人間どうしたら生きるのがツマラナクなるのだろう?
都会の喧騒から少し離れた、色褪せた商店街の端にそのアパートはあった。築四十年、木造二階建て。階段を上がるたびに、湿った木が悲鳴のような音を立てる。
佐藤健一(38歳)は、その狭い六畳一間で、スマートフォンの画面を見つめていた。画面に映っているのは、かつての同級生がSNSに投稿した、家族でキャンプを楽しむ写真だ。キラキラとした日差し、子供の笑顔、高価そうなSUV。
「……ツマラナイな」
健一は独り言を漏らし、画面を消した。その呟きは、単なる退屈ではなく、胃の底に溜まった鉛のような重みを伴っていた。
健一は三年前まで、中堅のIT企業で営業職として働いていた。当時は「生きる理由」など考えたこともなかった。仕事を頑張るのは、給料をもらって好きなものを買い、週末に美味い酒を飲むため。もっと言えば、「人並みの生活」から脱落したくないという恐怖心が、彼を突き動かすエンジンだった。
しかし、過労からくる自律神経失調症と、それに続く重度のうつの波が、彼のエンジンを粉々に砕いた。
今は生活保護を受けて暮らしている。
日本の制度は確かに手厚い。医療費はかからず、最低限の食費と住居費は保証される。餓死することはない。かつての日本や、今の開発途上国に比べれば、天国のような環境だと言えるだろう。
だが、健一は今、猛烈な「ツマラナサ」の中にいた。
「勉強しても将来に活きなければツマラナイ。働いても給料がもらえなければツマラナイ……か」
かつて自分が信じていた価値観を反芻する。今の自分は、何もしていない。勉強も、仕事も、生産的な活動は何ひとつ。ただ、明日も命を繋ぐために、支給された金を食費に変えるだけ。それは生存であって、生活ではなかった。
健一にとって、生きることは「プラスを積み上げること」だった。それができない今の自分は、社会にとって、そして自分自身にとって「マイナス」の存在にしか思えなかった。
窓の外を、ランドセルを背負った小学生たちが笑いながら通り過ぎていく。彼らには「未来」という、根拠のない、しかし強力な生きる理由がある。家族のために汗を流す隣室の男には「責任」という理由がある。
病に伏し、生産的なことが言えなくなった今の自分には、それらすべてが手の届かない宝石のように見えた。「はやく死にたい」という言葉が喉元まで出かかるが、それを口にする気力さえ湧かない。
ある日、健一は役所への定期報告の帰り道、公園のベンチに座る一人の老人を見かけた。老人はボロボロの服を着ていたが、不思議と「負のオーラ」を感じさせなかった。老人は、道端に咲く名もなき雑草にじっと見入っていた。
健一はなぜか吸い寄せられるように、老人の隣に座った。
「……何を見てるんですか」
老人はゆっくりと顔を上げ、穏やかに笑った。
「いやあ、この草、コンクリートの隙間から立派に生えてるもんだと思ってね。誰に褒められるわけでも、実をつけるわけでもないのにさ」
健一は自嘲気味に言った。
「生産性がないですね。そんな風に生きてて、ツマラナクないですか」
老人は少しだけ目を見開いた後、遠くの空を見上げた。
「兄ちゃん、あんた『理由』を探しすぎて疲れてるんじゃないかね」
「理由がなきゃ、人間は頑張れないでしょう。貧乏になりたくないとか、誰かの役に立ちたいとか。それがない今の僕は、ただのマイナスなんです。負のオーラを撒き散らすだけの、社会の荷物だ」
老人は、杖を地面にトントンと突いた。
「日本って国は豊かになった。金がなくても医者に診てもらえるし、死なないように助けてくれる制度もある。それは素晴らしいことだ。でもね、そのせいで『普通』のハードルが上がりすぎちまったのかもしれないな」
老人の言葉が、健一の胸に小さな波紋を広げる。
「昔の日本はもっと過酷だった。でも、食うために必死に動くことが、そのまま生きる理由になった。今は、生きるためのハードルが制度で保証されている分、その先の『意味』を見つけなきゃならない。それが重荷になるんだ」
「今の日本が劣化して、制度がなくなれば、僕はもっと惨めに死ぬだけです」
「そうかもな。でもな、兄ちゃん。負のオーラとか、マイナスに関わりたくないとか、そんなのは他人が決める境界線だ。あんたが自分を『マイナス』だと定義している限り、世界はツマラナイままだよ」
老人は立ち上がり、去り際にこう付け加えた。
「仕事をするのは貧乏でいたくないから。それは立派な動機だ。でも、貧乏であっても、病気であっても、あんたがそこに『在る』こと自体に理由は要らないんだよ。草と同じだ」
アパートに戻った健一は、再び暗い部屋で一人になった。
相変わらず金はないし、病気は完治していない。将来への不安も、劣化していく国への絶望感も消えたわけではない。
しかし、彼はふと思い立ち、引き出しの奥に眠っていた古いスケッチブックを取り出した。かつて、仕事に追われる前、絵を描くことが好きだった頃のものだ。
鉛筆を握る。手が少し震える。
描いたところで、一銭の金にもならない。誰の役にも立たない。将来のキャリアに活きることもない。
それでも、真っ白な紙に線が一本引かれた瞬間、健一の心の中に、言葉にできない小さな熱が灯った。
「……ツマラナイ、か。でも、この一本の線に理由は要らないんだな」
彼は、窓の外の夕焼けを描き始めた。
それは、社会的な価値や生産性という物差しからは、完全に切り離された行為だった。
日本という国がこれからどうなるかはわからない。制度が崩壊し、もっと過酷な時代が来るかもしれない。誰もが自分のことで精一杯で、マイナスの存在を切り捨てる冷酷な社会になるかもしれない。
だが、どんなに世界が劣化しても、自分が自分に対して「生きる理由」を求めすぎるのをやめたとき、そこには新しい呼吸の場所が生まれる。
健一は描き続けた。
病気であっても、貧乏であっても、今この瞬間に動く指先と、それを見つめる瞳がある。
「負のオーラ」という言葉で自分を縛り付けていた鎖が、少しだけ緩んだ気がした。
彼は、明日もこの続きを描こうと思った。
ただ、自分がそこに「在る」ことを確認するために。
生きるのがツマラナクなるのは、何かが欠けているからではない。
「何かを成さねばならない」という重圧に、心が窒息しているだけなのだ。
夜の帳が下りる頃、健一の部屋には、小さな灯りが点っていた。
それは、かつてのギラギラとした野心とは違う、どこまでも静かで、しかし確かな、命の灯火だった。




