第六話 怒鳴った理由
「人身事故発生。ガードレールに車両が衝突し、その車両に別車両が追突。怪我の可能性あり」
無線が入り現場に緊急走行した。
ガードレールに突っ込んだ軽自動車と、その後部に追突したワンボックスカー。
軽自動車の運転席には七十代くらいの小柄なおばあちゃんが座ったまま動かない。ワンボックスカーから降りてきた四十代くらいの男が、こちらに向かって歩いてきた。
「この車、いきなりガードレールに突っ込んだので追突しました。俺は首が痛いんで人身事故で対応してくださいよ」
おばあちゃんに近づくと、体を小さく丸めてハンドルを握ったままだった。
理津は珍しく走って、おばあちゃんに駆け寄った。
「大丈夫ですか。怪我はありますか?」
「大丈夫よ。本当に、ごめんなさい」
「まずは、車から出ましょう」
理津は肩を貸しておばあちゃんを車から降ろしていた。
おばあちゃんは、震えていて、目が虚ろだった。
「あなたは、前の車が事故を起こした時に、避けられない車間距離だったのですか?」
「いえいえ、あの車がいきなり前に入ってきたんだ。高齢者は免許返納しろよ」
その時、理津が怒りを顕わにした顔で近づいてきた。
「お前、おばあちゃんがどれだけ怖かったか分かるか!死んじゃったらどうするつもりだ!」
「はぁ?お前何?俺のほうが被害者なんだけど」
「ドラレコを確認した。五分近くも車間距離を詰めてあおっていただろう?」
理津の声は震えていた。
「いや、そんなことない。あの婆ちゃんが目の前に割り込んできて、勝手に事故っただけだろ」
「あんなに車間距離を詰めてたら、誰もが怖くなって焦るんだよ!」
「おい、こいつ警察官だよな?何、決めつけてんだ?」
理津は明らかに冷静ではない。理津の頬を、涙が伝っていた。
ここは私がなんとかしないと。
男の車にもドラレコが付いているのが見えた。
「ドラレコ、確認させてください」
男は少し間を置いてから「どうぞ」と言った。
映像を再生した瞬間、私は息を止めた。
車間距離ゼロ。パッシング。幅寄せ。おばあちゃんの軽自動車が逃げるように左に寄るたびに、ワンボックスカーがついてくる。五分以上続いていた。
「これ、あおり運転ですね」
「いや、俺は——」
その時、おばあちゃんが小さな声を上げた。
「腰が痛い。痛い……」
理津は我に返ったのか、おばあちゃんに駆け寄った。
「救急、要請しています。もうすぐだから、もう少し待ってね」
男が一瞬、黙った。
救急車のサイレンが近づいてくる。
帰りのパトカーの中は、しばらく無言だった。
「さっき、泣いてたね」
理津は窓の外を見たまま、何も言わなかった。
信号が赤になった。
私もそれ以上、聞かなかった。




