13 第三章 『満月の宴』 その1
翌日、シャラがどこへ消えたのか確かめるすべは・・と考えているカンの目に、思わぬものが入った。
いつもは沈んでいる裏門の橋が架かっている。堂々と渡って散策に出た。
ところが、ペルがついて来た。
「ペルさま、危ないですよ。何があるか分かりません。お館で遊んでいらして下さい・・」
「川まで行くんでしょう。わたしが教えてあげたのよ・・」
そんな小さなお友だちに中々抵抗できないカンは、ペルを連れて歩き出した。
周りを見渡しても、不意に何かが襲ってくるような場所もない。
川岸に辿り着くと、二人共座り込んで、ジッと水面を眺めていた。その水面は、どちらの方向へ流れているのか分からない程静かで、まるで沼のようだ・・。
しばらくして突然、カンは急激な眠気に襲われ、ゴロッと寝転んだだけのつもりが・・いつの間にか、まどろんでいた。
「カン・・兎がいるわ・・ 」
「・・兎・・?」
「ううん・・ 狐かな・・」
「・・狐?」
「ちがった・・狼だ・・」
「狼・・?!」
慌ててカンは飛び起きた。
「ふふ・・」
その声にまたからかわれたのかと思ったが、確かに向こう岸に大きな獣が一匹、座り込んでジッとこちらを見ている。機能的な体躯と精悍な面差しの美しい銀色の狼だ。
それは立ち上がると水面に近づき、ちょっと川の水に舌をつけて飲むと、そのままこちらに渡って来るような様子を見せた。
カンは慌ててペルの小さな身体を抱え上げると、そのまま一気に走り出した。
すぐ後ろに、大きな獣の鼻息を感じる。必死に走りながら、あわや襲われるといった感覚に思わず身を竦め・・ややあって振り向いたが、何もない。
ホッとして周りを見回したが、どこにも獣の姿はない。
やれやれ助かったと云う気持ちで、カンの首根っこに摑まっていたペルの背中を軽くトントンと叩いて下ろした。
「ペルさま・・もうだいじょうぶですよ」
すぐそこに宮殿が見えていた。
「カン・・どうして急に走り出したの」
「えっ、どうしてって、狼が追いかけて来たと思って・・」
「狼は、水を飲んでいただけよ・・」
「・・・」
その翌日も、カンは塔の上で銀板に彫刻をしていた。
「これは・・つばさ?」
「はい、そうですよ」
「一、二、三・・七つあるわ」
「七つの翼です」
「七つのつばさ・・?」
「ええ。レ二の伝説にある・・その加護を願う者が一番苦しい時には・・神の使いが、その七枚の翼を駆って救いに来るという。そんな我がレ二の神のご加護を、ぜひぺルさまの上にもと願いまして・・」
その彫銀細工がぺルへのお祝いと云うことは内緒にしていたのだが、毎日一緒に塔の上にいるのだ、既にばれていた。
ペルはそんな銀細工の進み具合を興味を持って眺めていた。
「これはどうやって彫ったの」
七つの翼に縁どられた中に変わった透かし模様がある。
「・・それは我が一族の秘伝ですので、ペルさまにもお教えできません・・」
そう言って微笑むと、カンは片目を瞑ってみせた。
ミタン軍閥の名門の出である父親の急逝により、軍人としての道を進むことになったカンだったが、少年期までは、古くからの良質な鉱物の産地として名高い『レ二の谷』で育った。
そのため幼少の頃より鍛冶の火を見て育ったカンは、時折、まるで吸い寄せられるように燃える炎を見つめている癖があった。
「・・この古文字の意味ですか・・それは婚礼の当日に結婚のお祝いとしてお教えいたします・・」
カンはちょっと間を置き、ややもったいを付けて言った。
いよいよ明日、シュメリアの婚儀の一行が到着する。
そのため仕上げに余念のないカンの側を離れると、ペルは周辺の様子を眺めた。
「カン・・」
暫くして、ジッと一ヵ所に目をやっていたペルが言った。
「カン・・あそこで何か動いてるわ」
「どこですか・・?」
カンも示された辺りをジッと見つめた。
「狼かしら・・」
「・・あれは・・誰か、人みたいですよ・・」
カンは独り言のように呟いた。
殆ど隠れるような場所もない茨の中を、まるで動物のように這って進んでいる。
しばらく眺めていた二人は、それからホールまで降りると、館に近づいて来たその人影の様子を覗った。
それは若い男のようで・・ソッと辺りを窺っている。
橋は沈んでいたが、池の中ほどに小舟が一槽取り残されたままになっている。
男は細い縄のようなものを解いて投げると、その先を小舟の舳先に当て・・ゆっくりと手繰り寄せはじめた・・。




