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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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14 第三章 『満月の宴』 その2



「ペルさま、お部屋にもどってらして下さい・・」

 

 ペルは素直にその場を離れた。

 が、部屋に行くふりをしてそっと物陰に隠れた。

 

 こちら側に着いた男は、そのまま外壁に沿って歩き、脇の小さな出入口辺りに身を潜めた。

 男の行動からは、この館のことを良く知っているようすが窺える。

 カンもその出入り口に向かった。

 入って来た男が、隠れているカンの側を抜けた。


「キャッ!」


 その時、どこからか小さな叫び声が上がった。


「ペルさま・・!」

 

 一瞬凍りついたカンは、慌ててその叫び声が上がったところに跳び込んだ。

 男が小さなペルの口を塞いでいるのを見るやいなや、踊りかかって殴り倒した。


「ペルさま・・おケガは・・」

「だいじょうぶ・・」

 それから伸びている男を見て言った。


「かわいそう・・」

「ペルさまを襲おうとしたのですよ」

「・・ちがうのよ。隠れているのが見つかって思わずビックリして叫んじゃったけど、ペルの名前を呼んで、〝大丈夫です、助けに来ました〟って言ったのよ」

「名前を呼んだですって・・」

 カンは伸びている男を眺めた。


 鉄拳を食らって鼻血を出しているその顔は若く、纏う衣は埃だらけだった。


 ペルはどこからか水に浸した布を持って来ると、それでその若者の顔を冷やして鼻血を拭った。

 その感触に意識を取り戻したのか薄っすらと目を開けた若者は、そのまま小さな王女の介抱に身を任せていた。

 それから上半身を起こしかけたが、直ぐにまたガクッと床に寝転んでしまった。


「・・何者だ。どこから来たんだ」

 カンが尋ねた。

「・・ダシュン・・ミタンからです・・」

「ミタンだって?・・ダシュン?」

「はい・・カンさま・・」

「お前か、ハルが言っていたのは・・」 

「はい・・」



 ダシュンは『月の塔』の意味を探るため、各地の居酒屋に入り浸っては、その塔について知る者はいないか捜した。

 その内、シュラ王が建てたという、月の光を受けて輝く塔のような宮殿について話す者がいた。

 それが『月の塔』かどうかは分からないが、確かめるためにそこへ向かった。


 

 宮殿を取り巻く広大な原野は立ち入り禁止区域で、常に〝牙兵〟と怖れられる、騎馬兵達によって見張られていた。

 それも誰もいないと思われたところに突然、人馬の姿が現れ、無断で入った者達を一刀の下に下した。そのため、人影の絶えた荒野は獰猛な獣達の徘徊する場となり、その獣こそ、実は牙兵の正体だなどという噂が囁かれていた。 


 何日もかけてその危険な一帯を巡り、やっと宮殿を視界に捉えたものの、近づくのは容易ではなかった。


 ある日の午後、何とか宮殿に辿り着いたダシュンは、道に迷った旅人よろしく表門の重い扉を押した。

 辺りに人影は見えず、ひっそりとしている。

 ・・掛かっている橋を渡り、裏手の狭い戸口の扉を押してみると簡単に開いたが、館内はシーンとしている。廊下を抜け、廻り階段が巡る広いホールに出た。

 ・・誰もいない。

 次第に大胆になったダシュンは、階段を上り、塔の上に出た。

 

 陽は既に傾き出して、急に風が冷たく感じられた。

 そこから下を眺めた途端、吃驚して目を見張った。翆色の池の一部が真っ赤に染まっている。

 よく見るとそれは開閉式の出入口らしく、その池の下の階段から赤い衣を纏った者達が、まるで傷口から噴き出る鮮血のように次から次へと湧き出している。

 その群れがそのまま吸い込まれるように・・この館内へと入って来る様子にダシュンは慌てた。


 上から屋敷内の様子を覗くと・・下のホールでは、皆いっせいにテーブルを設え、美しい花を飾り、果物を盛った大皿を並べている。そんな赤い衣の様子は、まるで見事な群舞のようで、お互いに鉢合わせすることなく流れるように動き廻っている。

 ・・至る所に灯が灯され、どこからか楽の音も聞こえて来た。


 やがて全ての準備が整うと、赤い衣達は賓客の到来を迎えるようにホールの入口に列をなして並んだ。

 そこに美しい衣を纏った長い銀髪の人物が姿を現し、ゆったりと宴の席に着いた。

 赤い衣は、皆、揃ってその主賓に傅き侍り、料理を運び、酒を注ぎ、舞を舞う。

 ・・宴はその夜遅くまで続き・・やがて赤い衣が皆、手を番えて踊りながら廻り階段を上り始めた・・。




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