020 鼎・縁
エニシの辛い過去が語られます。苦手な方はご注意ください。
茅葺き屋根の家は何かの研修で『白川郷の合掌造り』を見学したことがある。わたしの知識はそれだけ。
あれは豪雪地帯だから急角度の屋根になっている。
「アルはん、この世界って雪は降るのかな」
「北の方はぎょうさん降るでー。ここらはあまり降らんな」
ここは降らないのね。なら屋根の角度は緩やかでいいわ。
「エニシ、甘いぞ!」
く、ゼウスね。また人の表情を読んだのね。
「何がよ」
「お前はここなら雪は降らない。角度は30度でいいな……と考えただろう」
30度なんて正確には考えていないわよ。でも、概ね正解よ。
「ええ、思ったわよ」
「エニシ、おれが何故車をバス型にしたと思う」
「車内が広い方が快適だからでしょう」
「うむ、それもあるが、車の中で泊まることを想定していないからだ」
は、ゼウスは何が言いたいのかしら?
「いいか、この家は旅でも使うぞ」
あー、どうやって運ぶのよ。
「重いわよ」
「ふん、エニシ、家を収納とイメージしてみろ」
こんなに大きなものできるわけないでしょう。まあいいわ。
「ふん、家を収納!」
……消えたの。目の前からあの大きな家が消えたの。
「エニシ、取り出し」
「……家を取り出し……」
出てきたの。あの大きな家が出てきたの。
「わかったか。この家は持ち運びができる」
……ヤドカリ君かカタツムリさんね。
「収納って凄く便利ね。もっと大きなものも収納できるのかしら」
「第四権限までの規制はかかる。だが、町1つぐらいなら可能だぞ」
そんな場面考えたくないわね。
「屋根の角度訂正。合掌造りでいくわ」
「ふむ、60度だな」
く、正確ね。
角度が急になったので、真ん中の柱の長さを延長する。
蔦ってこういう時便利よね。ただ続きを編んでいくだけでどんな長さにも調整ができる。
よし、こんなもんね。
屋根葺きはやったことはない。でも考えれば分かる事もある。
「たぶん下から茅を重ねていくんだわ。だって、その方が水が流れやすいもの」
普通は乾燥させるんだと思うけど、あの沼に生えていたのはもうカラッカラに乾いている。と言うよりも水をはじくから濡れていない。
「さて、お猿さんに変身ね」
「神装力開放『多言語翻訳様』対象『お猿さん』発動」
「ウッキー!(集合!)」
ドヤドヤと30匹のお猿さんがやってきた。
わたしの魔物との戦いを見たからか絶対服従の態度になった。まあそうなるわよね。
「ウキキキ、ウキーキキキ、ウキ?(こうやるの……わかった!)」
「ウキ!」
了解ね。
「ウキー!(はじめ!)」
お猿さんたちが束ねた茅を持って屋根に登り並べていく。なかなかの手際だ。
人手? はたくさんある。あっという間に屋根が茅で埋まった。
さて、問題は頂上部分なのよね。
どうしても合掌造りの上が思い出せない。
なら考えるしかない。
ここは茅が集まる場所よ。そしてここをしっかり処理しておかないときっと雨漏りがする。
考えられる方法は茅を重ねがけして補強する方法ね。でもそれだけだとたぶんダメ。
ん、そう言えばゼウスが車体のことで何か言っていたわね。
「ゼウス、あのバスの車体ってどんな蔦を使ったんだっけ」
「ん、『カーボン・ヴァイン』のことか」
それよ!
「それって、この屋根の三角の部分にかぶせるように作ることができるかしら」
「『棟』のことか。なら、ロゼに頼め」
く、そうとも言うわね。
「わかった。ロゼお願いできるかな」
「任せてください」
こうして、私達の家が完成したの。
* * * * *
家の外側はできた。内装はゆっくり楽しみながら進めていくつもり。
どんな部屋にしようかしら。凄くワクワクする。
今日もアルはんの根元で鞄作りよ。
「エニシはん、ここに来てどのぐらいになりはる」
「うーん、5ヶ月ってところかしら」
「ほなら、そろそろ旅の準備を始めた方がいいわな」
ん、どうして?
「冬が来る前に、獣人の町にいきなはれ」
「どうしてなの?」
「雪が降るとあの子達は外に出てこんようになる。誰もおらん町ではつまらんだろう」
そうなんだ。
「うん、わかった。ゼウスと相談してみるね」
「……」
ん、アルはんどうしたの?
「エニシはん、あんさんときどき辛い顔しはるやろ、何か心に抱え込んでいるとちゃうかい」
え、わかるの?
「うん、わたしが昔居た場所はね。すごく嫌な場所だったの」
「辛うことがあったんやね。どうやろか、わてに話してみなはれ。もしかするとすっきりするかもしれへんで」
あ、確かに。それに、アルはんになら聞いてほしい。
「うん、わかった」
「わたしが転生者だって知っているよね」
枝の先がホワッて光った。これはイエスね。
「私がいたのは、地球という星なの。たぶんこの星の兄弟星よ」
あれ、光らない。違うのかな?
「その星の日本という国でわたしは育ったの……」
そう、5歳までは普通の女子だった。
あれは5歳の誕生日のこと。みんなでドライブに行った。凄く楽しかった。
帰り道、道路工事で片側通行の場所があった。信号は赤。お父さんはハザードランプをつけて待つことにした。
その時よ、後からトラックが衝突した。後で分かったんだけど居眠り運転だった。
車は潰れて私たちは閉じ込められてしまった。窓は割れていて小さな隙間ができていた。
お兄ちゃんは眠っていた。お父さんもそう。
隣にいたお母さんも、わたしの呼びかけに答えてくれなかった。
車の外で「早く助けろ!」という声がしていた。
パチって音がしたの。ボワって火が出た。
わたしが覚えているのはここまで。気がついたら病院のベッドに寝かされていた。髪の毛が少し焦げて縮れていた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、どこなの?
いつまで寝てもお見舞いに来てくれなかった。
そして、廊下で看護師さんが話しているのを聞いてしまった。
家族は眠ったまま煙を吸ってしまった。
わたしを窓から助け出すのが精一杯だった……と。
家は3ヶ月前に新築したばかりだった。そこに、わたしの面倒を見るという名目で、お父さんのお兄さんが家族を連れて引っ越してきた。
初めはみんな優しかった。でも、数ヶ月した頃には、新しい兄と姉が意地悪をするようになった。新しいお母さんは見ているだけで止めてくれなかった。
新しいお父さんは古物商の経営をしていた。事業は行き詰まり借金もあったようだ。本当のお父さんに頭を下げているのを見たことがある。
わたしには両親の保険金がかなりの額渡る事になっていた。でも、まだ小さかったので、新しいお父さんがそのお金を管理することになったらしい。
新しいお父さんは、当然のようにそのお金を借金返済に使ってしまった。5歳のわたしは知らなかった。
家族には、わたしの本当のお父さんがお金を貸してくれなかったから事業が失敗したと話していたようだ。
だから、自分たちが貧乏になったのは私のせいになった。
いじめはエスカレートしていった。
新しいお父さんは、外向きは保護者として形だけは注意をしてくれていた。
でも、出張が多いのでほとんど家にはいない。
わたしは、いつの間にか押し入れで寝るようになった。
小学校、中学校は地獄だった。兄と姉が嘘を言いふらしてわたしを孤立させていた。
新しいお父さんの事業は息を吹き返し、だんだんと裕福になっていった。そのお金を目当てにこびを売る人たちがたくさん出てきた。
高校には行けた。でも、本当ならもっとレベルが高いところに行けたはずなのに、兄と姉がじゃまをして自分たちが通う高校に入学させられてしまった。
大学には行けなかった。推薦してもらえなかった。
就職は、内定をいくつかの会社からもらった。やっと、この地獄から抜け出せる。そう思った。
でも、兄たちが「給料はいくらだ」「家の手伝いがあるから残業はできないぞ」と会社に電話をしていた。
やがて、全ての会社から内定取り消しの通知が来た。
わたしは新しいお父さんの会社に入社するしかなかった。
でもね、わたしは適応力だけには自信があったの。それに根性もあったの。理不尽ないじめや嫌がらせには絶対に屈しなかった。
だからなんだと思う。兄たちがしつこかったのは……。
会社はそれなりに楽しかった。やりがいもあったの。わたしを気に入ってくれるお客さんもけっこういたのよ。
でも、兄たちはここでも卑怯なことをしてきた。
自分たちのミスを全て私のせいにしてきた。
そして、損害額はわたしの給料から天引きされていた。
新しいお父さんは気がついてしまったの。
わたしがミスをして大きな取引が失敗したら、その穴埋めはわたしに支払わせることができると。
つまり、わたしに渡るはずだった生命保険が無くなったことをごまかすことができるってね。
ふふふ、そこからはもう生き地獄よ。
わたしの唯一の楽しみは、笛杜神社の保護猫たちに会って癒やされることだった。
そこには天才君がいつもいた。
数百匹の猫の名前を全部覚えていて、1匹ずつに話しかけていた。
時々、高台から町を眺めながら横笛の練習もしていた。
わたしは石段で猫を撫でながらよく聞いていた。
彼は、きっとわたしのことをよく知らない。
よく来るどこかの会社員ぐらいにしか思っていいないはず。
でも、それでよかった。そこに行けば静かな心になれたから。
新しいお父さんが、とんでもないことをしようとしている事に気がついた。
わたし、そういうのを見抜く才能があったのかも。
唯一、わたしをひいきにしてくれていたあるお金持ちの方を騙そうとしていた。
そして、その責任を全てわたしに押しつけて、生命保険金のことを一気にチャラにしようという魂胆だった。
自分の事だけならまだ耐えられた。でも、あの優しい人たちが悲しい思いをすることには耐えられなかった。
ゆるさない!
「エニシはんは、その後どうしなはった?」
さっきから枝先の点滅がまぶしい。かなり興奮しているみたいだ。
「そんな悪いお人はお仕置きが必要やで」
枝がビュンビュン動いている。あぶない。
「その通りよ! わたしは根性と適応力で生き残ってきたのよ。仕返ししたに決まっているじゃない」
「ええで、ええで、それでええで! ほなそいつはどうなったんや」
「あいつはね、誰も信用していなかったのよ。なので、機密書類や貴重品が入っている金庫の暗証番号は誰にも教えなかったの」
「そうやろな、悪い奴ほどそういうもんや」
「でもね、いつも詰めが甘いのよ。自分も忘れないようにとこっそりメモを隠していたの」
「アホなんやな」
「わたし、いろいろな事を見抜く才能があったのよね。なんとなくだけど、そのメモの隠し場所が予想できたのよ」
「ほうかほうか、そんでどうなった」
「ふふふ、もちろん見つけたわよ。そしてね、騙すための書類は燃やしてやったわ」
「ほうかほうか、ようやった」
「もうひとつ、暗証番号も変えてやったわ」
「はははは、そら豪胆やな」
「今頃泣いているわよ。かなり大きな取引に必要な書類も入っていたからね。きっと、その事業は失敗したはずよ」
そう、大きな事業を2つ失敗した。
だからかなりの打撃を受けたはずよ、ざまあみろだわ。
「誰がやったかは分からへんな。痛快やな」
「いえ、防犯カメラがあるの。そこにバッチリわたしが写っているはず。もちろん、カメラに向かってあっかんべーをしてやったわ。ふふ、だから直ぐに追っ手がかかるはず」
「で、どないしたんや」
「気がついたら天才君がいる神社に来ていたの。そこからはゼウスに聞いて、わたしには記憶が無いわ」
「ほうか、ほうか、辛かったんやな。でも、大丈夫や、わてがおかあはんになってあげるさかい」
え、うれしい。
「なら、私は姉になりましょう」
はへ? ロゼ、いつからいたの?
「ボクは弟がいいかな」
え、フィリちゃんも……。
「ふん、仕方ない、おれは兄になってやる」
あれ、ゼウスもいたのね?
ふふふ、楽しい家族になりそうだわ。
みんな、ありがとう。うれしい!
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