最終話 聞いてくれなかった
「傷害事件発生。10代女性が男性を刃物で刺した模様」
無線を聞いた瞬間、血が沸いた。
これだ。これのために昇格した。
現場に着くと、腹部を押さえた男性が座り込んでいた。救急はすでに要請済みだ。近くに十七、八歳くらいの女性が立っていた。手に血がついた包丁が握られている。
「動かないで」
女性は逃げなかった。ただ、黙っていた。
目撃者もいたことから、その場で現行犯で逮捕した。
私は、取調室で女性と対峙している。この女性は、どんな思いで男性を殺そうとしたのか聞き出すつもりだった。
「なぜ刺したの」
沈黙。
「被害者とどういう関係?」
沈黙。
「黙ってたら、あなたが不利になるだけよ」
沈黙。
女性はずっと、机の一点を見つめていた。
一時間が過ぎた。私は息をついた。こういう時、どうすれば——
その時、理津は温かいお茶を入れて取調室に入ってきた。
「飯塚部長、報告求められていますよ」
「分かった、報告してくるから、少し見てて」
「分かりました」
私は、刑事課に報告して苦笑いをされた。
――相手が女性だから女性を当てたのにダメか。
――結局、後で刑事課で聞き直すか。
――あるのはやる気だけか。
そう聞こえてくるような態度だった。
私は、落胆と悲しみを覚えながら取調室に戻った。
ドアを挟み取調室の前に立つと、女性の話す声が聞こえた。
「警察には何度も相談しました。でも、結局、難しいって……だからもう言いたくないの」
「その警察官は駄目なやつだよ。僕は、そんな警察官を軽蔑するよ」
「お兄さんは、なんか警察官らしくないね」
「毎日、上司に怒られてるよ。警察官らしくしろって」
「あの怖い顔したおばさんですか?」
「そんなこと言ったら駄目ですよ! 飯塚部長は、可愛いところもあるんですよ。お気に入りのコップはシマエナガなんですよ」
「うっそ。見えない」
私は、沸点を一瞬通り過ぎたけど、歯を食いしばって耐えた。あいつは、嘘をつかない。それが余計に、腹立たしかった。
なるべく笑みを保ったまま取調室に入った。
入った瞬間に、女性は俯いた。
理津が間に入る。
「刺された男性はストーカーだったんだよね?正直に話して。飯塚部長はちゃんと聞いてくれるから」
女性の顔は少しずつ上がってきた。でも、顔には緊張が残っている。
「君が刺した男はストーカーだったの?」
「半年前に店に来るようになってから、ずっと付きまとわれていました。警察にも相談したら、気のせいじゃないかって。何かあったら通報してって言われたんです」
女性はまた俯いた。
隣で理津が「そんな警察官は許せない」と言った。
私は、次に進める。
「私は、あなたの話を最後まで聞くわ」
女性は、目を左右に揺らしながら私の目を真っ直ぐ見た。
「なんで昨日、刺すことになったの?」
女性からは、しばらく揺れた目線を受けていたが、口が開く。
「カバンの中に、エアタグ入れられていたんです。それで、付き合わないと家を燃やすって言われて……。怖くて、眠れなくて、学校も行けなくて。警察も話を聞いてくれない——だから、家族を守るためなら、あいつを殺して、私は刑務所にでも入ろうと思ったんです」
刑事課の連中に、全てを報告した。
「ストーカー被害だと?」
「はい、家を燃やすって脅迫されたから刺したそうです。スマホにスクショが残っているそうです。これがパスワードです」
それからの刑事課と生活安全課は大慌てだった。
「誰も話を聞いてくれなかった」
その言葉が、頭の中で響いた。
私はずっと、悪いやつを捕まえたかった。でも今日、捕まえた相手は——
帰りのパトカーの中で、私はハンドルを握ったまましばらく無言だった。
「理津。どうやって話させたの?」
「話しかけただけですよ」
「それだけ?」
「その後、聞きました」
「聞いただけ?」
「そう、聞いただけです」
私は、何も言えなかった。
「僕、白バイになりたいんです。親が事故で死んだので」
信号が青に変わった。
私は、ゆっくりアクセルを踏んだ。




