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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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20 第四章 『婚礼の夜』 その5



「・・目の具合はどうですか」

「・・ぼんやりとしか・・見えん・・」

 

 一応何かの効果でもあるかと、川の水を布に浸してまだ鈍痛の残る両目に当てていた。時折、両手を近づけては暫くジッと眺めていたが、力なくその手を下に落とした。


「・・霧がかかっているのか」

「いえ、ちょっと雲が覆ってますが・・。きっと晴れたら少しはよく見えるかも知れませんよ・・」

「どうかな・・」

 ダシュンの慰めにも、それほどカンの心は浮き立たなかった。


 こうして数日河を上っているが、目に映るものは・・ボンヤリとした色彩が暗くなったり明るくなったりの繰り返しだった。そのうち視力が戻るかも知れないと思っていたのだが、このまま永遠に視力を失ってしまうのだろうか・・。


 二人はどこに消えたのかさえ分からないシャラを追っているわけだが、果たしてちゃんと追跡しているのかどうかは天のみぞ知るだった。

 しかしそれでも、シャラの跡を追っていることは、ほゞ確信していた。


 ダシュンも最初は河を遡るため舟を漕いでいた。

 しかしカンを乗せてやや重くなると、時折、漕ぎ手を休めた。ところが、それでも逆流を進んで行く。暫くそのままにしてみても、止まることなく流れを遡って行く。

 どうやら、この舟自体が動力を備えているらしい・・。


「つまりこのまま舟に揺られていたら、目指す御大・・シャラの許へ送り届けてくれる、というわけか・・」

「これが例の『魔月』とやらの力なんでしょうか・・と言って、一体〝魔月〟って何なのか知りませんけど・・」

「逆流に乗ずる力か・・確かに魔月って響きは、逆流っぽいな」

「この舳先の月、これですね、魔月・・!」


 噛み合っているとも、いないとも言えない時間潰しの会話を交わしつつ、狭い小舟に揺られて・・それでも、シャラの行き先へのルートを航行しているのではないかと云うことは・・これまた『魔月』同様、さしたる確証もないまま確信していた。


「ところで・・『月の宮殿』で、いや『月の塔』か・・で、おまえが見た者は何だったのだ」

「分かりません・・何か白っぽく透けていて・・。人の姿のようではありましたけど・・」


 思わずダシュンは、身震いするような感覚を蘇えらせた。 


「正直、今回シャラ様を見た時・・一瞬びっくりしましたけど」

「シャラに似ているのか・・?」

「そう・・でも、シャラ様ではありません・・」

「どちらにせよ、シャラと同じ化け物の類いだな・・」

 

 カンは、月の光の手裏剣を自分の目に投げつけたシャラに、何としても一矢報いたかった。



「・・どうかしたか」

 ・・暫く経った頃、カンが言った。

「いえ、何だか・・今度こそホントに霧が出て来て・・」

「ああ・・そういえば、随分しっとりとして来たな・・」

「でも・・すごい霧なんです」


 それからまた暫くの間、無言でいたダシュンが再び言った。

「もうほとんど何も見えません・・」

「・・確かに・・さっきより湿っぽいが・・ずっと霧なのか・・かなり経ってるぞ・・」

「ここ、どこなんでしょう・・」

 珍しくその声が不安げだ。


「・・ひどく静かだな・・」

 その静かな水面に、微かな水の爆ぜる音が聞こえた。

「何だ・・」

「いえ、何だか、何も見えないので、舟が止まってるのか進んでいるのか分からなくて・・」

 カンも川の中に手を入れて流れを調べてみた。

「ちゃんと進んでる・・」

「霧の中から突然、何か出て来たりして・・」

「ワッ!」


「お、脅かさないで下さいよ・・」

「何だよ、ダシュン。おまえ・・」

「だって、カン様の姿だって見えないんですよ・・」

 カンが思わず笑った。

「いえ、ホントに」

「そんなに濃いのか、霧・・」


「ええ・・一緒にいるのが、ほんとにカン様かどうかも分からないくらいです」

「それなら、おまえ。俺だって、一緒にいるのがほんとにダシュン、おまえかどうかなんて、ずっと分からないんだぞ・・」

「そうですね・・怖くないですか、それって」

「いや・・何ていうか、皮膚感覚でわかる・・ような気がする」

「ああ・・」

 その答えに、カンはその皮膚感覚で、心持ちダシュンの不安が失せたように感じた。


 

 やがて・・暫く無言のままだったダシュンから、ある種の緊迫感・・期待感・・更には高揚感・・のようなものが伝わって来た・・。


「霧が晴れました・・」


 何日も掛けて河を遡りやって来た二人の前に・・想像を絶するような、美しい景観が広がっていた・・。


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