010 南の世界樹
大きな木が目の前でバチバチと光っている。怒っている感じではない。むしろ喜んでいるようにも見える。
その木には、太い蔦が図々しく巻き付いている。かなり高いところに葡萄が山のように実っているのが見える。
美味しそう……あ、いけない、今はそれどころではない。
直接脳に語りかけてくると言う事は、この声の主は目の前にいる南の世界樹で間違いないはず。
そして、ゼウスと同じ『神様』ね。
うん、ゼウスと違って何となく貫禄があるわ。
さて、どうしましょう。なんと言って答えるのが正解なのかしら。
私が話す言葉は、相手の一番なじみのある言語に自動翻訳されてしまう。また、勘違いされそう。でも、今は仕方ないわね。
「私の名前は『エニシ』旅の探求者よ」
「(……懐かしい思念の波長だ。エルフか、久しいな。あの天災の中よくぞ生き伸びた。おまえ達がいなくなってからのこの森は、柔らかな歌声が響かなくなってしまった。そして、永き時を隔てまたこうして声を聴けるとはな。嬉しく思うぞ)」
あーやっぱりね。壮大な勘違いをされてしまったわ。
ゼウスーぅ、たすけてー!
「ふむ、多言語翻訳君の仕様は少し改善した方がよさそうだな」
「エニシ、ご苦労。後は、任せろ」
ゼウス、いい顔しているじゃない。ちょっと見直したわよ。
「(南の世界樹よ。目覚めたか)」
「(……なんと、これは驚いた。第四権限か。同胞に会えるとは今日は何という吉日だ)」
「(記憶はどこまで保持している)」
「(ちょっとまて、今検索する)」
「(約3万7千年前ぐらいからの記憶が欠落している)」
「はい、大地が全て氷で覆われた頃です」
ペガサスが言っているのはきっと氷河期の事ね。
「なるほど、氷河期か」
ふふ、当たり。この星でもあったのね。
「(その思念波は、ペガサスか)」
「(はい、ゼフィリア・テオ・ヴェイラスでございます)」
「(……息災であったか。我が友よ)」
「(……はい、はい、息災でございます。皆が主のお目覚めをお待ちしておりました)」
「(現状が知りたい。教えてくれるか)」
「(大変長くなりそうです)」
「(ふふふ、時間はたっぷりあるぞ、心配するな)」
ちょっとまって、冗談じゃないわ。数万年規模のゆっくりなんて待っていられないわ。
「南の世界樹さん。申し訳ないんだけど私達は急いでいるの。こっちの用事を先に済ませてもいいかしら」
「(……エルフよどうした、数万年の時の流れで性格が変わったのか)」
「(南の世界樹よ、そいつはエルフではない。人間だ)」
「(……)」
「(えーい、面倒だ。おれが情報根網に残っていた記憶をすべてインストールしてやる。ついでに、おれみたいな会話スキルも授けてやる)」
「(よく分からないがそれが最善の気がする。お願いできるか)」
「(お前の情報根に直接アクセスするぞ。いいか)」
「(問題ない)」
あ、あれね。うんちスタイルね。
「エニシ、違うぞ!」
「……何でわたしが思っていたことが分かるの。もしかしてのぞきかしら。いやらしい」
「違う! お前の顔を見れば分かる。顔に書いてあるぞ」
なんと、ゼウスったら進化しているわ。
「(よし、届いた。光ケーブルと同じスピードだが1本では時間がかかりすぎる。地中に張り巡らせている全ての情報根にアクセスして一気に情報を流すぞ)」
「エニシ、それでも数時間はかかる。何しろ3万7千年分の『全方位の高密度五感データ』だからな」
「(なるほど、約32.4エクサバイトだな)」
「(正解だ)」
なによ、2人で……いや木だから2本ね。2本で盛り上がっているわ。
「(世界樹さん、どうせ暇なんでしょう。体に巻き付いている迷惑な蔦を処分してもいいかしら。ついでに実も回収したいんだけどいいかな)」
「(ああ問題ない。私が目覚めたということは、これから幹が膨張していく事になる。この蔓もいずれはち切れ粉々になってしまう)」
ふふふ、ならば、遠慮はいらない。全て回収よ。ホクホクだわ。
「ねえ、ペガサスさん」
「何でしょうか、それとこれからは私のことは『フィリア』と呼んでください」
「分かった、『フィリちゃんね』。わたしは『エニシ』でいいわよ」
「……はいエニシ、お好きなように呼んでください」
「で、フィリちゃん。高いところにある蔦や葡萄の実を全部回収したいの。手伝ってくれる」
「わかりました」
「エニシ、私が爪で蔦を回収します」
「ロゼありがとー。任せる。あ、蔦はできるだけ長く切ってもらえるとありがたいかな」
「任せてください」
「エニシ、背中に乗ってください。私は風の大精霊に命令ができます。重力の影響を受けません。空間を自由自在に動くことができます」
「便利! 大きなドローンみたいな感じなのね」
ふふふ、一度やってみたかったのよ。ドローンに乗って自由自在に空を移動するの。アニメみたいだわ。
フィリちゃんは本当に優秀よ。私が思念で思った方向にスーって動いてピタッと止まるの。ガクンていう衝撃もないの。
きっと、コーヒーがなみなみと入っているカップを持っていても一滴もこぼれないわ。
葡萄の実は全部収納にしまうから何年でも傷まない。時間停止って反則よね。
遠くから見たら普通の大きさに見えたけど、近くで見たらまるでりんごよ。そう、一粒がりんごくらいの大きさなの。
それが数え切れないぐらい実っているのよ。
数百年食べ続けても絶対に食べきれない。
ロゼは1人だけど大丈夫なのかしら。
巻き付いている蔦の先を見た。
ロゼの姿は見えない。でも、蔦が切れて下に落ちていくのが見えた。
見えないような速さで動いているのね。すごい!
うん、問題なし。
さて、問題があるとしたらこっちね。
「はー、まだまだ、実っている。ずっと上まで続いている。これじゃー、全部回収するのに何ヶ月もかかりそうね」
「(エニシ)」
ゼウスね。めずらしい。思念感情波だわ。
「(何よ、わたしは今忙しいの)」
「(真色眼の応用だ。『銘柄指定収納』で一気に終わるぞ)」
「(……それを早く教えなさいよ)」
く、そんな隠し機能があったのね。さすがは天才君よ。
「真色眼銘柄指定『山葡萄の実』」
あ、すごい、青色の光が世界樹の枝に灯ったみたいに光っている。
「えーと、これを収納すればいいのね」
(全て収納よ)
……。
一瞬ね。全部無くなったわ。
「フィリちゃん。作業完了よ」
「降下します」
「エニシ、蔦も収納してください。だいたい切り分けてあります」
ロゼの仕事も早いわね。完璧よ。
「わかった、銘柄指定『山葡萄の蔦』全て収納」
ははは、一瞬よ。全部無くなったわ。
「エニシ、こっちも終わりだ」
あ、ゼウスが疲れた顔をしている。珍しいわね。
「もう直ぐ南の世界樹に顔が現れるはずだ」
へー、どんな顔かしら。きっと、皺だらけのおじいさんね。
あ、木の表面がウネウネ動いている。
「なーんと、これがリアルの世界かいな。おったまげたわー」
は、どこの大阪おばさん。
「みんなぁぁぁぁー、わては、目覚めたでぇぇぇぇぇぇぇー!」
凄い衝撃波が森中に広がっていく。
蔦がビリビリと揺れ、種をつけた草の穂が一斉に同じ方向に頭を垂れる。
びっくりした鳥たちが、一斉に飛び立っている。
大地が揺れた。
そして、波が去った後の森には静寂が訪れた。
とても不思議なことが起こったの。
森の奥から、たくさんの動物や魔物達がぞろぞろ現れて、みんながエジプト座りをしたの。
そして、南の世界樹をじっと見つめているの。
たくさんよ、数え切れないのよ。
次話投稿は明日の7時10分になります
《読者の皆様へ》
作中に登場する専門用語や物理・科学的な表現は、『多言語翻訳様』のシステム仕様によるものです。そのため、地球における実際の科学的定義や用語の解釈とは多少異なる部分がありますが「高次元翻訳の仕様」として温かい目でお楽しみください。
【全方位の高密度五感データ】
視覚・聴覚だけでなく、触覚・味覚・嗅覚、さらには周囲の魔素の流れや気配まで、360度全方向から完璧に記録・演算された情報群のことです。
【約32.4エクサバイト】
1エクサバイトは「約100万テラバイト(約10億ギガバイト)」。人間ひとりの五感と世界の情報を一瞬で完璧にデータ化すると、国家レベルの巨大データセンターすら吹き飛ぶような膨大な情報量(約32.4EB)になります。




