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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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11 第二章 『月の宮殿』 その2



 以来、毎日、毎夜が、文字通り夢の生活で、ミタンの客人達にとっては驚きの連続だった。

 

 夜になると、辺りを埋め尽くす夜来香の白い花が一斉に開花し、馨しい香りに包まれる。夜空に煌めく満天の星さえもが広い天井を埋め尽くす美しい花弁のようだ。


 標高の高いミタンからの一行にとって、日中の焼け付くような陽射しはきつかったが、そんな夜の快適さはまた格別だ。


 夜毎、広い池に小舟を浮かべ涼しい風を受けて漂う。両岸に並ぶ篝火が水面に映え、居並ぶ楽士が奏でるは天上の調べか。

 薄物を纏って踊るは、天女の舞。宴の席には、山海の珍味、心蕩かすような美酒。

 料理を運ぶ男達、酒を注ぐ女達の日中は赤い衣の下に隠している肌が、皆、驚くほど明るい。


 ここが天国でなくて何処・・と、ミタンの客人達は思った。


「カン・・あなた、ミタン発つ前に何か言ってなかった・・もしかしてホントはここの事、よく知ってたんじゃないの」 


 バティはそう言ってカンをからかった。


 二人は士官学校以来の仲で、カンは剣の相手を務めることもあって、お気楽バティ殿下は、本当は正しく気骨あるミタンの王族だということを良く知っていた。

 そんなバティの戯言に、カンも半分笑いを浮かべて言った。


「いえ、まさかこのようなもてなしを受けるとは。それに、ペルさまもお楽しそうで・・」

「そうなの。舟遊びが気に入ったみたい。あの子の可愛い笑い声が聞けてうれしいわ・・」

 

 艶めかしい薄物を纏った美女達と戯れる父殿下や、これまたそんな女達に勝るとも劣らない男達の漕ぐ舟でたゆとう母ヒナを尻目に、この宮殿の主自らのエスコートでペルは毎夕、舟遊びを楽しんでいた。


「殿下、ペルさまはどうやら、この素晴らしい屋敷の主を虜にしているようですな・・」

 

 同行の家臣のひとりが、あながちお追従とも云えない様子でそう言った。

 バティ殿下も、愉快そうに軽口を叩く。


「ン、わたしの娘だからね。でも、お気の毒。ペルはすでに輿入れの最中なのよ」

「殿下も、そのことはお忘れではなかったようですね」

「たった今、思い出したわ・・」

 

 そう言って、バティはその家臣と大声で笑ったので、周りにいた者達は何事かと云うように振り返った。


「あなたのお父上は、きっと私たちの噂をしているんですよ」

 

 父親のバカ笑いに目を見張っているペルの耳元に、シャラはやさしい口調で囁くように言った。


「どんなうわさ?」

「・・でこぼこコンビだって」

「でこぼこ・・?」

「正反対ってことです・・」


「・・でも他の誰よりも、ペルとシャラさまは似てるわよ・・」


「そう・・どんなところが?」

「シャラさまとペルだけよ・・お酒飲んでないの・・」

 

 八才の少女の言葉に、宮殿の主の強い陽射しの下でさえ氷のような面差しが、一瞬上気したように見えた。

 それと同時に、時折色合いを変えるその磁力的な瞳が・・静かに揺らめいた。


 しかし、もう一人、お酒を飲んでいない人物がいた。カンである。

 正確にいえば、最初の頃は少しは口をつけていた。しかしその心蕩かすような甘やかな美酒に、反って妙な自重心を起こして控えていた。


「では皆様、お休みまで・・ごゆるりとお寛ぎ下さい・・」


 一行の晩餐が済むと接待は従者達に任せ、館の主はいつも頃合いを見計らっては席を立ち、どこかへ消えてしまう。或いは、いつの間にか姿が消えている。


 大事な客人達を預かっての連日のこの完璧な接待だ。早めに自室へ下がって寛ぐのかとカンは思っていた。


 が、シュラ王の従兄に当たると云う、その優雅にして不思議な主シャラはある夜、珍しく晩餐後の憩いの時間に、カンの近くに座って寛いでいた。


「・・ご滞在はいかがです・・ご退屈では・・?」

「何をおっしゃるのです。十分楽しんでおります。それに、こんな美味しい料理を頂いたことはございません。・・しかし、シャラ様、この素晴らしい料理の数々は一体どこから運ばれて来るのでしょうか」

 

 シャラはこともなげな表情で、奥の厨房の方を指さした。


「いえ、シャラ様。どこで採られたものなのでございますか・・。この宮殿の一番高い所に上って眺めてみても、近くには町も村も人の住むようなところは見えないのですが・・」

 

 実際、この陸の孤島の周りには畑らしきものさえない。


「すぐ近くを大河の支流が流れています・・。そこを行き交う舟から、各地の珍味が届きます」

「なるほど。私もその川は見ました。しかしこの間、暇に任せて実は半日ばかり塔の上からずっと眺めていたのですよ・・。しかし、小舟らしきものすら通らない・・それで、はてと思ったのです」

「毎日、通るわけではありませんよ。カン殿が偵察した日は、あいにく舟便の定休日だったのでしょう」

「なるほど・・」

 偵察・・と云う言葉を心の内で燻らせながら、カンは言った。


 カンもここでの優雅な毎日も悪くはないと思っていた。しかし元々は、士官として軍事的偵察に携わっていたカンは、長年の一種の勘のようなものだが、この魅惑の宮殿に他の一行の者達ほど安穏とした感じを覚えてはいなかった。


(夢の宮殿か・・本当に夢なら、いつか覚めるが・・)

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