第1話 「じゃあこれのソフトを左上から右下まで!」
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慎太郎が開いた「Verse Chat」のウィンドウには、既存ユーザー向けのユーザー名やパスワードを入力する欄の下に「新しく始める」と書かれたボタンがあった。
ボタンを押すと画面が切り替わりさらに二つのボタンが現れる。ボタンにはそれぞれ「プラットフォームアカウントで続ける」と「Verse Chatアカウントを作成」と書かれている。
「たしかここでユーザー登録するのに『Verse Chat アカウント』の方を選ぶんだよな……」
慎太郎は事前に動画で得た知識を思い出しながら最初の登録を進める。いくつか観たが、どの動画でも口を揃えて「絶対に『Verse Chatアカウント』を作れ」と念押ししていたのだ。
どうやらもう一方のボタンを押すと先々苦労するらしい。そんな選択肢はそもそも表示しないでほしいが……。
次の画面ではメールアドレスを入力するよう促される。
「メールアドレス……メインのやつでいいよな」
マウスを操作して、いつも検索に使っているブラウザアプリに切り替えると、新しいタブを開いてメールの画面に移動する。
そして慎太郎は、メール画面の右上にある自分のアイコンのところからメールアドレスをコピーしてタブを閉じた。
ゲームの登録画面に戻ると入力欄にメールアドレスを貼り付けて「次へ」ボタンを押す。すると画面が切り替わり「認証メールを送りました。」と書かれていた。
「あ、これ、メール届くやつか」
よくあるメールアドレスが存在するか確認する方法だ。メール画面を閉じなければよかった。
もう一度メール画面を開いて何度か再読み込みボタンを押す。
「届いた!」
未読であることが太字で示された「ようこそ!Verse Chatへ」と書かれたメールを選ぶ。
新しいゲームへの期待から急ぎ気味にメールの本文をスクロールする。きっと翻訳なのだろう、ぎこちない日本語を読み取ると、メール本文のリンクをクリックすればいいらしい。
カチッとマウスのボタンを押すと別のタブが開いて「メールアドレスを認証しました。このタブを閉じてください。」と書かれていた。
再びゲームの登録画面に戻ると緑の大きなチェックマークと「次へ」ボタンが現れている。
次の画面に進むと今度はパスワード入力だ。慎太郎はいつも使っているパスワードを入れて「次へ」ボタンを押した。
ようやくユーザー登録できた。完了ボタンを押す。
すると宇宙のようなキラキラした空間が現れる。空間の真ん中にはバーがあり、少しずつ伸びている。ついに待ちかねたゲームが始まったようだ。
「思ったより時間かかるな……。パソコンの性能が足りてない?」
宇宙空間に浮かんだバーは伸びていっているように見えるが、しかしその進みは時々止まっているのではないかと思うほどゆっくりだ。
パソコンの性能が足りているか不安になってきた。
「そんな良いパソコンじゃないのはわかってるけど、これでも初ボーナスつぎ込んだんだけどな」
新卒で入社して初めて受け取った一年目の冬のボーナスは、世間的には決して高額とは言えないであろうものの、それでも慎太郎にとっては大きな金額だった……。
一週間の勤務を終えて待ちかねたボーナスの入金を確認した慎太郎は、初ボーナスの興奮の中でその使い途を考えた。
初任給を受け取ったときは、ベタではあるが近所のステーキハウスに家族全員を連れて行ったのだった。嬉しそうに肉を頬張る弟妹と、ナイフとフォークを口に運びながらその様子を微笑ましそうに見守る両親の姿に、稼げるようになった実感を噛み締めたものだ。
その週の土曜日、シフトで休みをもらった慎太郎は久々に家族と朝食を共にした。
朝食を終えた両親に初ボーナスが出た報告をして「何かほしいものはないか」と聞いてみた。しかし母も父も口々に「初任給でご馳走してもらったしねぇ」「自分のために使いなさい」と言う。どうやらボーナスは受け取ってもらえなさそうだ。
そんな様子を見ていた妹が、ここぞとばかりに「じゃあこれのソフトを左上から右下まで!」と割り込む。手には、最近妹が熱中しているポータブルゲーム機が握られていた。
妹が持っているポータブル機は、これも慎太郎が初任給で買ったものだったが、慎太郎が返せと言わない限りは妹が遊んでいるのが常だった。
妹の私物と化しているような現状に「俺のなんだけど」と思わないこともなかったが、返せといえば返してくれるし、それに社会人になってしまった慎太郎より、まだ学生で時間がある妹の方がポータブル機を使う時間が長いのは、仕方がないといえば仕方がない。
自分のポータブル機を妹が使っていることに気を悪くすることもなく「じゃあ希望通り新しいのを買ってやるか」と思い立った慎太郎は、ゲームのソフトを選びに家を出たのだった。
「せっかくだし秋葉原まで出るか」
この日車に乗り込んだ慎太郎に、ふとそんな考えが舞い降りた。
近所の電器店や中古ショップはこないだ弟妹を連れて行ったばかりだし、置いてあるゲームソフトも変わり映えしないだろう。
せっかくなら秋葉原まで行って、地元では見ないようなゲームをいくつか買って帰って弟妹を驚かせてやろう。
「なら妹も連れて行くか?」
一瞬そう思ったが、一緒に行ってはサプライズ感がないし、何より妹を連れて行くとなると秋葉原だけで済むわけがない。まだ免許を持っていないこの辺りの学生は「東京」に弱いのだ。距離や都心を運転する負担も考えず「原宿」「渋谷」「池袋」と次から次への連れて行かされることは目に見えている。
慎太郎は妹には告げずに秋葉原に行くことを決め、両親にだけ「ちょっと秋葉原行ってくる」とメッセージを送ると急いで車を出した。妹にバレる前にさっさと出るに限る。
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