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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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12 第二章 『月の宮殿』 その3



 一行は今では暑い日中は眠り、日差しが傾き、涼しくなる頃に目覚め・・そして、目覚めたまま見る夢のように夜を過ごしていた。



 そんな日中、皆が眠りに就いている間、壁面の見事な浮刻を眺めながら塔への巡り階段を上っていたカンは、まるで無人の館に一人取り残されているような感覚を覚えた。

 初日に思わず息を呑んだ内装の見事さは変わらないはずなのに、人の姿が見えないだけで、まるで廃墟のようなこの空っぽな感じは何なのだろう。

 夜ごと屋敷を埋め尽くす赤い衣の姿もなく、まるでその気配すら絶っているかのようだ。


(・・まるで炎が鎮火しているようだな・・日中は・・)


 飛ぶことも、啼くこともなく、毎日同じように静かに餌を啄ばむ水辺の鳥達の動きさえ、何か機械仕掛けのような気がしてくる。


(それにしても・・メリスの王宮からの一行は、一体いつ来るのだ。もうとっくに到着してもいい頃ではないのか・・)


 そう思いながら、カンは塔の上に着くと辺りを見渡した。何もない・・。


(どうかしている・・一体なぜ、こんな人里離れた場所で王族の婚礼を執り行うというのだ・・)


 何故か急にひどく腹立たしさを覚えたカンは、そこにドッカリと腰を下ろすと、懐中から皮の小袋を取り出した。

 ここ数日、小さな二枚の銀の平板に細い針刀で彫銀細工を施していた。

 

 そうして一心に手先を動かしている内に・・先程までの不満げな気分もどこかに行ってしまった・・。



 その時、近くで物音が聞こえた。

 振り向くと、階段の出入り口から小さな女の子が姿を現した。


「ペルさま・・!」

 

 カンは吃驚して言った。


「おひとりですか・・?いけませんよ。おひとりでこんなところまで上って来られては・・危ないですからね」

「カンもひとりで上って来たんじゃないの」

 

 ちょっと不服そうに、可愛い声が言った。


「レタは・・どこにいるんです」

「お休みしてるわ・・」


 

 小さな王女のお昼寝に付き合って乳母のレタも眠っていた。もっとも今では皆、宮殿ごと眠っているが。

 目が覚めてしまったペルは館内を探索しているうち、階段を上るカンに気づいて付いて来たのだ。


 良い子のペルは一行が夜を徹して飲んだり遊んだりしている間に眠り、朝も一人でちゃんと起きている。

 乳母も何とか起きるがいつも眠そうで、昼寝の時間が来るとペルよりも早く寝入ってしまう。

 最近では朝もずっと眠っている日もある。


 しかし毎朝ちゃんとテーブルには美味しい朝食が用意され、身繕いのためのお湯もローブも用意されている。正直、ミタンの王宮での生活よりも至れり尽くせりだった。


「ペルさま、ここの生活は毎日いかがですか。お楽しいでしょう」

「・・う~ん・・」

 

 その口調に、カンは聞き直した。


「え・・楽しく・・ない?」

「・・楽しいけど・・」

「けど・・」

「みんなヘン。眠ってばっかり。お酒で酔っぱらってるのはわかるけど、起きてるのペルとカンだけよ。それに・・」

「それに・・?」

 

 ペルが言葉を切ったので、カンは促すように尋ねた。


「歓待して下さっている館の方々には、申しわけございませんが・・」

 

 八才ではあっても、ちゃんと一国の王女としての礼節はわきまえているところを示してから言った。


「赤い人たちもみんな・・何かヘン」

「・・なるほど」

 

 カンはちょっと考え込むように言った。


「・・カン、あの人たちどこにいるのかしら」

「誰です・・」

「赤い人たち・・どこにもいないわよ」

「どこかのお部屋じゃないんですか。こんなに広いんですから」

「でも、どこのお部屋にもいないわ・・」

「全部のお部屋を見られたんですか・・」

「ええ」

「エッ、ホントに・・!」

「ええ、ホントに」

「いけませんよ、そんなことなさっちゃ、淑女が・・」

 

 小さな王女の探求心と、それを裏づける行動力に感心しつつも躾上そう言った。


 そんなお堅いカンを、ペルは自分の〝お友だち〟として扱っていた。

 カンの方も、ちょっとオシャマで、非常に賢い小さな王女にこれまた弱かった。


「ノゾいたわけじゃないのよ、カンみたいに」

「わ、わたくしはそんなことは致しません」


 カンは慌てて言った。観察力もある。


「ふふ・・」


 八才の王女はくすぐるような小さな笑い声をあげた。


「じゃあ、ホントに、この屋敷には昼間いないんですね・・」

 

 日中、退屈したペルはいつも一人で広い館内を探索している。

 赤い衣の姿も見えないので自由にそこここを巡っているが、本当にどこにも赤い者たちを見ないので、却って興味を引かれ捜したが・・結局、どこにもいないという。


「シャラ様もですか・・」

「ええ、シャラさまはいつもお外よ」

「お外・・」


 早く床に就くペルは時々、夜中に目を覚ます。

 ホールからは相変わらず宴会の楽の音やざわめきが聞こえてくる。ペルはいつもその様子をちょっと覗く。皆、レタさえ赤い衣の男達に酌をされて酔っぱらっている。

 

 それから寝室に戻ると、窓から外を眺める。

 いつものように、シャラが屋敷から出て行くのが見えた。


 満月に至る夜毎、注ぐ月の光はその威力を強め、夜間でもハッキリと辺りを表す。

 長い銀髪の背の高いスラリとした姿が、その光を浴びて浮き上がる。池を渡り、川のある方向に歩いて行く。


 ペルの目は、吸いついたようにその姿から離れない。


 しかし、そのままずうっと見えていた姿が、突然、消えた。

 ・・輝く月光の下で、突然。いつものように・・突然。

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