005 旅の探求者
「猫ちゃんきれい」
「ありがとうございます。この姿になれたのは、エニシ様が探求者になってくれたからです」
「あーそう言えば、探求者って何かわたしよく分からないのよね」
ん、ゼウスが何か言いたそうね。
「(導く者の総称だ。本来なら救済という重要な使命もあるが、エニシの場合は単純だ)」
「……なんか、馬鹿にされている気がするわ」
「(まあ聞け、探求者になる者は神獣と運命的に出会う事になる。そして神獣はその者の深層心理に強く影響される)」
「深層心理ってなによ」
「(自分自身で自覚できない、心の奥底にある「無意識」の領域のことだ)」
「ああ、本性ってやつね」
「(厳密には違うがまあいい、そういうことだ)」
「いいのよ細かいことは、で、わたしの本性は旅がしたいってことなのね」
「(そうなるな、エニシは何かから逃げたかったのだろう)」
「日本にいたときならそうね。あの理不尽な場所には一秒だって居たくなかった」
「(エニシは無意識に自由を求めていた。それが旅をしたいという願いになり、神獣に届いたということだ)」
「わかった、なら、私はこの世界で好きに旅をしていいのね」
「はい、私もエニシ様と一緒に旅をしたいです」
「決定ね。私は旅の探求者、自由よ!」
「(ああ、おまえは自由だ。好きにしろ。それがあの方の願いでもある)」
「さて、そうと決まれば行き先を決めるわよ。まずは町よ。そこで石けんとシャンプーを買うわ」
なによ、ゼウスがまた何か言いたそう。でも、表情が無いのに何でわたしに分かるのかしら。
「(石けんはあるがシャンプーは多分無いぞ)」
「え、困るわ。ゼウス何とかしなさい」
「(……おれは魔法のランプから出る魔人かなんかか)」
「厳密には違うわね。どちらかというとドラ〇もんね。というか、よくそのお話を知っていたわね」
「(地球もあの方の管理区域だからな。それなりに知っている)」
「まあいいわ、でどうなのよ。できるの」
「(無理だな。ここの精霊ではまだ生成できない)」
「なによ、役に立たないわね」
「すみません、シャンプーとは何でしょうか」
ああ、この子のこと忘れていた。それにしてもきれいな毛並みね。どうやって整えているのかしら。
「ねえ、あなたの毛並みはどうやってその艶を維持しているの」
「私のことはロゼとお呼びください」
「わかった、ならわたしのことはエニシでいいわよ。で、ロゼ、その艶の秘訣はなあに」
「舌で舐めています」
「……そうよね。猫だもの。うん、知っていた」
しまった、ロゼは猫よね。猫好きの私としたことがなんたる不覚。
「はー、その方法は却下ね。わたしでは舌が届かないわ」
「もしよろしければ、私が舐めて整えることもできますが……私ではいやでしょうか」
幸せかも……。でも、嬉しくて死んでしまうわ。
「凄く嬉しいけど、流石にちょっと遠慮するわ」
「ですよね。獣の舌ですから不潔ですよね。すみません」
え、違うわよ。どうしよう。イカ耳!
「(ん、エニシにはご褒美のはずだぞ。何遠慮しているんだ)」
く、この杖どこまで私のことを知っている! その通りよ。
「(それとロゼよ、おまえは神獣だ。おまえの舌には治癒と浄化効果もある。傷、毒、呪い、あらゆる状態異常を無効化できる。さらに、クリーン効果もあるからシャンプーで洗うよりもきれいで清潔だぞ)」
「ゼウス、それを早く言いなさい。ロゼごめんね。嫌じゃないの、むしろ幸せなの。わたしの髪を舐めていいわよ」
ロゼが丁寧に私の髪を舐めてくれたの。私は、寝転がっているだけ。
あー、幸せ。天才君がいた神社の保護猫さんも、手は舐めてくれたけど、髪の毛はダメだったのよね。
あら、ゼウスがまた何か言いたそうね。
「何よゼウス。文句あるの」
「(いや、あまりにも気持ちよさそうだからな)」
「当然よ、猫ちゃんよ。神といっしょよ。アタナも後で舐めてもらいなさい」
「(いや、俺も一応第四権限の神なんだが……)」
「猫ちゃんはもっと位が高い上位神よ。ひれ伏しなさい」
「(……わかった)」
ずいぶん素直ね。まあ、分かったのならいいわ。
「すごい、ツヤッツヤよ! 日本のどの高級リンスよりも優れているわ。さすが猫ちゃん」
ふふ、おひげがピクピクしている。しっぽもビュンビュンよ。ご機嫌最高の時の猫ちゃんよ。
「(エニシ、一番近い町まで300キロメートルだが、どうする。本当に歩くのか)」
「それしかないんでしょう。歩くわよ。走るなんて乙女がする事じゃないわ」
あら、言い過ぎたかしら。落ち込んでいるように見える。
「(エニシ、おまえが探求者になったことで状況が変わった)」
うーん、どうかわったのかしら。
気になるけどこっちが先よ!
問題がひとつあるわ。
ゼウスって、ただの杖よね。ええ、どう見ても杖よ。神様が持っているようなありきたりの杖よ。
口も鼻も目もない。言葉は頭の中に直接響いてくる。でも、なぜか感情が伝わってくるのよね。
でもね、気持ちがわかりにくいのよ。断固抗議するわ!
「ゼウス、ひとつ提案があるのだけどいいかしら」
「(ん、なんだ、めずらしいな)」
「顔を作りなさい」
「(……言っている意味が分からないのだが)」
「怒っているのか、笑っているのか、悲しんでいるのかが分からないとやりにくいのよ」
「(それなら、人の感情に合わせた思念を乗せて念話を届けているぞ。それで伝わっているはずだが)」
く、そんな器用なことをしていたの。流石ね。でも却下よ。
「それじゃあダメよ。ゼウスの感情を私に押しつけているだけになるわ。私は私の感覚であなたの気持ちをつかみたいの」
「(……理解した)」
あれ、素直ね。調子が狂ううわ。
「(杖の表皮分子構造を変えて可変的に表情が作れるようにする。それで、私なりの感情を表してみる。ただ少し時間がかかる)」
言っている意味が分からないわ。でも、顔が作れることは分かったからそれでいいことにしてあげる。
それと、感情を乗せた思念なら『思念感情波』ね。うん、異世界っぽい言い方。気に入ったわ。
「ええ、それでいいわ。で、さっきの話しだけど、どう条件が変わったのよ」
「(旅の探求者は旅に特化した力が使えるようになる。そして、それは神獣も同じだ)」
「だから何よ」
「(旅ををするのに便利な力を使えるようになる)」
「例えばどんな力なの」
「(エニシ、おまえが旅をするなら何が必要だ)」
「そうねえ、まずは鞄かしら。それが無いと変よね。それと移動するときに使う乗り物ね。電車、バス、レンタカー、レンタサイクリングもいいわね」
「(ならばまず鞄を作ろう)」
ん、ゼウスが何か踏ん張っている。うんちかしら。杖でもするのね。
「うんちなの?」
「(違うぞ! 地下の情報根網にアクセスしているんだ)」
あはは、怒ったのね。顔があるともっと分かりやすいのに。
「(お、まだ繋がっている情報根が見つかったぞ)」
え、ゼウスが動かない。どうしちゃったの。
悲しみが伝わってくる。それと絶望もよ。
* * * * *
かなり長い時間が経ったわ。ゼウスは地面に突き刺さったまま動かないの。
ロゼありがとう。心配してくれたのね。大丈夫よ。
ロゼが額をこすりつけてくる。あたたかい。そして柔らかい。んー、いい臭い。お日さまの臭いよ。
「(エニシ)」
「ええ、何があったの」
「(まだ言えない。でも、この世界の旅は、おれ達が思っているよりも危険で大変かもしれないぞ)」
「そう、でも、大丈夫。わたしは逆境には慣れているの。何があっても絶対に前に進むわ」
「(そうか、ならいい。この世界の鞄の事が分かった)」
「どんな鞄なの」
「(地球にある鞄とそれほど変わらない。と言うよりも、この世界のあらゆる物が、地球の物と酷似している)」
「ふふ、なら、この星は地球の兄弟星ね」
「(いい例えだ。気に入った)」
「で、その鞄をどうやって作るのよ」
「(作りやすいのは籐だな。たぶん同じような植物がこの密林にもあるだろう。価値があるとしたら山葡萄の蔦になる。だが、これは相当熟練の技術が無いと加工は難しい)」
「ああ。それなら知っている。日本にいたときにその製品扱ったのよ。それに、仕入れ交渉で便利だったから、わたし、竹工芸技能士と古物商許可証の資格を持っているの」
く、あのアホ会社でいいように使われた結果よ。でも、異世界で役に立つとは思わなかったわ。結果オーライね。
「(どうする。どっちで作る)」
「決まっているわ、難しい方よ。山葡萄一択ね」
「(そうか、なら山葡萄を探すとするか)」
「ええ、ゼウス任せたわ」
「(……エニシが探すんだぞ)」
「……この広い密林でどうやってさがすのよ」
「(真色眼を使え。旅に必要な力をおまえのイメージで構築しろ)」
「ああー、なるほど。それが便利な力なのね」
ロゼは眠ったみたい。きっと疲れたのね。神獣でも猫は猫よ。1日16時間は寝なければいけないの。ゆっくりお休み。
どうせ作るなら、丈夫で長く使える鞄にしたいわ。一生物なら100年位かしら。
わたしが欲しいものだけを見つけてくれると便利よね。
「真色眼、銘柄指定『山葡萄』私が死ぬまで使える丈夫な蔦、発動」
ふふ、いつも適当な詠唱だけど、ちゃんと仕事してくれるのよ。便利な能力だわ。
あれ、いつもより時間がかかっているわね。100年位なら直ぐのはずよ。
……。
「(おいエニシ、ずいぶん時間がかかっているぞ。どんな設定にした)」
「私が死ぬまで使える丈夫な蔦よ。100年位だもの大したことないわ」
「(おまえはアホだろう。探求者の寿命は短くても数千年、エニシなら数万年は死なないぞ)」
「……数万年使える蔦を探しているのね。ははは、無理ね」
ピコン!
え、見つかったの。
「ははは、見つけちゃった。ここから500キロメートルぐらい戻った場所にあるわ」
「(ふー、どうする。行くのか)」
あれ、ゼウス、呆れてる感じではないわね。ちょっと嬉しそう。
「行きたいけど、密林の中を移動するのに数ヶ月かかりそうね」
「(あきらめるのか)」
「まさか、数万年持つ特別な山葡萄の蔦よ。ゼウスは気にならないの」
「(ものすごく興味があるな)」
「なら、根性で行くわよ」
「(そういうことなら、まず移動する乗り物から作るぞ)」
「どうやって作るのよ。流石に車を作る資格は持っていないわよ」
「(大丈夫だ、おれとロゼがいる)」
杖がどや顔をしたように見えたの。
ここは、密林のど真ん中。周りは空を突き破りそうな大木とそこに巻き付いた蔦が簾のように垂れ下がっている。
怪しい動物の声がそこらじゅうから聞こえてくる。
強い力を持った魔物がうろうろしている。
人がいてはいけない、そんな場所なの。
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