16 第四章 『婚礼の夜』 その1
『月の宮殿』に到着したシュメリア側の一行は、都の主神殿を預かる大神官バシュアとその配下の神官達がほとんどだった。
婚礼は、主神『月の神』の庇護を賜る地上の系譜、『月の王朝』に加わるという儀式を意味する。
そのため「婚礼の儀」は全て神官達が取り仕切り、王族が臨む慣例もない。
「これは殿下、奥方様。わざわざお出で頂くとは・・」
大神官バシュアは、ミタンの皇太子夫妻に、最高位の聖職者にしては親しげな面持ちでそう言った。
そして新郎である十才のデュラ王子は、また思わず目を見張るほどの美しい少年だった。
その亡き母后にそっくりだと云う専らの噂だったが・・后を失ったシュラ王が、募った厭世感から狂気とも思える生活に傾いたという噂も、あながち嘘でもないようだ。
「ペルさま・・今夜はお眠りになれませんか」
ペルの枕許で、乳母のレタが言った。
いつものように早めに床に着いていたが、確かに目が冴えていた。
「ペルさま、デュラさまは何てお美しいんでしょう・・正直ビックリしましたわ」
「・・レタ、私一人で大丈夫よ。もう眠るわ」
ペルはいつものように、宴会の末席に乳母を送るためにそう言った。
いつもよりおとなし気で、妙にその幼ささえどこかに消えたようだった。
そしていよいよ迎えた「婚礼の儀」の夕べ、宮殿の至るところに篝火が炊かれ、満月の夜に更なる夢幻の設えが現されていた。
美しい白い衣に身を包んだペルは驚くほど凛とした面差しを備え、つい昨日までのあどけない王女とは思えないほどだ。
「婚礼の儀」そのものは厳かだが短いもので、神官達が静かに唱和する中、大神官バシュアの「清めの儀式」から始まり、祝詞を唱え、新郎新婦が契りの神酒を交わして、しめやかに婚儀は終了した。
その間、スッポリと白いベールを頭から被り、同じ婚礼の衣を纏ってその前に控える二人は、デュラの面差しと華奢な体つきもあってか、まるで美しい少女が二人並んでいるようで、一見どちらが新郎新婦なのか区別がつかない。
その後、婚礼の酒宴に移ると、カンとダシュンの話から万一の場合に備え警戒していたミタン一行も、婚儀自体は無事済んだこともあって、やや安堵したのか、いつものように酒がすすんだ。
そしてめでたい祝宴ゆえか、今夜の美酒はまたやけに酔いが回るのが早い・・などと思っているうちに、赤い衣の一団が手を番えて祝いの舞踏を舞い始め、館の内外で一斉に踊りの輪が拡がった。
それにはミタン側ばかりか、居並ぶ神官達さえ驚きに目を見張っている。
酒席に侍る赤い衣達も皆、揺らめくように身体を揺らし、唱和が始まる。
そのうち一団は踊りながら廻り階段を上り始め・・更には外へと踊りつつ出て行き、また踊りつつ入って来る。
やがて・・途切れることのない踊りの列が館中を巡って増殖し、壁も床も階段も、内外の至るところが舐めるようにその赤色で染まって行く。
赤い衣の踊り手がこんなに大勢いる筈はないのだが・・皆、圧倒され声も出ない。
そんな群舞の熱気ゆえか、何やら空気が異様に熱い。
篝火さえ勢いを増し、ホールを取り囲む夫々の通路の辺りが異様に明るい。
そこもまた赤い衣で溢れているのかと眺めると、それにしては些か変だ・・熱気と酒の酔いでボーっとした頭を振ってよく見ると、それは赤い衣ではなく、輝くような火が勢いよく燃えているのだ・・!
その炎が今、一行のいるホールを包囲し、取り囲む放射線状の廊下から一斉に押し寄せて来ようとしていた・・!
「火事だ・・!!」
その声に神官達は直ぐさま一斉に大神官を取り囲んだ。
「猊下・・こちらへ!」
ミタンの賓客達も放って、何と火炎渦巻くそんな廊下の一つへと向かって行く。
動転して気でも触れたか・・!
「ミタンの御一行も、お早く・・!」
そんな声が聞こえたが、気がつけばいつの間にかホールの中には、そのミタンの御一行様だけが取り残されていた。
まだ周りで踊り続けている大勢の赤い衣・・と思われたものは、まるで手品のように全てが燃える赤い炎に変わっていた・・。
「殿下・・!」
「・・奥方様、姫さま!」
「こちらへ!」
「うわ・・開かない!!」
「ここもダメだ!」
「・・開かない!!」
「うわ、ここも閉まっている・・!」
外へ続く出入り口は、全て錠が下りたように閉め切られ、びくともしない。
「閉じ込められた・・!」
「何と・・!」
」




