15 第三章 『満月の宴』 その3
ダシュンは慌てて屋上に戻り、身を隠す場所を探したが、ない。
階段の出入り口付近の僅かな窪みに身体を押し込み、少しでも目立たないように土埃で汚れた上着を被ると直ぐに、踊りの一行が屋上に現れた。
皆、小声で何かを唱えるように歌い、手を番え、また放しては、満月の塔の上、篝火の照り映える池の周りで・・一晩中、巡りながら踊り続ける。
その時、揺らめく波のような謡の響きに身体中の筋肉が弛緩したのか・・その手が力を失い、一瞬覆いを取り落としたダシュンは、目の前いっぱいに拡がる光景に思わず目を見張った。
薄物の下に透ける美しい曲線を描く女達の肢体と逞しい男達の身体・・。露出した滑らかな手足・・それらがすぐ目の前で、まるで炎のように揺らめき・・廻り・・踊っている。
誰もダシュンのことなど目に入らないような陶酔した表情で・・唱え、その謡が生み出す波身を委ねて、炎の揺らめきそのものに変わっている・・。
眩しい日差しに目を覚ますと、そこはガランとして誰もいない。
いつの間にか、眠り込んでいたらしい・・。
(夢だったのかな・・)
ぼんやりとしながら・・塔の下やホールを覗いた。人っ子ひとりいない。
階段を下り、静かに館内を探るその動きが、自然に昨夜の踊り手達のように滑らかに舞う。
厨房を覗くと、大皿の上に昨夜の残り物らしい骨付きの肉と果物を見つけ、喰らいつく。
(美味い・・!)
表門の橋は沈み、小舟は全てこちら側の岸に寄せてある。この白昼の下では、昨夜の光景もにわかに信じがたい気になる。
今夜もまた同じことがあるのだろうか・・。
夕刻近く、ダシュンは再び塔に上り、池の一部が再び赤い色で染まるのを待ち続けていた。が、何も起こらない。
・・そのうち、すっかり日も暮れ、篝火もない無人の館内は静寂に包まれた。
巡る階段に沿って艶めかしい薄物を纏った宮廷の美女達が並ぶ壁の浮彫・・日中は見事な芸術的装飾に過ぎなかったものが、今、差し込む月光にまるで生きているかのように浮かび上がる。
その女達の目がジッと彼を見詰め、その口元が何かを語り出し、その腕がそっと伸ばされ・・そんな幻覚に、見入っていたダシュンは一瞬ゾクッとした感覚を覚えた。
その後、数日の間、ダシュンはまるで、その館の主になったような気分で過ごしていた。
そんなある夜のこと、階段脇の小部屋で眠っていると、夜半にふと目覚めた。夜はかなり冷える。
満月も過ぎた館内は、夜毎、暗さが増し・・それに連れ、浮彫の美女達がダシュンの気持ちを搔き乱す事も減った。
その時、どこからか呟くような声が聞こえて来た。・・確かに聞こえる・・。
ソッと起き上がると、物音をさせないよう戸口に近づいてみた。
「・・いよいよでございますね。魔月が近づいております・・」
「・・いよいよだ・・」
そっと覗くと、ホールの暗闇に何かが揺らめいている。
得も言われぬ恐怖に、思わず戸口にしがみ付いた。
「大丈夫でございましょうか・・」
「・・心配いらない・・ここが『月の塔』だと云うことは・・誰も知らないのだから・・」
翌朝、日が昇るなり長逗留の礼もそこそこに飛び出したダシュンは、来た時とは違って、驚くような早さでミタン目指して帰途に着いた。
「では、ここが、その『月の塔』なのか・・」
カンが言った。
「はい」
「・・しかし、池からあの赤い者達が出て来るところなど、もうかなりここにいるが見たことなどないぞ・・一度も」
「はい・・」
「しかし私も、あの者達は一体、昼間はどこにいるのかと思っていたが・・」
ここがその『月の塔』だとして、〝魔月〟とは何だ。
ダシュンが目撃したと云うその謎の人物が誰で、何を目論んでいるのかも分からない・・。
全ての発端は、大使ジュメの報告だった。
そのジュメの甥、コウは水辺で何かに襲われ、〝月の塔〟と云う謎の言葉を残して記憶を失った。
そして・・その謎の塔というのが、今、自分達が滞在しているまさにこの場所だと云うのか・・。
この宮殿の主は、シュラ王の従兄に当たるシャラ。
赤い者達が歓待していたと云う長い銀髪の人物は、どうやらそのシャラのようだが・・。
シュラ王御自身が訪れるのは稀だというが・・当主のシャラも、普段はここには住んでいないのか・・。
〝シャラさまはいつもお外よ・・〟
そうペルさまも言っておられたが・・。
では、水辺の噂に端を発した一連の出来事の謎を追っていたらしいジュメが・・何かを探り出し・・もしかしたら、そのために命を落としたのかも知れないことに・・この美しい宮殿、或いは『月の塔』の謎めいた当主は・・何か、関係しているというのか・・。




