17 第四章 『婚礼の夜』 その2
一行の間に恐怖が走った。
その恐怖に感覚が狂ったのか、燃え盛る炎にさえ寒気を覚えたくらいだ。
が、直ぐにその熱が熱く、更に熱くその身に迫り、勢いを増した炎がまさに煙突のような塔の内部に一気に迫って・・直ぐにも一行ごと全てを呑み込もうとした、その時・・!
「ドンッ!」
表の入口で大きな音が何度か響き、突然、開いた。
その大扉の向こうから、流れるような空気が吹き込んで来た。
「殿下・・!皆さま・・!」
「お早く・・!!」
一斉に蹴破られた入口の向こうに、大勢の兵士達の姿があり、弾みで転がっている者もいる。
皆、一斉に外に飛び出た直後、放射状の廊下からホールに殺到した真っ赤な炎の塊が、急激な勢いで筒状の壁を駆け上り・・瞬時に、精緻なレリーフの装飾に彩られた壮麗な宮殿は紅蓮の炎と化して、炎上していた・・!
「殿下!奥方様!」
「ハルか・・!」
「ご無事で・・!」
「ペルさまは・・!?」
「カンの姿も見えん!」
「待て!!」
カンは、月光を浴びて立ち去る銀色の姿に向かって怒鳴った。
その姿が振り返り、カンを静かに見据えた。その腕には、気を失っている八才の少女を抱えている。
「どこに行くのだ・・!」
「これはカン殿、よくここまでついて来られましたな・・」
シャラは落ち着いた口調で、半分感心したように言った。
実際、いち早く宮殿を抜けると、飛ぶような早さでここまで来ていたのだ。
誰にも気づかれずに姿を消したと思っていたが・・追いつかれていたとは。
カンの方は息を切らしていた。
相手は少女を抱えているというのに、信じられないような早さで進んで行く。
思わず引き止めようと声を上げていた。
「い、一体、何のつもりだ・・!大事な姫さまをさらって行くとは・・!そ、それに、あの火事騒ぎはなんだ・・!婚礼の余興にしては、度が過ぎているぞ・・!」
カンは燃えるような赤い衣の様に目を奪われ、実際に火事が発生しているのに気づくのが、誰よりも遅れた。
不覚だった!
しかし、その後は直ぐにペルとシャラの姿が見えないことに気がついた。
ペルの言葉を思い出したカンは、すぐさま厨房脇のカラクリの二重扉から外に飛び出し、月光に輝く銀色の姿を追って来た。
「・・この可愛い姫君はもう婚礼の儀をすませ、我がシュメリアのもの・・。悪いようには致しませんよ。安全なところにお連れするところです」
そう言うと、シャラは視線をカンの肩越しに据えた。
カンも思わず振り返った。先を急ぐのに必死で、後を振り返っている余裕はなかった。
「・・あの火事騒ぎは確かに度が過ぎたようです。私としても非常に残念なのですよ・・。あの美しい館が火に包まれてしまって・・」
遥か後方に、夜空を焦がして燃え上がる宮殿が見えた。筒状の館はまるで大きな煙突のように上空に火の粉をまき散らしていた。
(一行は・・!)
その光景に、カンは焦って言った。
「とにかく、姫をすぐにこちらに渡せ・・!」
「ふふ・・それは出来ません。私はこの姫君を非常に気に入っているのでね・・」
館の炎上で落ち込んでいると思いきや、相手は余裕の表情で言った。
「それは、こちらも同じこと!姫は、私の大事なお友だち!」
違う表現を使うつもりだったカンは、非常事態に気が動転していたせいか、ペルの口癖を口走っていた。
「ハハ・・可愛いことをおっしゃる」
シャラは愉快そうに笑うと、そのまま踵を返して行こうとした。
大事な時に言い間違えて笑われた上、取り逃がしてはカンのプライドが許さない。
思わず剣を抜くと叫んだ。
「待て!」
シャラは無視して行こうとしたが、剣を抜いた相手、それも相当な剣の使い手カンに本気で掛かられるのも面倒だ。
片手をサッと上空に向かって上げると、暫くそのままの姿勢でいた。
長い銀髪に白い衣のスラリとしたその姿は、それ自体一条の光のようだった。
カンとしても、ペルを抱えたままの相手を下手に斬りつけるわけにはいかない。
身構え、相手の出方を伺ってジッと見据えていたカンの目に、次第にその光を浴びた姿が眩しく感じられた。
その時、シャラの腕がサッと下りるや、槍でも投げるようにそこから強い光が発してカンの目を射った。
「アッ!!」
一瞬の短い悲鳴を上げて、カンはそこに崩れ下りた。剣を落として両目を覆った。焼けつくような痛みが、両目を襲っていた。
その間にシャラは踵を返して、悠然と立ち去った・・。




