第9話 「ああ、趣味なんだ」
※本作は執筆ストック50,000字以上を確保しており、毎日安定して更新いたします。
チュートリアルワールドを壁伝いに半周したところで壁の説明書きがなくなった。
さてどうしようとシンタが周りに目を向けると、ワールドの壁に向かって数人集まっている。何かあるのだろうか。
このゲーム世界での初めての「人」にシンタの指が汗ばんだ気がした。
少し鼓動が上がる。もともとは決して人が怖いわけではない、しかし家族以外に接した人間といえば、ここ二、三年は仕事関係ばかりだ。
客とも上司とも良い思い出がない。
いやしかし、人と話せるからこの「Verse Chat」を始めたのだ。
「それに……」
ゲーム内でのコミュニケーションなのだ、利害関係のないフラットな人間関係のはずだ。
そう思い直すとシンタは彼らに近づき、まずは挨拶だろうと声をかける。
「……こんにちは!」
まだ午前中だが「おはようございます」と言うには遅い時間に思えた。
「こんにちは〜」ぱらぱらと二人ほど挨拶を返してくれる。
『おはようございます』一人の頭上に文字が表示された。テキストチャットのウィンドウだろう。
そうか、声を出さなくてもテキストチャットで会話する人もいるんだな。シンタにとっては新鮮な感覚だった。
最初に挨拶を返してくれた人は、随分と整った姿をしていた。
一言でいうと「和装の好青年」なのだが、ふわりと柔らかそうな髪とにこやかな表情がいかにも優しそうだ。
かけたメガネが知的な雰囲気を醸し出している。服装は、大正モダンというのだろうか、着物を纏っているが靴を履いている。
彼はシンタの頭上に目をやり話しかけてくれた。
「Visitorさん?」
どういう意味だろう。自分が果たしてその「ビジター」に該当するのかわからない。
「ビジターってなんですか?」シンタは言葉の意味がわからず思わず質問返ししてしまう。
「失礼、始めたばかりだよね?」その人は気を悪くした様子もなく質問を変えてくれた。
「はい、昨日始めました!」シンタは素直に答え、続ける。
「だけど、何すればいいのかわからなくて、昨日は最初の空間、なんか青いサイバーなところに行っただけで終わっちゃったんですけど……」
今時点でも何をするゲームかわかっていない。
その人は笑い含みに「初日あるあるだね」と言うと、続けて聞いてきた。
「このワールドはどうやって知ったの?」
シンタ、慎太郎はスマートフォンに一瞬目をやって答える。
「動画アプリで調べたら『ここに行くといいよ』って紹介してる動画があって……」
その人は頷く。
「今は紹介動画が結構あるよね。……分かりやすかった?」
シンタとしては分かりやすいどころか、この動画がなければこのゲームを初日で辞めていたかもしれない。
「はい!」
自分で思った以上に張った声がでた。
その人は軽く頷き、シンタにとっては思わぬ提案をしてくれた。
「もし良ければだけど、このゲーム『Verse Chat』について説明しようか?約束があるから少し急ぎにはなってしまうけど」
なぜそんなことをしてくれるのだろう?訝しむ気持ちもあるがありがたい申し出だった。
「え、いいんですか?なんでまた……」
シンタの懸念を払拭するようにその人は言葉を重ねる。
「ああ、趣味なんだ。初心者さんを案内するのが。ぼくみたいに初心者さんを見つけて案内してる人は結構いるよ」
そうなのか。ありがたいが変わった趣味だ。しかも「案内人」はこの人だけじゃないらしい。
「え、と。じゃあお言葉に甘えて」
ゲーム内だし危ないこともないだろう。シンタはありがたく案内人の趣味に乗っかることにする。
案内人が壁の方に手を向けて聞く。
「あの辺り、一階の壁の説明書きは読んだ?」
まさに先ほどシンタが回ってきた辺りだ。
「はい!ついさっき一通り読んだところです」
案内人は「すばらしい」と頷きながら褒めてくれる。
こんなことで褒めてもらえるなんて、会社で最後に褒めてもらったのはいつのことだったか……少なくとも今年は褒めてもらえていない。
「他のゲームはやったことある?」と案内人が次の質問をする。
「はい!ちょうどこれを始める前にSpark版のFEXをクリアしたところです」
案内人は「名作だよね」とこちらも頷きながら言ってくれる。どうやら案内人もFEXをやったことがあるらしい。それだけで少し親近感が湧く。
それにしてもなんというかすごく共感してくれる人だ、少し照れるようなむず痒い気持ちになる。
「じゃあ移動とかメニュー選択みたいなゲーム一般の操作は大丈夫だね、ここまで来れてるわけだし」と案内人は言う。シンタへの確認だろうか。
「はい、移動とワールドを検索してここに来るのはできました!」シンタは素直に自分がやったことを伝えた。
「じゃあ、ゲームとしての操作はある程度慣れているとして、こういう人と交流する系のゲームについて説明するね」
まさにシンタが慣れない部分を説明してくれるらしい。大変ありがたい。
それから案内人は断りを入れる。
「知ってることを説明しちゃうと思うけど、そこは許してね」
彼はシンタのゲームに関する経験を測っていたようだ。それにしても腰が低い。
「はい、お願いします!」
シンタの心から怪しむ気持ちが薄れ、代わりに動画を探していた時のようなこのゲームをもっと知りたい気持ちが湧いてきていた。
案内人は続ける。
「『Verse Chat』、みんな『ぶいちゃ』って略すけど、ぶいちゃはゲームっていうよりSNSとかプラットフォームに近いんだよね」
シンタの反応をみるようにして案内人はさらに言葉を繋ぐ。
「だから誰と何をするかはその人次第、最初に『何をすればいいのか……』って思うのはごもっともだよ」
なるほど、「プラットフォーム」という言葉にシンタは思い当たるものがあった。
「Verse Chat」、「ぶいちゃ」自体がプラットフォームなら動画で見た様々な遊び方 — FPSや釣り、麻雀などなど — もたしかに可能なのかもしれない。
シンタは案内してもらうのが楽しみになった。
【読んでくださったあなたへ】
お読みいただきありがとうございます!
本作は毎日19時頃に更新していきます。
ブックマーク登録や下部の評価(☆☆☆☆☆)、応援をいただけますと制作の大きな励みになります!




