第五話「四日目の夜」
「またか」
無線が入った瞬間、私は思った。
同じ住所での喧嘩の声と女性の悲鳴の通報は、今月で四回目だ。
ドアを開けたのは三十代くらいの女性だった。左の頬が赤く腫れていた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。もう終わりました」
「左頬が腫れています。殴られたんですか」
「殴られてません! 誰が通報したんですか? 迷惑です。終わったんで帰ってください」
「ご主人は?」
「頭冷やすって出て行きました」
「DVは繰り返されます。今のうちに別れましょう。逃げるお手伝いはできますから」
「結構です。私が口が悪かっただけで私のせいです。いくら説得しても被害届は出しません」
何度聞いても同じ答えだった。
「今日だけでも、どこか安全な場所に——」
「いいです。主人も反省しています」
こういう案件は、ほとほと苦手だ。出したくないなら出せない。連れ出せない。法律の壁は厚い。
私が引き下がろうとした時、理津が女性の前に立った。
「今夜だけでも、落ち着くために離れましょう。妹さんのところとか……」
「なんで妹を……」
「そこに、妹さんと撮った写真がありましたよね」
玄関に女性二人が写った写真が飾られていた。
女性は黙った。
「妹さんも心配していると思いますよ」
しばらく間があって、女性は小さく頷いた。
荷物をまとめている間、理津が台所に入ろうとした。
「理津、勝手に入らないで!」
「あ、すみません」
それでも理津は一瞬だけ台所を覗いてから戻ってきた。
家を出る際、女性が玄関で一度振り返ったが、素直に歩き始め一緒にパトカーに乗った。
パトカーに乗り込んで、理津は女性に話しかけた。
「お子さんはどれくらいですか?」
「子供はいません」
「いえ、お腹の子です」
「え、主人も知らないのに、なんで……」
「台所に葉酸とルイボスティやノンアルコールビールがありました。体を大事にしてるんですね」
「……はい」
「やっぱり、お子さんのためにも逃げましょう!」
「え、でも私、お金も一円もないし出産費もないのよ」
妹の家に向かう前に警察署に寄り、生活安全課の説得でシェルターに行くことになった。被害届も受理し、逮捕後に家の荷物を運び出す運びとなった。
署に戻ったパトカーの中で、私は理津に向き直った。
「理津、勝手に家に入っちゃダメだよ。入って良い場合の法律根拠を答えて」
「え、家の人が入って良いよ〜って言った時と、顔見知りだった時?」
「理津……警察学校で何習ったの?事件や緊急の事案の時よ」
「それにしても、飯塚部長。あの女性、多分戻りますよね」
「う〜ん、戻る人多いよね。……私には、全然わからない」
少し間があった。
「って話変えないで!それに飯塚部長ね!ってあれ?」
理津はけろりとした顔で前を向いていた。




