007 ゼウスの顔
「猫は薄明薄暮性よ。なら、きっと夕方になったら起きて動き出すわ」
「(エニシ、夜の密林は危険だぞ)」
「分かっているわよ。だから、そこを何とかするのがゼウスの仕事でしょう」
「(はー、まあいい。認識阻害を上掛けするか。それなら魔物達に気付かれないで動ける)」
「何よそれ?」
「(そこにいるのにいないようにしか感じない特殊な結界だ。第三権限以上の上位神にしか使えない仕様になっている)」
「それ、かなり便利ね。トイレが無いときに役立ちそうだわ。わたしも使えるの」
「(ミニ開放でなら使えるはずだ)」
「やってみる。神装力第三権限ミニ開放」
「(神装結界『認識阻害』で発動だ)」
「わかった。神装結界『認識阻害』発動」
……
「何が変わったの」
「(おれ達相手では効果が無い)」
「なんだ、つまらない。まあいいわ……しばらく暇ね。何しようかしら」
「私に提案があります」
「ん、何?」
「エニシの食事ですが、木の実だけでは物足りないのではないですか」
ん、そうねえー。確かにちょっと飽きてきたわね。
「うん、もっと別の物も食べたいかな」
「私が狩に行ってもいいでしょうか。肉を獲ってきます」
「え、いいの。お肉食べたかったの」
「はい、時間もありそうなので行ってきます」
あ、行っちゃった。
猫は肉食よね。なるほど、自分も食べたかったのね。まあ、確かに時間ありそうよね。いい気晴らしにもなるかも知れないし、任せたわ。
「ゼウスは何をして過ごすの」
「少しやりたいことがある」
「……面倒なことはいやよ」
「大丈夫だ」
やりたい事って何かしら? ちょっと気になるわね。
* * * * *
「エニシ、鼠を捕まえてきました」
「耳が長いわよ、うさぎじゃないの」
「エニシの森は平和なんですね。ここは危険な場所です。鼠も危険察知のために耳が大きくなったんだと思います」
う、正論ね。確かに日本は平和よ。
「わかった、ここは危険な森で間違いない。そんな森で狩りをしてきてくれたことに感謝よ」
「ありがとうございます」
「どうやって食べるの」
「私がお肉にしてもいいでしょうか」
「え、猫の手よね。できるの?」
「旅の神獣として爪が進化しました。自由自在に伸ばすことができるんです。エニシの手とほぼ同じ事ができます」
すごい、ゼウスが言っていた旅を便利にするための力に目覚めるってこういうことだったのね。
「なら任せる。私は魚を捌くぐらいしかできないの。私も見て覚えるわ。これから命をいただくために避けて通れない事よね」
ロゼの爪がシュルって伸びたの。まるで人の手みたいに器用に動く。
爪をスッと迷いのない動きで入れて皮を剥ぎ、肉と命をきれいに分けていく。
危険な森で生きてきた生命は筋肉をしなやかに発達させ引き締まっている。
「できました」
「鮮やかね。こんなに丁寧に素早くなんてわたしにできるかしら」
「エニシなら直ぐにできるようになります」
「ふふ、ありがとう。どうする、焼いて食べてみる」
「またにしましょう。この猫車がいつ起きるか分かりません」
あ、確かにそうね。いきなり起きて走り出すかもしれない。時間停止の収納があるから保管には困らないわ。
「わかった。収納しておくね」
収納っと、うん、消えた。
「ロゼは1回に寝る時間はどれぐらいなの」
「猫たちはだいたい90分ぐらいですね」
なら、そろそろね。
「エニシ、起きたようです」
凄い、時間ぴったりだわ。
「なら出発よ」
* * * * *
それから2回ぐらい猫車はお昼寝したわ。
うーん、いつまでも猫車じゃかわいそうね。名前を付けましょう。
緑色だから『ミドリちゃん』ね。
「エニシ、たぶんこれで本格的な眠りに入ります。明け方まで起きないでしょう」
「わかった、少しゆっくりできそうね」
油断はしないわよ。猫だもの気まぐれよ。
「(エニシ、質問だ)」
そー言えばゼウス、ずっと黙っていたわね。不気味だわ。
「なによ」
珍しいわね、感情波が乗っていない。
「(顔とは何だ)」
は、なに言っているのかしら?
「顔は顔よ。目と鼻と口があるのよ」
「(エニシが言った顔とはそれがあればいいのか)」
あー、そういうこと。
「だめよ、表情が必要なの。今怒っているのか、笑っているのか、悲しいのか、嬉しいのかをわたしが見て決めたいの」
「(表情が作れればいいのだな)」
「まあ、取りあえずそれでいいわ」
「(わかった。少し複雑な作業になるかもしれない。時間をくれ)」
「猫の1回の睡眠時間はだいたい90分よ。間に合いそう」
「(問題ない)」
何かしら、杖がほんわか光っているわ。
「(人間の表情は筋肉で作られている。顔面骨の上に表情筋が左右合わせて約60個。ならばそれを科学的に合成して貼り付ければいけるか……)」
ん、ゼウスの思考が直接脳に響いてくる。何か難しい事言っているわね。
「(骨格筋は骨と骨をつなぐが、表情筋は骨と皮膚を結びつけている。ならば皮膚を作らなければいけないのか。筋肉が収縮することで直接皮膚が引っ張られてシワや溝が生まれる。それが結果として表情になる。おお、生命とは案外複雑で難しい事をしているぞ。これはおもしろそうだ)」
喜んでいるようね。感情波はないけど何となく分かるわ。
「(眼輪筋、大頬骨筋、口輪筋、前頭筋、皺眉筋の形成、表皮を人間の皮膚に似せて分子構造の書き換え全てを3Dで作製と、これでどうだ)」
何しているのかしら、ゼウスの杖に変な模様が浮き出ている。あれね、人面犬とか人面魚みたいな感じよ。気持ち悪いわ。
「(エニシできたぞ!)」
「気持ち悪いわ。却下よ」
「(……)」
「(ならば、全て3DとAI合成でCG化する。地球の技術だが、この星の科学技術を進化させるわけではない。この程度なら問題ないだろう)」
うわ、なに、杖に変なモヤが浮かんでいる。幽霊が浮かび上がっているように見えるわ。いったいゼウスは何がしたいのかしら?
「(これならどうだ)」
「夜一人でトイレに行けなくなるわ。却下よ」
「(……)」
あら、ロゼも気持ち悪いのね。ヒゲが下がっている。
なるほど、もしゼウスが気持ち悪い顔しか作れなかったら、ヒゲとしっぽをつけてもらうことにするわ。それなら猫と同じように感情を表現できるわね。うん、名案よ。
「(く、ならば高次元の超技術を使うぞ。あの方もこの使い方なら許容してくださるだろう。)」
何かしら、ゼウスからものすごいオーラが立ち上っているように感じるわ。
「(『高次元の位相幾何構造』を使う。エニシの言う思考や感情を『ドーナツ』とする。そして、おれの杖である表面構造が『コーヒーカップ』だ。どちらにも丸い穴がある。これをどちらも同じ形と定義する。つまり、ドーナツをちぎらずにグニャグニャと伸ばしたり変形させたりすることで取っ手の付いたコーヒーカップの形にするという事だ。トポロジー構造は、表面の姿が変わっても内部の繋がりや性質のルールが保たれる状態だ)」
だめ、何を言っているのかさっぱり分からない。
「(おれの体は見た目は木だが、本質は『高次元の折りたたまれた超物質』だ。『高次元の位相構造』は3次元の理を無視して自由自在に性質や形を変形させられる。これなら、おれの内部の心情を瞬時に表面で感情として表すことができるはずだ)」
あれ、ゼウスがどや顔している。わかるわ、すごい!
「エニシ、どうだ!」
「合格よ、ちょっとむかつくけどね」
「そうか、合格か」
ふふ、ゼウスが笑っているわ。よく分かる。頑張ったわね。褒めてあげるわ。
「ん、エニシ。具合が悪いのか。顔が引きつっているぞ」
前言撤回よ、乙女心が分かるまで褒めない。
あら、ミドリちゃんが起きたようね。
「ゼウス、ミドリちゃんがお目覚めよ」
「……だれだ?」
「この子よ。全身緑色の猫だからミドリちゃんよ。かわいいでしょう」
何その顔、ぷっ、きっと呆れた顔をしたかったのね。間抜けな顔にしか見えないわ。
ゼウスはこれから感情表現の訓練が必要ね。いいわ、わたしがみっちりしごいてあげるわ。
次話投稿は明日の7時10分になります
《読者の皆様へ》
作中に登場する専門用語や物理・科学的な表現は、『多言語翻訳様』のシステム仕様によるものです。そのため、地球における実際の科学的定義や用語の解釈とは多少異なる部分がありますが「高次元翻訳の仕様」として温かい目でお楽しみください。
【位相】
物質やエネルギーが「どんな状態で存在しているか」という位置や相(属性)のことです。
【位相幾何構造(トポロジー構造)】
図形や空間を「伸び縮みさせても保たれる本質的な形」として捉える数学的構造。魔力や空間の歪みを解析する際、表面的な形ではなく「連続した構造の繋がり」を見るための理論です。
※ドーナツとコーヒーカップの例え参照




