012 多言語翻訳様
「エニシ、多言語翻訳君は『概念深層ディープラーニングと波動同調理論』を使っている。個体ごとの概念つまり名詞を探知し、動作を現す動詞、感情の波長や形を表す形容詞を0.01秒でディープラーニングしているのだ。いいか、言葉を翻訳するのではなく、相手の頭の中にある『イメージと感情』と言う概念をエニシの言語空間にダイレクトに出力しているのだ。どうだ、この超技術すごいだろう」
は、何を言っているのかさっぱりだわ。
「難しい理屈は置いといて、結局どう変わったのよ」
「……ふん、まあいい。いいか、相手の脳内イメージに依存するから一番馴染んだ言葉で翻訳変換されてしまう。だから、翻訳プロトコルのアルゴリズムを書き換えた。『生体信号と概念』の直結だ。言葉とは、概念を音に変換した単なる圧縮データーだ。個体だけではなく周りの空間信号すべてで解析し最適化して出力するようにしたのだ」
は、やっぱり何を言っているかさっぱりだわ。
「だからどうなるのよ」
「その場所で一番使われている標準的な言葉で変換されるようになる」
「それ、いいじゃない。採用よ!」
ふふ、嬉しそうな顔。まあ、頑張ったから褒めてあげるわ。
「仕様はそれだけではないぞ」
ん、まだ何かあるの?
「動物の鳴き声の周波数だけでなく、尾の振幅、瞳孔の収縮、脳波のパルスを解析して『概念の元データ』を抽出する。つまり、奴らが『腹減った』と概念した瞬間に、エニシの脳へダイレクトにそのイメージを流し込んでいるのだ」
は、それって、動物と話ができるってこと?
「動物と会話ができるの?」
「いや、人間の言葉で話をするわけではない。ただ、何となくイメージとして伝わるだけだ」
「それでも凄いわ。ゼウス、お手柄よ」
ふふ、犬ならしっぽを振っている場面ね。凄く嬉しそう。
「エニシ、早速使ってみろ」
「わかった」
ロゼとはもう話せるのよね。フィリちゃんも同じ。
「エニシ、そこにまだ残っているのがいる。そいつで試してみろ」
あー、犬系ね。
「どうやるのよ」
「神装力ミニ開放『多言語翻訳様』と言った後、対象を指定して発動させればいい」
案外簡単ね。
「神装力ミニ開放『多言語翻訳様』対象『犬型』発動」
わたしの体がポワって光ったの。
体がむずむずする。
何かが生えていくのが分かる。いったい何が起こっているの。
あれ、ロゼが不思議そうにわたしを見ている。
「エニシにしっぽが生えました。耳もです」
なんですとー!
「ゼウス、どういうことよ」
「いや、そうなるとは思わなかった。だが、うむ、理屈は合っている。その個体の環境と同化だ。同じコミュニケーションツールが備わるのは当然だ」
く、なんてこと。
「ゼウス、お手柄よ。夢が叶ったわ!」
「……」
「そうか……いや、喜んでくれておれも満足だよ」
* * * * *
「ロゼ、フィリちゃん、始めるわよ」
「神装力ミニ開放『多言語翻訳様』対象『鳥型』発動」
体がほわっと光って、羽とくちばしが生えてくるのが分かる。むずむずするの。
「羽は生えるけど、飛べないのよね」
「エニシには羽を動かす筋肉が無いからそれは仕方ないぞ」
「わかっているわよ」
ほんと、余計な一言が多いのよね。ゼウスは……。
それと、くちばしの時はご飯は我慢ね。きっとこぼすわ。
「(みんなあつまれー)」
ピロピロピロー!
わたしの思念波が森に伝わっていく。
集まってくるのは鳥型だけ。他の種族には伝えられない。
わたしから山葡萄の実をもらうことができた動物たちは、南の世界樹の思念波に気がついた特別な力を持った者のみ。
なので、わたしの思念波にも気がつける。
「かなり集まってきたわ」
「エニシ、こいつらを集めてどうするつもりだ」
「ふふ、探してもらうのよ。わたしが求める蔦をね」
「……無理だと思うぞ。複雑な指示は理解できないはずだ」
ふふふ、ゼウスの感覚ではそう考えるわよね。
でも、わたしの適応力を舐めないでもらいたいわ。
さて、始めるわよ。
「ピロー!(わたしを見ろ!)」
ピロ!
「凄いです。みんなが一斉にエニシを見ました」
「ピロリ!(これだ!)」
蔦を見せたの。
「ビロビロ ピロー!(探せ 行け!)」
鳥たちが一斉に飛び立ったの。
凄い風が起こり、抜け落ちた羽が空に舞い上がっている。
びっくりした他の鳥たちもつられて舞い上がる。
空が暗くなるぐらい鳥で埋まっている。
やがて、バラバラと違う方向に飛び去っていき、空に光が戻ったの。
「エニシよ。おれは相手のイメージが伝わるだけの仕様にしたと思ったんだがな、伝えることもできたのか」
「だって、人に伝わるんでしょう。なら、動物だって同じよ」
「……確かにそうだな。エニシ、お前の思考は自由だな」
ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ。
鳥たちが蔦をくわえて戻ってくる。それを受け取り、森で獲れた小さな山葡萄を一粒手に乗せるとそれを嬉しそうにつまんで食べるの。
うーん、かわいい。
頭を撫でてあげると、クリッと首を動かしてからパタパタと羽ばたいて森に帰っていく。
おつかれさま。
「この子で最後かな」
大きな鳥さんが、ずっしりとした蔦をくわえてよたよたしながら戻ってきた。
ありがとね。
山葡萄の実を手のひらに乗せると、ピロッと鳴いて美味しそうにほおばっている。
そして、ねぐらに戻っていった。
「ふぅー、これからが大変なの。この蔦の仕分けをするわよ。さあ、みんな作業開始よ」
といっても、わたししかできないんだけどね。
ロゼが蔦を運んでくる。それを見た目で分けていく。
山のように積み重なっていた蔦は、だいたい30種類ぐらいに分類仕分けができた。
さて、今日はここまでね。
「明日は、どんな風に利用できるか調べるわよ」
「エニシ、この方法を誰に教わった」
「ああ、天才君よ。『環境と植物生態』市民講座の講師だったの。時々わたしも参加させてもらっていたの」
「なるほど、あの基礎研究者の仕事か。丁寧だな」
「ええ、本当なら大きな研究所のエリート研究者にもなれたはずなのよね。本人は面倒くさいと言って嫌がったみたい。彼の姉が愚痴をこぼしていたわ」
そうなのよ。彼も天才なのに虐げられてきた人。
「さて、明日から忙しいわよ」
こうして、わたしの南の森での生活が始まったの。
次話投稿は明日の7時10分になります
《読者の皆様へ》
作中に登場する専門用語や物理・科学的な表現は、『多言語翻訳様』のシステム仕様によるものです。そのため、地球における実際の科学的定義や用語の解釈とは多少異なる部分がありますが「高次元翻訳の仕様」として温かい目でお楽しみください。
【概念深層ディープラーニングと波動同調理論】
概念深層ディープラーニング: 単なる「単語の置き換え」ではなく、相手の思考の根本にある「概念(意味)」そのものを深層学習して理解するシステムです。
【翻訳プロトコルのアルゴリズム書き換え】
未知の言語や概念に遭遇した際、翻訳システムが自らプログラムの解析手順をリアルタイムで再構築・修正することです。
【生体信号と概念】
脳波や心拍などの「身体が出すシグナル(生体信号)」と、頭の中で描いている「イメージや思い(概念)」を組み合わせて解析することで、言葉を超えた完璧な意志疎通を可能にしています。




