008 猫の本能
「ゼウス、猫ちゃん本能の確認よ。あなたの考えを言ってご覧なさい」
「必要なのか?」
く、顔ができてからますます生意気になったわ。
「必要よ。いい、ここは未開の密林。秘境よ。そこを本能のままに行動するかわいいミドリちゃんが危険な目にあったら困るでしょう。だから、こうなりそうだと言うときに事前に回避できるようにしなければいけないの」
「ただの蔦だぞ」
「蔦でも猫の形をしていれば猫なの!」
「はー、わかった。いいか、おれの考えでは大きく分けて五つだ。狩猟、高所・狭所の選好、触毛による環境察知、グルーミングによる臭い消し、柔軟性だ」
「……ずいぶん詳しいわね」
「ふん、おれは神だぞ。ありとあらゆる情報にアクセスできる権限を持っている」
へー、今の顔いい表情ね。ちょっと凜々しかった。
「それなら、回避の方法も分かるわね」
「当たり前だ」
「そうねー、ならテストよ。狭所はきっと狭い場所の事ね。例えば、通れるかどうか分からないような洞穴に興味を持って走っているの、どう回避すればいいでしょうか」
「触毛がセンサーになる。いいか、あの細いタンパク質の集合体は、ケラチンという爪や髪の毛と同じ構造をしている。そして、根元の神経が超高性能なセンサーとして振動や空気の流れを察知しているんだ。だから自分の体が通れるかどうかを瞬時に判断できる。問題ない」
「なんか凄く難しい事を言っているけど、間違っていないような気がするわ」
「エニシ、概ね正解です」
あら、ロゼも納得なのね。ゼウスやるじゃない。
* * * * *
「ちょっと、どういうことよ。瞬時に判断できるんじゃなかったの」
ミドリちゃんが、鼠みたいな魔物を追いかけて巣穴に頭を突っ込んでいるの。
「肉食獣としての狩猟本能だ。一番強い性質だからこれは止められない」
「エニシ、かなり正解です」
く、ロゼもそう思うのね。
「ロゼ、この本能何とか抑えられないかしら」
「無理です。それが本能です」
だよねー、うん、知っていた。
「ロゼ、おまえの思念の方が本能よりも上位だ。力尽くで抑え込んでみろ」
「わかりました。やってみます」
「宿魂 我に従え」
あれ、大人しくなったわ。前足でひっかくのをやめた。
「できました。完全にわたしの意志に従います」
「うむ、じょうできだ」
あ、ゼウスの表情。弟子を思いやる師匠みたい。
でも、これで旅は快適になったの。
猫って凄い。
沼地だったら倒れている木の上をバランスよく歩いて渡っていく。
毒の棘がある草がたくさん生えている場所は、鋭い爪で木に登り枝から枝へ飛び移って回避する。
狭い木の間は、体が水のように柔らかくなってすり抜けていく。中にいるわたしはちょっと大変だったけどね。
夜は至福の時よ。日本にいたときは、野良ちゃん達をちょっと触らせてもらう位しかできなかった猫様とのモフモフタイム。
ロゼよ。あったかいの。柔らかいの。いい臭いなの。
ぎゅっと抱いて眠るの。幸せ。
ゼウスが言うには、第四権限の結界はこの世界では誰も壊せないらしい。つまり最強よ。
どんなに強い魔物がきてもへっちゃらだから朝までぐっすりよ。何て健康的なのかしら。
昼間はミドリちゃんががんばってどんどん進んでいく。
夜はモフモフタイム。
ああ、もう死んでもいいわ……あ、わたし、数万年は生きているんだった。どうしましょう。そんなに長い時間何をして過ごそうかしら。
それにしても、この密林って変わっているわね。
目的地に近づくほど、何て言うか空気が変わっていくの。ゼウスが言うには、魔素が濃くなっているらしい。
難しい事は分からない。でもね、魔素が濃くなると、魔物が強くなるんですって、まあ、わたしとロゼのコンビなら軽く追い払うことができるけどね。
植物も変よ。真色眼の赤点滅が止まらない。どんだけ強力な毒を持っているのよ。こんな場所に人が来られるわけが無い。
ここは、前人未踏の秘境よ。
こんな場所の奥地に何が待っているのかしら。
ふふ、ちょっとワクワクしている。
わたしって、こんな性格だったかな~。
目的地は分かるの。真色眼は、いつでも目的地にレーザー光線みたいな光を飛ばして方向を示してくれる。
天才君が考えた能力はやっぱりすごい。
500キロメートルというわたしにとっては遠いとしか言い表せない距離を6日で到着できそう。
まあ、2日ぐらいは猫の本能に振り回された日だったんだけどね。
「ゼウス、たぶんあと少しよ」
「うむ、あと53キロ235メートルだな」
く、正確ね。
「今日はここら辺で休みましょう。ミドリちゃんも疲れたと思うわ」
「蔦だぞ。たぶん疲れないぞ」
「いいのよ、雰囲気は大事。それにわたしはお腹もすいたしお風呂にも入りたいの」
「エニシ、なら私は夕食を獲ってくるよ」
「わかった。昨日の鼠みたいなの結構美味しかった。またいたらお願い」
「わかった」
行っちゃった。ふふ、うれしそう。
ロゼは素直ないい子ね。
さて、こっちはどうかしら。
「ゼウス、お風呂に入りたいな」
「またか、昨日も入っただろう」
「乙女は毎日入るの」
「そうなのか、面倒だな」
ふー、文句は言ってもちゃんと準備してくれるのよね。それに、表情があるから会話もはずむわ。ときどき、イラってくるけど、まあそれも楽しいかも。
「エニシ、準備ができたぞ」
「……」
「分かっている。目も耳も塞ぐ」
「なら良し」
さて、あれを使うわよ。
「神装力ミニ開放 神装結界『認識阻害』で発動」
ふー、これで安心。
昨日なんて、近くを大きな熊が通っていったけど全く私に気がついていなかった。この能力便利よ。
「ねえゼウス。目的地に何かいるのかしら。真色眼が変な色なの」
「ん、どんな色だ」
「虹色に輝いているの」
「……そうか、そこにいるのか……」
「え、何?」
「ああ、何でも無い。そこにいるのは尊い存在だ。敵では無い安心しろ」
「ふーん、まあいいわ。行けば会えるのね」
「たぶんな、呼びかけに答えてくれればだが……」
なんだろう、ゼウスが黄昏れている。
「美味しい。これ、何の鳥肉なの」
「名前は分かりません。でも、エニシが毒は無いと言ってくれたので調理できました」
ロゼって器用よね。爪が伸びて人間の手みたいに動かせるの。おかげで料理もしてくれる。助かるわー。
「ロゼ、明日は少し早く起きて進みましょう。午前中には目的地に着きたいの」
「了解しました」
ふふ、何が待っているのかしら、凄く気になるし、楽しみでもある。
* * * * *
「さあ、出発よ!」
「ロゼ、ダメだ。止まれ! 空に何かがいる」
え、何がいるの?
空にその子がいたの。
大きな羽を持つ馬が、空の上でピタッと止まったままじっとこちらを見ていたの。
わたしはあの子を知っている。
ペガサスよ。
次話投稿は明日の7時10分になります




