輝くディスプレイ
※本作は執筆ストック40,000字以上を確保しており、毎日安定して更新いたします。
重なるように並び立つ、二つの人影。
一方は、他方の頭ひとつ分ほど背が高かった。
「じゃあ、いくね」背の高い影が、静かに告げる。
「うん。……またね」低い影が、ぎこちなく答えた。
背の高い影が、ためらいがちに低い影の身体に近づき、やがて振り切るようにその身体をすり抜けて反対側へ歩み出る。
その輪郭が淡い光の粒子へとほどけ、やがて音もなく空間の中に溶けて消えた。
夕闇の中、慎太郎は自室でパソコンの画面を見ながらキーボードを操作していた。
画面に映っているのは古いRPG、ロール・プレイング・ゲームだった。
元々はコンシューマ機向けのゲームタイトルだが、もう何年も前に慎太郎がプレイしているパソコン向けのゲーム・プラットフォーム「スパーク」に移植されていた。
慎太郎は、スポーツの試合に向かう途中、突然タイムスリップした人気選手としてこの世界を探検し、冒険を進めながら数多の中ボス戦を勝ち進んできた。
それほどRPGをやり慣れていない慎太郎だが、Spark移植版ではアイテム付与機能など追加されたので快適にプレイできている。
そして今はクライマックスのボス戦、頭の上に「シンタ」と表示された自分のキャラクターが攻撃するターンだ。
矢印キーで回復アイテムを選びエンターキーを一度押す。
また矢印キーを操作し、今度は誰にアイテムを適用するかを選ぶ。
すると、慎太郎は敵の召喚モンスターを選びもう一度エンターを押した。
回復を示す演出がモンスターに重なって表示される。直後、なぜかモンスターは苦しんだ様子で体力ゲージを減らす。
実はこのボス戦は敵の切り札である召喚モンスターがアンデッド化しており、それゆえに回復アイテムで「攻撃」することができるのだ。
召喚モンスターを一体また一体と、回復アイテムを使って倒していくゲームウィンドウの中のシンタ。
ついに全ての敵を倒し、そして最後のムービーが流れる。
ムービーでは慎太郎のキャラクター「シンタ」とヒロインの回想と別離が描かれる。
本当に良作だ。
プレイし始める前に一度、ストリーマーの動画配信で見たことがあるとはいえ、自分でプレイすると更に深く世界観に浸れる。
やがてエンディングムービーが終わった。慎太郎はゲームを閉じることなくそのままスタッフロールを眺めていた。
ゲームをクリアした達成感と喪失感が湧いてくる。
「先に配信見てなかったら泣いてたかも」
配信で先にエンディングまで見てしまったことをすこし悔やみつつも、配信で知らなければプレイしなかったとも思う。
ゲームができる性能のパソコンがあってよかった。
新卒で入社して初めてのボーナスで買ったまま、しかし仕事が忙しくゲームプレイどころか、まともに起動すらできていなかったゲーミングパソコン。しかしこうやって休職してからは毎日のゲームプレイに活躍している。
パソコンの前を離れ、そして後ろのベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「終わったなぁ」
先月ならこの時間はまだ外回りをしていた。
「社員になれるかもしれない」「新卒で雇ってもらったんだから」「辛いのはどんな仕事でも一緒」と自分を鼓舞しながら続けてきた仕事だが、毎日、比喩ではなく本当に毎日浴びせられる訪問先での罵声と、日報を出した時の「また取れなかったのか」とでもいうかのような上司のため息にいよいよ限界がきてしまった。
慎太郎の様子を見かねた家族のおかげでメンタルクリニックに行ってからは早かった。
出された診断書を翌日会社に持っていき、朝一番で上司に出すと、彼は一際大きくため息をつき「わかった。今日は営業には出なくていい」と言い置いて部屋を出て行った。
あれよあれよという間に会社専属の医者 — 産業医というらしい — との面談、それから上司や人事部長との面談が組まれ、形式だけの業務引き継ぎを済ませて休職に入ることが決まった。
あれほど苦だった仕事だが、3年続けた日々のタスクが急になくなるとそれはそれで時間を持て余す。
会社を休職することが決まったことを伝えた両親は、どこか安堵した様子で「ゆっくり休んで」と言い、その後変わらず接してくれている。
実家暮らしの上に激務だったため家事は母に甘えていた。そんな日々を送っていたので、慎太郎には特にやるべきことがなくなった。
休職初日こそ開放感で心身ともに軽くなったと感じた。しかし何もしない日々には三日で慣れ、二週間も経つ頃には寝るのにも飽き、逆にやることを探し始めた。
そんな暇を持て余した慎太郎がハマったのが、先ほどのゲームだった。ある日ポータブルのゲーム機を使って開催された「第一回 井上家大ゲーム大会」 — 要は単に家族みんなで遊んだのだが — で「ゲームもいいな」と思ったところ、たまたまストリーマーの実況アーカイブを見たのだった。
その、慎太郎がのめり込んだゲームもついにクリアしてしまった。無意識に握っていたスマートフォンを持ち上げ、ロックを解除する。
動画アプリのアイコンをタップし、何の気なしにおすすめされた縦型動画をスクロールする。
サムネイルのかわいい、と表現するには凛とした美しいアニメ調の女の子と目が合ったように感じ、そのままタップする。
動画の女の子が動き出し、こちらを見ながら手招きする。
「綺麗だな」
慎太郎は思わず、その短い動画に見入る。なんの動画だろう。女の子の動きはリアルで、しかし時々ぎこちなく、企業が作ったアニメやゲームのプロモーションにも見えない。まるで学生が投稿するようなショート動画をアニメ調のアバターで撮ったかのようだ。
「最近こんな女の子のアバターの動画よく見る気がする」
動画についたコメントを読むとVRゲーム内で撮影された動画のようだ。
タイトルに書いてある「ぶいちゃ」がゲーム名だろうか。
女の子が左右にゆらゆらと動く。慎太郎がクリアしたゲームのムービーシーンとはまた違った、素人っぽいというのか、「生」の動きだった。
「VRゲームってこんなに自由に動けるんだ」
スマートフォンの画面の中でその女の子がこちらに手を伸ばして上下に動かす。どうやら撫でてくれているようだ。
「こんな綺麗なお姉さんに撫でてもらえたら絶対癒される……」
仕事をしていた頃は客の罵声と上司のため息に怯えていた慎太郎だが、仕事を休んで一ヶ月、そろそろ家族以外の人間が恋しくなっていた。
「VRゲームって何か専用の機械が必要なんだよな?」
VRに全く詳しくない慎太郎には動画のような体験がどうやったら得られるのか分からなかった。しかし、それでも見た動画への興味が勝り、アプリの検索欄に今見たゲーム名を打ち込んでみる。
「『ぶいちゃ』っと……あ、『ヴァース・チャット』が正式名称なのかな」
どうやらそのVRゲームは「ヴァース・チャット」というタイトルのようだ。
ちょうどゲームをクリアしたところで、しかも休職期間はまだある。休職中は給料ももらえるとのことだ。それに貯金もある。
VRゲームと専用機器を一式買って、金額にもよるが始めてみるのもいいかもしれない。
関連する動画が表示される。いくつかは初心者向けのようだ。
「『VR機器がなくても』……?」
1つの動画が慎太郎の目に留まった。タイトル通りならVRの機器がなくても遊べるのかもしれない。
タイトルに釣られ動画をタップする。
「へー、専用デバイスなくても遊べるんだ!このパソコンでもできるのかな?」
動画の説明では、この「ヴァース・チャット」 — 「Verse Chat」と綴るらしい — にはVRモードとデスクトップモードという2つの遊び方があり、デスクトップモードであればVRの専用機器は不要らしい。
「パソコンだけでもデスクトップモードでならできそうだ」
次にやるゲームも考えていなかった慎太郎は、動画でみた「ヴァース・チャット」を遊ぶ楽しそうな姿や、かわいいキャラクターたちに惹きつけられ始めていた。
「せっかくだし次は人と話せるゲームをやってみるか」
ゲーム自体も慎太郎がプレイしていたゲームと同じプラットフォームで提供されているようだ。
「それなら買えば遊べそうだ」
関連動画をみて予習する慎太郎。
「ユーザー登録に種類があるのか……」
ベッドから起き上がり再びパソコンデスクに向かう慎太郎。
スクリーンセイバーが表示された画面を操作し、ゲーム・プラットフォーム「Spark」の検索欄に「Verse Chat」と入力する。
「これかな?無料だ!」
それらしきゲームを見つけた慎太郎。なんとVerse ChatはSparkで無料だった。
それなら始めるしかないとインストールボタンを押すと、インストール状況を示すバーが進みやがて「インストール済み」と表示される。
早速ゲームのスタートボタンを押す。
ゲームのタイトル画像 — スプラッシュスクリーン — が画面の真ん中に浮かび上がり、やがて初めてみるウィンドウが現れる。
ウィンドウが開いた瞬間、慎太郎のディスプレイはいつもより明るく輝いた気がした。
【読んでくださったあなたへ】
プロローグをお読みいただきありがとうございます!
本作は毎日19時頃に更新していきます。
第1話もあわせて公開されておりますので、ぜひ続けてお楽しみください!
ブックマーク登録や下部の評価(☆☆☆☆☆)、応援をいただけますと制作の大きな励みになります!




