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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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18 第四章 『婚礼の夜』 その3



「ハル、間一髪のところだったわ・・」

「はい、殿下・・」


 過日、ミタンに戻ったダシュンの報告を受け、ハルは兵を率いて直ぐに発った。

 牙兵達の徘徊する危険な陸路を避けて時間を稼ぐため、大河を下り宮殿近くの支流までに入った。

 ダシュンは一足先に『月の宮殿』に向かっていた。


 その夜、到着した部隊が最初に目にしたのは、塔の周りを巡って踊り狂う大勢の赤い衣の群れだった。

 暫しその様を茫然と眺めていたが、窓を染める朱い揺色が燃える炎だと気づくやいなや、慌てて正面の大扉に突進した。そしてミタンから運んで来た大木の大筒で、一気に錠の下りた重い扉を蹴破った。

 

 閉じ込められ火傷を負ったミタンの一行は、皆、直ぐに池に飛び込んだ。



 翌日、焼けただれて、まだ燻っている宮殿の焼け跡を捜索した。

 ホールの吹き抜けが煙突の中のように真っ黒に煤け、見事な浮彫の装飾も見る影もない。が、遺体の痕跡は何もなく、カンとペルそしてダシュンの行方も知れなかった。

 ペルは消えたシュメリア側に連れ去られた可能性はあるが、他の二人はどこに消えたのか・・。

 一行の輿も全て燃えてしまったが、放された馬の何頭かが遠くで草を食んでいた。

 

 

 その後、数人の兵士を残し、一行は部隊の舟に分乗して河を下った。


「これは明らかにシュメリア側の陰謀です。我々一行を婚礼の席で抹殺しようとしたのですよ・・」

「我々を置いて逃げ出しましたからね・・」


 このまま下れば、王都メリスに向かう。もしシュメリア王宮政府がこの件に関わっていたのなら、その事自体が危険を伴う。

 しかし一行には負傷者が大勢いるし、帰国するにしても、ミタンの公邸で暫く準備を整える必要があった。


 しかし、メリスの近くまで来た時・・一行を思わぬことが待ち受けていた。

 舟着き場には王府の重鎮達がうち揃い、手篤い出迎えを受けたのだ。そしてシュラ王からの親書を手渡し、今回の不祥事について釈明し、平身低頭して謝罪した。


 今回の事は全て『月の宮殿』の主シャラが、王位転覆を狙って起こした謀反だと言い、「婚礼の儀」に乗じてミタン一行を謀殺する事で、両国の間に亀裂を生じさせ、現王位政権に対する内外の信用を失墜させることが目的だった。 

 シャラの周辺で何やら怪しい動きがある事は当局も暫く前から掴んでいて、その監視を強化したばかりだった。しかしまさか、今回のような暴挙に出るとはやおら思ってもみなかったため、大切な賓客一行の命を脅かすことになってしまった。

 更にシャラがペル姫を誘拐したことは掴んでおり、現在、国を挙げて謀反人一味の行方を捜索中だという。


 

 その後ミタンの公邸で暫し休んだ一行は、後日、日が沈むのを待って、支度を整えると王宮に向かった。


 そんな彼等を、シュラ王自らが出迎えた。

 両国の婚礼の席で、一方の当事者が謀反を起こしたのだ。それは当然の事ではあった。

 しかし、狂王とも揶揄されるシュラ王については、皆、さんざん聞いていた・・。が、驚いたことに、『月の鏡』で世界を覗き、夜露を食べて生きている・・等と、数々の奇怪な噂に彩られた狂王シュラは、優雅な物腰と柔らかな声音、一国の王にしてはやや危険とも思えるような美しい瞳を持った人物であった。


「・・我が王子の妃になられる愛らしいペルさまを、この宮にお迎えすることをこの私も心待ちにしておりました・・しかし我が王子もまた行方が知れず・・今回のシャラの謀反に対しての憤りは言葉には尽くせませぬが・・私のこれまでの日々が、そういった謀反を抱かせるような隙を生んでしまったのではと、今更ながら深く悔やんでおります・・」


 王の真摯な態度と言葉に、一行は不思議に気持ちが落ち着いて来るのを感じていた。

 篝火を遠ざけた御簾の陰にゆったりと座り、しっとりとした風情を見せて・・王は続ける。


「・・ただ、どうぞご安心なさって下さい。シャラがぺル姫の身に害を及ぼすことは、決してございません・・」

 

 そう言って、もしシャラがぺルに危害を加えるようなことがあれば、シャラ自身の命も、同時に消えることになると謂う・・『月の血族』にまつわる不思議な因果について語った。


 それは確かに、その血族の末端ではあるミタン皇太子夫妻にとっては納得のいくもので、とにかくぺルの身の安全さえ保障されれば・・と云った寛容な気持ちにもなった。


「・・今から思えば・・すべての符合が一致いたします。今回、あの遠く離れた宮殿で婚儀を執り行うことを強く主張したのはシャラでございました・・。私も、あの宮殿を非常に好んでおりましたので、ミタンの方々にもぜひその御滞在を楽しまれて頂きたいと思いましたことから、このような陰謀に嵌まってしまいました」   

「・・陛下、陛下の従兄であるシャラ殿とは、どのような人物なのでございましょうか・・」

 心地よい夕闇の中を漂うような・・王の声音に誘われ、ミタン側の一人が訊ねた。


「シャラが初めて私の前に姿を現しましたのは・・我が妃の葬儀の直後でございました。葬儀には、それまで会った事のない親族が各地から大勢やって参りまして、シャラもそのうちの一人でございました・・」

「その時、陛下はどのような印象を抱かれたのでございましょうか・・シャラ殿に」

「正直・・各段、強い印象はございませんでした。むしろ影のような・・と申しますか、後にあれほど強い影響を受けるようになるとは思ってもおりませんでした・・」

「シャラ殿から、強い影響を受けられたのでございますか・・?」


「・・強い影響と申しますか・・私は従兄の言うことには何でも耳を傾けました。丁重だが、有無を言わせぬ力に満ちておりました・・」


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