19 第四章 『婚礼の夜』 その4
一方、『婚礼の儀』の夕べ、赤い衣を纏って踊りの輪の中にいたダシュンは、増殖する赤い踊り手達に紛れて辺りの様子を伺っていた。
シャラがぺルとデュラをさり気なく輪の中に誘い込み、赤い衣が二人をそこから連れ去るのを見て、急いで後を追った。
階段脇の通路の壁の一部が開き、その下に階段が続いている。
(ここにもこんなカラクリがあったのか・・。クッソ!)
急いで階段を下り、広い地下に出た。
所々に火の手が上がり酷く熱い。慌てふためく赤い衣達の様子は、果たして必死になって火の勢いを消そうとしてのか、反対に煽いでいるのか分からない。
・・誘拐者の後を追い、どこまでも続くような狭い岩壁の通路に入った途端、涼しい空気が流れて来て、やがて・・目の前が開けた。
水辺の洞窟だ。
頭からスッポリと白衣を纏った小柄な二人の姿と、赤い衣がこれまた二人、舟に乗り込み岸を離れようとしていた。
ダシュンも一艘の小舟に飛び乗り、後を追う。
洞窟の出入り口付近、岩陰で少しの間、追う舟を見失った。が、暫くして再び前方に四人の乗った舟が見え、そのまま夜明けまで追い続けた。
明け方、薄明りの中を行く前方の舟を見ていたダシュンは、次第に不審な思いに駆られた。
四人共、ずっと同じ体勢で身動きもしない・・。
漕ぎ手を早め・・近づいた舟には、赤い衣と白い衣をきれいに纏った藁人形が鎮座していた。
(やられた・・!)
ガックリとして一晩の疲れがドッと出たダシュンは、そのまま舟を岸に寄せるとゴロリと横になった。
(・・なんで藁人形を乗せただけの舟が・・逆流を遡ってここまで来たんだ・・)
そう思いながらいつの間にか寝入ってしまった。
そして再び目を覚ました頃には、既に日が高く昇っていた。
藁人形の舟はどこにも見当たらない。
(・・舳先が・・何か変わってたな・・)
仕方なく戻る事にした。
途中で、流れが二又に分かれている。昨夜同様、自然な河の流れに沿って進んだが、日差しの中で見ると両岸に似たような岩窟が幾つもあり、『月の宮殿』の洞窟を見分けるのに手間取った。
やっと洞窟の入り江に辿り着いた頃には、既に夕刻に近かった。
宮殿地下に続く通路は、頑丈な扉で塞がれていた。仕方なく、外の岩崖を這い上っいくと・・その先に現れた宮殿の姿に・・愕然とした。
あの月光を浴びて美しい銀色に輝いていた壮麗な館が・・真っ黒に煤け、その焦げ臭い空気がまだ辺りに漂っていた。
歩いて近づいてみると、その様は更に酷く・・明るい満月の光さえ、その闇の中に呑み込んでしまうような・・廃墟の塔があるだけだった。
月の塔・・その言葉を最初に聞いた時からダシュンの頭の中には、何故か、冷たい月光に照らされた荒涼とした無人の塔の姿が浮かんでいた。
・・それが今、まるでその自分の幻想から這い出して来たもののように・・そこにあった。
その翌朝から、ダシュンは焼け跡を調べ始めた。
「あ、赤いヤツ・・!」
背後から吃驚したような声が聞こえた。
驚いて振り向こうとした途端、いきなり強拳を喰らった。
(・・またかよ・・)
「・・ダシュンじゃないか」
ふてたように伸びているその姿に、殴った相手が言った。監視のため、仲間と停泊中の舟から戻って来たミタン兵だった。
それから、お互いそれ迄の経緯を報告し合うと、十分な食料も分けてもらい、兵服に着替えたダシュンは引き続き一人で探索を続けることにした。
まず洞窟に戻り、岩陰に隠すようにして泊めてある一艘の舟を見つけた。
藁人形の乗っていた舟と同じ舳先に特徴のあるものだ。その両側にある丸い飾りは、どうやら月を表しているようだ。『月の宮殿』なら当然の意匠か。
それに乗り込んで、ダシュンは洞窟を漕ぎ出した。
やがて二股に分かれた分岐点まで溯ると、勝手に舟はもう一方の流れに乗り、流れの抵抗が強いわりに驚くほど簡単にその逆流を制した。漕ぎ手がひどく軽い。
その後は、片側は低い岸が続く景色の中を楽に漕ぎ続けた。
暫くして・・その視線の先に何か動くものが入った。目を凝らして良く見ると、どうやら人が倒れているらしい。
(こんなところに・・?)
舟を近づけて、更によく見る・・。
(ん、あの服は・・)
舟を寄せて岸に上がると、倒れている人物の許に駆け寄り、抱き起こした。
「カン様・・!」
呼びかけると・・目を開けたが、暫くの間、何も見えないような表情でぼんやりしている。
「・・その声は・・ダシュンか・・」
暫くしてそう言ったカンは、事の経緯を語った。
「ではペルさまは、今のところは何とかご無事なのですね・・」
ダシュンはホッと胸をなで下ろした。
目の見えないカンは方向感覚を失い、風に乗った燻り臭を頼りに『月の宮殿』を目指したが・・すっかり迷ってしまったらしい。
ダシュンはカンを助けて舟に乗せると・・二人はそのまま、ペルの救出に向かう事に決めた。




