アルバロ。体力ないから荷物軽くしてるの?」
「うっせえ! んなわけあるか! いつでも好きな時に読みてえから持ち歩いてるだけだっつーの! それに俺だってなあ、重い荷物くれえ持てんだよ!」
「あ、うん。そうだね。四半刻も保たないけどね」
「あー…うん。そんな気はする」
こくりと頷きながらアルバロを見る。
顔を真っ赤にして怒っている姿はやっぱり二十八には見えない。いいとこ中学生か高校生くらい。でも怒りっぽくて子供っぽいし、肌もモチモチツルツルだし、反抗期の子供な印象だろうか。なんてことを考える皐月は、森を歩いていた時からアルバロの荷物がクタクタ状態で中身が少なかったことを思い出す。
皐月はトートバックしか持って歩いていなかったけれど、それでも少し重いと感じていた。それが小さく軽くなるのならやっぱり覚えたい。そのスパッツィオ、という精霊の術を。でもどうすれば荷物を小さくできるのか。石ってやっぱりなんですか。疑問しか皐月の中にはない。
わからないならやることは一つ。皐月はもう一度アルバロに聞いてみることにした。
「ね、アルバロ。石ってことは荷物を小さく固めるとか圧縮するってこと? でも圧縮したら元に戻すの大変だよね? それってどうしてるの?」
「あしゅくってのがなんなのかしんねえけど、別に難しいことなんざねえよ。石に入れると思やあこうなるんだから」
ホラと差し出す手のひらにはコロンとした丸い石。透明な薄緑のそれは翡翠にも似て見えた。けれど細工一つしていないただの石。形と色はとても綺麗だけれどそれが特別な何かには思えない。
首を傾げて見ていても綺麗な石という感想以外は浮かばない。
「こんな感じの石を媒介にして、空間を作ってそこに荷を詰め込むだけ。五代前の落ちものの時代の古文書に一行だけあった術で、そこにだって詳しい説明なんざなかったんだ。説明のしようもねえっての」
「古文書……」
「へえ。古文書には空間とあることは知ってたけれど、そんな記述は知らなかったな。で、そこになんて書いてあったんだい?」
「あー? 『空間を用い拳大の石一つに対し荷車六つ分収めることに成功した』だよ」
「え? そ、それだけしかなかったの?」
「まあ、その前に『大量の荷を持ち運びやすくするための術式』てのを研究してる人物がいる、なんてことが書いてあったけどな。けど載ってたのはその実験を見た感想だけで、これ以上のことなんざ書いてなかった」
だからそれ以上は俺が自分で考えたのだ。なんてやっぱりまた胸を張っているアルバロは確かにすごいのだとは思う。それだけのヒントから正解だろうものを導き出した、ということは。でもやっぱりチョコレートはついたままだし、子供にしか見えない。
皐月は小さく息を吐きながらトートを漁る。入っているのは財布に携帯に化粧ポーチに手帳が一つ。空だったはずのペットボトルは満タンではないが増えている。多分ここに来た時と同じ量に戻っているのだろう。それを視界の端に映しながら、取り出したのは使いかけのウエットティッシュ。大判のこれなら一枚で多分全部落とせるだろう。
「アルバロ、ちょっとこっち向いて」
皐月は手を伸ばして自分の前に座るアルバロの口元を拭った。完全に子供──否、幼児扱いであることは否定しない。
「なっ! ばっ!」
「ああ、ホラ。動いたら上手く拭けないでしょ? うーごーかーなーい!」
「うっ……ぐっ」
頬に手を当てる──というよりも半ば掴んでみる。アルバロが動く所為で落としにくくての結果だ。ちょっとばかりグイグイ拭いたが、それで一応落ちた。うむ、ツルツルモチモチの肌がピカピカにもなったね。なんて浮かべながら手を離し、一言。
「──アルバロって時たま言葉が不自由になるよね」
「あー…別にアルバロが突発事項に弱いわけじゃないんだよ? ただちょっと免疫が薄いから」
「ああ、それはわかります。……レオさんはすっごくそいういうの得意そうですよね」
アルバロの擁護をレオがするのだが、それはなんとも言えない言葉。
皐月は眉間にシワを寄せて自分を睨むアルバロと、その隣に座るレオを見てちょこっと笑いながら言ってみた。自分は慣れてるってことですよね、という意味を込めて。アルバロの赤くなった顔はちょっとどころではなく面白い、とも思いながらでもあったが。
「なんていうかこう────女泣かせ? な感じがします」
「え? なんで? 僕そんなことしないよ?」
「はっ。いい読みだ。こいつは結構影で色々やってるからな」
「ちょ、アルバロまでなに言ってるの! 女性に近づくことなんて滅多にないんだからそんなことしてるわけないだろう!」
滅多にないけど全くないというわけではないのだろう。なんてことを思いながらレオを見る。
隣のアルバロに詰め寄るようにしているレオは、面白いくらいに慌てているのだと知れる。色気満載だと感じていた印象が薄らぐくらい。
そんな姿を見ると普通の人なのかもしれないと感じはする。普通とは言い難いくらい美形だけれど、顔を見なければ結構仲良くなれるかもしれないとも。声とか雰囲気とかも色気満載だけど、きっとなんとかなる気がした。
とりあえず苦手な人ランキングに名を連ねそうになっていたレオだけれど譲歩しよう。ていうか、これから先多分絶対ものすごく迷惑をかけることになるのだから苦手とか言ってられないはずだし。という途轍もない自分本位な考えたから声をかけることにした。
「あー…ごめんなさい、嘘です。大丈夫ですよ、レオさんは優しいですしそんなことないですよね」
「優しいけどそれだけじゃねえだろ? レオだし」
「だからアルバロ! もう君は黙って!」
どうやら皐月の言葉よりもアルバロが口にするものの方が彼にダメージを与えているようだ。ふむ。別にフォローはいらなかったかも。なんてことも思う。断じて言うが皐月はレオが嫌いなわけではない。
「ああもう……ひどい誤解だ」
ひとしきりアルバロと口論にもならないやりとりをして、レオは項垂れた。ちょっと可哀想になるくらい。サラリと流れる髪が色男さよりも女性らしく見えるけれど、なんてことを浮かべながら小さく笑う。
やっぱりレオは色気満載なのは夜と早朝だけなのだろう。真昼の今は少しもそんな気配がしない。ランキングから除外で平気そう。それでどうして自分がホッとしているのかわからなかったけれどそこは忘れることにした。大した問題ではないだろうし、と。
「えと、レオさん? さっきも言ってた、す……すぱっ、つぃお? ってなんですか?」
湯を沸かすだとか明かりをつけるだとかよりもよっぽどファンタジーだと思う術。それを使えるかもしれない手掛かりが早く欲しかった。なのでそれを正面に座るレオに問うたのだが、スパッツィオが片言になった気がしないでもない。が、そこはそれ。耳に届くのが多少舌足らずになっていようと通じるのならいいのだ、と開き直る。ちょっと舌を噛みそうになったのは無論秘密である。
「え? あ、ああ。それは」
「風の上級派生、空間のことだ」
「ちょ、アルバロ! なんで先に言っちゃうかな」
「あー? 今王都で持ってんの俺だけなんだから俺が説明した方が二度手間にならねえだろうが。つーかお前情けねえ顔してるぞ?」
「情けないって……」
アルバロとレオは本当に仲がいいのだな。ちょっと生温かい目で見てしまうのは子供がじゃれあっているようにしか見えない所為だろう。けれど再び、今度は顔を押さえたまま項垂れたレオは、どこか反応がおかしい。やっぱり疲れているからなのか。
話し方はゆったりとしたものから戻ってはいたけれど、目の下のクマは健在。多少眠気が遠退いていたとしても睡眠不足なのは変わらないはず。簡単な解決方法をとればいいのだ、と皐月はアルバロの言葉を補填するために口を開いた。
「や、情けないっていうより寝不足の顔ですよ? レオさん輿で仮眠するって言ってましたし……私アルバロの隣で話を聞いてますから、こっち側で寝ててください。あ、ちゃんと静かに話聞きますから、そこは多分大丈夫ですから!」
揺れない輿であるお陰か、中で動いたところで走行に支障はきたさないらしい。勢いよく立ち上がったところでやっぱり揺れもしない輿の中、皐月はレオの手を引いた。
「え、わ、ちょ? サツキ? なんで……」
「一晩中寝てなかったんですよね? だから眠った方がいいですよ、絶対。そっち側に一人だったらアルバロの隣で眠るよりも広いから少しは寝やすいと思うんです! クッションもあるし、寝にくくはないですよね? というわけでそこで寝てください」
「や、僕は護衛だから……」
「寝てねえお前は普段の半分以下だろうが。正確さが落ちる護衛なんざ失格だ。作業効率を考えんなら今寝ておけよ。なんなら俺がここで結界張ってやらないこともねえし」
「……結界はいいよ。外に三人がいるし……むしろ結界なんて張ったらフォルナートがあとで煩いと思うよ」
アルバロの援護射撃があったからか、苦笑したレオは「お言葉に甘えることにするよ」と目を閉じた。少し渋々な様子ではあったけれど、クッションの位置を変えていた姿を見たからか、安心もできた。よく眠ってくれたなら自分の所為で夜明かしさせてしまった罪悪感も薄れるというもの。
皐月は眠れる輿の美男から目を逸らしてアルバロを見る。もちろん彼の隣に座るため、なのだがアルバロはちょっと嫌そうにしている。このまま彼の膝に座ったらアルバロが面白いだろうけれど彼が騒ぐのは必至。レオの安眠妨害になるし、イタズラはやめておこう。皐月は素直に隣に腰掛けることにした。内心で膝の上よりいいでしょう、と言いながら。
「で、アルバロ。すぱつぃおってなに?」
「はあ──スパッツィオだ。いいか、空間てのはある特定の何かを作り出せる力。望めば点と点を線で繋ぐこともできるし、別の場所を確保することもできる──と言われてる。これでわかるか?」
「んー…多分?」
「お前やっぱり馬鹿だろう」
「馬鹿かもしれない、のでもう少し詳しく教えてください。これ一個……ううん、残り全部あげるから!」
機嫌良く、そしてなるべくわかりやすく教えてくださいとお願いするためにクッキーを進呈してみた。ちなみにまた皐月は一つしか食べていない。うう、でもいいんだ。きっとまたトートに仕舞っておけば元に戻るはずだから、と。これは少し──いや、かなり嬉しいことである。
渋々である、と態度に表しながらもアルバロはしっかりとクッキーを手にした。もちろん箱ごと。分けてくれる気はなさそうである。いそいそと袋を開けながら、一言。
「部屋を作るんだよ」
「部屋? 作るって……石の中に?」
「そ。空間は読んで字のそのまま。空間を作るための術なんだって考えたんだよ。したら石ん中に部屋を作って仕舞い込んだと考えりゃいいだろ?」
「すぱつぃおって空間て意味なんだ……」
そこをもっと早く教えてくれていたらすぐわかったような気がする。が、それを今言っても仕方ない。とりあえずもっと情報を得なければ、と重ねて問う。
「ね、アルバロ。媒介にする石ってどんな大きさでも平気なの?」
「あー…そこまでの実験はしてねえけど、俺のこれで部屋一つ分の本が全て入ってる」
「あー…えと、部屋一つ分で何冊くらい?」
「この本と同じくらいのもんが……あー…千くらい、か? や、もっとあったか?」
それ多すぎませんか。と言いたかったが言えない。千という数は大量かもしれないが、皐月の友人にはもっと勇者がいたからでもあるし、驚いたから、と言うのもある。もちろん所有している本の数は上には上がいるだろうが。
それを考えたとしても、アルバロの持っている本はその友人が持っていた薄い本の三倍程度の大きさがある。しかも厚みは三倍では利かない。冊数では負けているが、本のサイズではアルバロの圧勝。
百科事典くらいの大きさの本が千冊越えなんて、アルバロは本当に王都一の頭脳なのかもしれない。ちょっとだけ見る目が変わりそうだ。
「その石の中で千入るなら……これならどうかな」
自分の耳を示しながら問うてみる。入社一年目の微々たるボーナスで買ったピアス。ちなみにボーナスの八割は使った。もちろんついている石は本物。スタッドタイプだから石自体は全く大きくはないけれど、誕生石のついたコレはお気に入りの品である。
「これって……その耳飾りか?」
「そう。ちなみにさ、アルバロの石ってなにか特別な石だったりする?」
「一応宝石の一種。クズ石でした実験で一発目で上手く行って、それ以降してねえからなんとも言えねえけど、多分石の質が良きゃもっと入んじゃねの」
「ふうん……」
確かめるように耳に触れる。皐月の誕生日は四月某日である。そして誕生石はダイヤモンド。これは一応名のあるブランドで購入した物で、鑑定書もついていた。本物ではあるけれど、質がどこまでいいかはわからない。いいとは思いたいが、この界とは基準が違うだろう。
少しだけ悩みながらするりと石を撫でる。ぼんやり持っている荷物が全部これに入ったらいいのに、と思いながら。
瞬間目の前が緑色に染まる。
「は? ちょ、おま!」
「ちょ、アルバロ静かに!」
皐月だってびっくりしたけれど堪えたのにアルバロが大きな声を出した。確かにいきなり薄緑のホワホワした光が溢れたらびっくりはするけれど、レオが寝ているのだから静かにするべきだ、と皐月は思う。
嗜めるように言いながら彼の口を押さえる。とっさのその行動に口を噤んではくれたけれど、目は雄弁に皐月を責めている。あ、これ拗ねてるのかもしれない。とは思ったけれど、今は何も渡せない。なにせ荷物は全て、そう、アルバロが食べていたクッキーすら石の中に入ってしまっているようなのだから。
「えーと……成功しちゃった?」
「──クッキー返せ。そしたら忘れてやるから今すぐ返せ」
「あーうん。で、これどうやって取り出すの?」
仕舞い方もよくわかっていないのに取り出せるわけはない。呆れた顔をするアルバロに苦笑いを返すことしか皐月にはできないのだった。
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高く青く澄んだ空に浮かぶ白い雲。見渡す限りは萌える緑の絨毯で、そこにポツポツと白や黒、茶の丸いものがいる。流れ去る景色の中で動いている様子を見られる。が、ちょっと拍子抜けした。あの聖典の革表紙のように、斑模様の動物がそこらにいるのか、と皐月は予想していたのだ。毬藻はおかしいけれど他の動物の色は意外と普通だった。もちろん遠目なので形はわからないから、色だけで判断した。
「ね、あれってなんて動物?」
大分後方にある点を指差し問う。アルバロは本の隙間からちらりとそれを見る──けれどすぐに視線は本に戻る。そしてまるでそこに書かれている文章を読むように、流れるような言葉が届く。もちろん小声の。
「……黒のがボヴィーニ、茶のがカープラ、白のがペコラかポルコ。どれも動物だ。ボヴィーニが乳を出す。カープラもそうだが、こっちは殆ど解体して肉にする。ペコラは毛を刈って、布を織ったり編んだりするためのやつ。ポルコも肉にするが、これは式典時にしか食わねえ」
「──アルバロ、一度に説明しすぎ。もっとゆっくり説明してよ」
「あー? んだよ、じゃあなにが聞きてえんだよ」
「なにって言われると困るけど……」
あの後なんとかクッキーを取り出すことには成功したが、アルバロの機嫌はいまいち回復していない。とはいえレオがまだ眠っているこの状況で険悪なままでいるのも間が保たない。質問の形を取ればなんとか答えてくれることに気づいたのは僥倖だったが、正直もう外の景色に聞きたいものはない。なにせ変化が乏しすぎて聞く対象が少なすぎるのだ。
「なんも聞くもんがねえならお前も寝とけ。うるせーし、着くのは夜で輿を降りたらすぐに移動だ。今寝ときゃ少しは楽だろ。つーわけで俺も寝るから話しかけんな」
返事はいらないとばかりに言い切った後、アルバロは本を仕舞ってすぐに目を閉じた。寝る態勢に入るまで迷いがなさすぎる。とはいえ寝ろと言われてもすぐに眠れるほど皐月の睡眠時間は少なくなかった。十分しっかりと言えるくらいに寝たのだ。
一人になってしまったな、なんてことを考えながら外を眺める。ちなみにほんの少しだけ離れたところをフォルナートやエリオット、ジョルジェットが毬藻に乗って走っている、らしい。ジョルジェットしか見えないので、残り二人がどこを走っているのかはわからない。ちなみにジョルジェットは真緑に乗っている。美形さんが毬藻に跨る姿はシュールの一言に尽きたので、あえて同時に視界にはいれない。
毬藻はとても足が速いのだな──とちょっと遠い目になるのは違和感がありすぎるからだろう。だって皐月には信じられなかった。あんなにも短い手足でどうしてもあんなに速く走れるはずがないと思えるから。実際は走っていないのだが。
そう、毬藻は走るのではなく、この輿のように宙を滑るように進んでいるのだ。ファンタジーにもほどがあると思う。ていうか浮くのなら足はいらないんじゃないかとも思うのだが、それは毬藻が毬藻だと皐月が思うからだろうか。
ぼけっとしたまま眺める流れる景色。のどかな牧場みたい。あ、ソフトクリーム食べたくなってきた。なんて思いながら、時間が過ぎるのを待つ。皐月の脳内はとりあえず平和だった。




