014 フィリちゃん
南の世界樹の名前は『アルヴァニス』という。関西弁を流ちょうに話す元気なおばさんというイメージ。
そのうち「飴ちゃん食べる?」と言い出すだろう。
その『アルはん』が、竜人族というとんでもなく強い種族からみんなを守るために、今から数万年前に具現化したのが『ゼフィリア』ということらしい。
この森の夜は静かで長い。
空には見たことがない並びで星が輝いている。
地球でも灯りがない山の上なら無数の星々が輝いている。でも、この星の夜はどこの場所でも同じだろう。
その星を見上げながら、アルはんがこの世界の歴史や生活している種族のことを少しずつ話してくれる。
これはすごくありがたい。
この世界の様々なことを知らないと、きっとどこかでトラブルに巻き込まれることになる。
それは避けたい。
わたしは、ゆっくりと旅を楽しむの。
そう決めたの!
「で、ゼウスの言っていることは、フィリちゃんの体を小さくするってことでいいのかしら」
「ふん、そう言っているぞ」
ムッキィー! 顔があるからダイレクトで馬鹿にされていることが伝わってくる。
「どうやるのよ」
「いいか、この世界の魔物は万能魔素がイメージで具現化された存在だ。そして、神獣も基本の理屈は同じだ」
は、万能魔素ってなによ。魔素とどう違うのよ。
「万能魔素は、それ一粒があれば一瞬で魔物を具現化させてしまう超物質だ。宇宙のビックバンみたいなものだ」
ビックバンがわからないわよ。
「まあいい、詳しいことはまた、アルヴァニスにでも聞け。夜は長い、いい暇つぶしになるだろう」
なによ、でも、その通りよ。くやしいー!
「ゼフィリアは、アルヴァニスのイメージで具現化されている。そして、数万年の時間がそのイメージを強固に固定させてしまった。もはや、それを上書きすることは不可能だ」
ん、わたしが神装結界を自由に日本刀にしているのとは違うって事ね。
「ゼフィリアを『魔素の過飽和相転移と結晶化』で縮小させる。まあ、次元のコンパクト化みたいなもんだ」
く、わからないわ。
「分かりやすく言うと。存在の質量やエネルギーは変わらないまま、3次元世界に現れる見た目だけが子犬ぐらいのサイズにコンパクト化――まあ、相転移したということだな」
ザワザワ、大樹がビリビリ震えた。
え、なに。
「わかったで、超弦理論と余剰次元のミクロ化やな」
「正解だ」
アルはんが興奮している。いつも、わっははって笑っている姿と違う。なにかを納得してスッキリした顔している。
く、わたしにはさっぱりよ!
「では始めるぞ」
いいわ、好きにして。
「ゼフィリアという精霊の定義はそのまま固定する。おれの第四権限神装力で、内部の魔素密度だけを過飽和させる。それを次元ごとコンパクトに折りたたむ。つまり、相転移だ」
ゼウスの体がまた光り出した。
それが1つの帯になっていく。
帯は見たこともない記号や模様でできている。
それが、らせん状でゼウスの周りを回っている。
地面からでた光がどこかに吸い込まれていく。
フィリちゃんの体が光り出した。
同じような帯がフィリちゃんを包んでいく。
きれい。
フィリちゃんが、丁寧にラッピングされていく感じよ。
誰かへのプレゼントね。
ああ、そう言えば、わたしプレゼントって5歳の時にもらったのが最後だわ。笑っちゃう。
ふふ、猫とは言わない、でも、かわいいぬいぐるみが欲しかったな。
だめ、上を向かないと涙が流れそう。
「エニシ、両手を出せ」
は、なによ。
よく分からないけど、ゼウスはいつも間違わない。
わたしは、両手を空に掲げたの。
すると、ラッピングされた何かが空間から湧き出てきたの。
なに?
それが、わたしの腕の中に飛び込んできた。
「ぴきー、エニシこんにちは」
わたしの腕の中に、ぬいぐるみがいたの。
羽が生えた馬のかわいいぬいぐるみ。
え、もしかして……
「ボクはゼフィリア、フィリちゃんと呼んでもいいよ」
……
かわいい!
わたしは、ぎゅっと抱きしめた。
あたたかい。
足元に何かを感じた。
ロゼが頭をこすりつけている。
ふふ、かわいい!
「エニシ、モフモフのプレゼントだ」
ゼウス、優しい顔。
「ありがとう」
「エニシ、ゼフィリアミニの言葉はどう聞こえている」
まあ、確かにミニね。でも、ゼウスはもっとかわいい言い方できないのかしら。
「そうねえ、小さな子どもが喋っている感じかな」
「やはりそうか、それは多言語翻訳様の影響だ」
え、そうなの。
「どうする、調節はできると思うぞ」
え、いやよ。このままがいいに決まっているじゃない。
「このままでいい」
「そうか、ならいい」
翻訳様が小さなかわいい姿に合わせて変換してくれているってことね。気が利くじゃない。
ザワザワとまた音がする。アルはんね。
「ゼウス、ゼフィリアの能力はどうなりまっかいな」
「大丈夫だ。定義は元の姿のゼフィリアだ。姿が相転移しただけだから、力はそのままだ」
「ほうか、なら安心やな」
そうよね、弱くなったら森を守れないもの……え、ちょっと待ってよ。
「ゼウス、フィリちゃん、元の姿に戻れるのよね」
「ん、しばらくは無理だぞ。そのイメージがある程度馴染むまでこのままだ」
嫌な予感がするわ……。
「ちなみに聞くけど、ある程度って、どの程度よ」
「うーん、数千年って所かな」
なんですとー!
「ちょと待ってよ、この森を守る神獣がぬいぐるみでいいの!?」
「……あ、い、いいんじゃないかな。力はそのまんまだし……」
わたしとゼウスは、そーっと、アルはんの方を見たの。
ザワザワザワ、木が揺れていた。
大木が、ブルブルと震えている。
周りの空気がビリビリと緊迫してくる。
幹に浮かんだアルはんの顔が歪んでいる。
やばい! きっと怒っている……どうしよう。
ゼウスにも分かるのね、顔が引きつっている。
すごい、そんな表情ができるようになったんだ。
って、褒めている場合じゃない。どうやってあやまろうか。
「ぶわっははははははー!」
葉っぱが雨のように降ってきた。
大地が揺れている。
「数千年このままかいな。あははは、おかしい! 森の守護者がこの姿でっか」
え、笑っている。
「ははは、涙が出るほどおかしいっちゅうのは、こういうことかいな!」
「さて、困ったねぇ。その姿では竜人族に舐められてしまうねぇ」
アルはんが何かを考えていた。
「ゼフィリア、選びなはれ、その姿でこの森の守護者を続けるんか、エニシはんと一緒に旅に出るかをな」
え……。
「アルヴァニス様、ボクの気持ちはね。エニシと一緒に旅に出たいだよ」
「ほうかいな、ええで、いってきなはれ! わてが目覚めたんや、この森の守りはなーんも心配あらへんで!」
え、いいの。フィリちゃんと一緒に旅ができるの。
「エニシと一緒にボクも旅がしたい。いいかな」
いいに決まっているじゃない。大歓迎よ!
わたしは、返事の代わりにぎゅっとフィリちゃんを抱きしめたの。
「エニシ、予定通りだ。よかったな」
ゼウスがホッとした顔でそう言った。
「……ほんまかいな」
次話投稿は明日の7時10分になります
《読者の皆様へ》
作中に登場する専門用語や物理・科学的な表現は、『多言語翻訳様』のシステム仕様によるものです。そのため、地球における実際の科学的定義や用語の解釈とは多少異なる部分がありますが「高次元翻訳の仕様」として温かい目でお楽しみください。
【万能魔素】
いかなる属性や現象にも変化できる、すべての物質とエネルギーの起源となる純粋な魔素のことです。
【ビッグバン】
宇宙が誕生したとされる超高温度・超高密度の大爆発。この世界では、莫大な万能魔素が一気に解き放たれた瞬間でもあります。
【魔素の過飽和相転移と結晶化】
空間に溢れすぎた魔素(過飽和状態)が、耐えきれなくなって一気に別の状態へと相転移し、固体の「魔石」や「結晶」として固まる現象。
【次元のコンパクト化/超弦理論と余剰次元のミクロ化】
私たちが認識できる3次元(縦・横・高さ)以外の「隠された次元(余剰次元)」を、知覚できないほど極小のサイズに折りたたんで丸めてしまうこと。高次元の力を小さな世界に収めるための物理理論です。
【超弦理論】
すべてのものは細かく分割すると最終的にごく小さな「ひも」にたどりつくと考える理論です。




