Disc1 Track7 獣
「さっさと着替えよう……」
一張羅……とまではいかないが、今日のコーデもそれなりに気に入っている。逸る気持ちを抑えながら、着ている洋服を脱ぐと───それらを丁寧にたたみ、サンドバッグのすぐ傍の、埃などで汚れていない清潔な畳の上に、そっと置く。
そして、バッグの中から練習用のアンダーシャツと、半ズボンを鷲掴みにして取り出し着用する。
5分ほど軽いストレッチを済ませると私は『シャドーボクシング』を始めた。
屋敷の衣装部屋のように、武道場の壁一面には大きな鏡が張り付けてある。鏡の向こう側で、拳や蹴りを繰り出す自身の動きを横目で確認しながら───私は体を温め始めた。
──動きは悪くない。『薬』もちゃんと効いている。
朝食を終えた直後に、毎朝服用している《《その薬》》は、お昼前後になると効き目が絶好調に達する。
お皿をうっかり落として割ってしまいそうになる『ドジっ娘メイド───ルルちゃん』の姿はどこにもない。
ビュン!! ビュン!! ──風を切る音が、ヒンヤリとした室内の冷たい空気を斬り裂く!!
さらに5分ほど経って、そろそろサンドバッグを叩き始めようかと考え始めたその時……
「……ちょいとごめんよ……ゴミ袋の回収をさせてね~」
「?? ……ああ!! いえいえ……」
入口付近から声が聞こえてきたので、誰か入ってきたのか思い振り返ると……そこに立っていたのは──先ほどの管理人だった。ノックくらいしなさいよ……いや、していたのかもしれないが……私が夢中になりすぎていて気が付かなかっただけなのかもしれない。
「にしても……すごい動きやんなぁ……なんか獣みたいやわ~目がたぎってるもん」
どうやら、管理人は数分前から入室していたらしい。彼女は40Lほどのサイズのごみ袋を片手に、そう呟いた。
「いえいえ!! まあ……歴だけ無駄に長いですけど……」
私はサンドバッグに左手をついて軽くバランスをとる。そのまま片足立ちになり……足の裏に張り付いた木屑のようなゴミをとりながら、適当に相槌を打った。すると管理人は暇なのか、こんなことを聞いてきた。
「それって、なんてやつなの……?? 『空手』とか……なんか色々あるやん……?? 知らんけど!!」
指を指す代わりにゴミ袋を持っている方の手を軽く持ち上げながら、彼女は興味深そうに尋ねてきた。自分の子供や孫に武道か何かを習わせようか検討中なのだろうか。
ちなみに語尾に───「知らんけど」と付けるのは、『古都民あるある』。最初は違和感があったが、最近ようやく慣れてきた。
「そうですね……ざっくり解説すると……」
私は「練習に早く取り組みたい!! 」───と思う一方で、「空手に興味を持ってもらえて嬉しい!! 」───とも感じていた。腕を組みながら自分の身体より、ひと回りほど大きなサンドバッグに背中を預けると、私は管理人に説明を始めた。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
ひと通りの解説を終えたところ……
「はあ……まあ知らんけど 」
(───じゃあ聞くなよ)
もっとも、こちらはあくまでも「使わせてもらっている側」なので、そんなことを口走るわけにもいかず……私は管理人に軽く会釈すると、サンドバッグの前に歩み寄った。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「……ゔぇしっ!! …………ゔぇしっ!! ……」
2ラウンド程経過すると、試運転を終え……私はギアをマックスまで引き上げて、サンドバッグにミドルキックを叩き込み始めた。決して『くしゃみ』をしていたわけではない。
左足を10cmほど、後方にずらすと同時に……右目を隠すように左手をスライド。地面の反発を使いながら───お尻の筋肉を使って、左脚の脛をサンドバッグの脇腹に叩き込む。
硬い皮や縫い目の感触が───ビリビリと伝わってくるが、不思議とそれが心地よい。
蹴り脚を、元の位置に戻す。今度はワンツー……私はサウスポースタイルなので───右ジャブから左ストレートの順番だ。脇が開かないように留意しながら、拳を繰り出していく。
(まだまだ、試合に出られそうだなぁ……体重が足りないから、増量は必須だけど。いや待て───そしたら筋肉ムキムキになってメイド服が着られなくりそう……やっぱり辞めておこう)
そんなことを考えながら、その後……5ラウンドほど汗を流した。
………………
「……風が気持ちい~」
あの後、練習を終えた私は武道場に併設されているシャワールームでシャワーを浴びて汗を流し、もと来た道を再び自転車に跨って走り抜けていた。行く先はもちろん屋敷だ。夕方から、再び『メイドのルルちゃん』に戻るのだ。
10月の涼しい風が、練習で火照った私の体を滑り降りる……とても心地よい。
季節の移ろいを、読んで字の如く肌で実感しながら───私は屋敷へ通じる大通りへと出るために、狭い路地の突き当りの角を左に曲がる。すると……
「?? ……あれ?? 」
──キキッーー!!
ゴム性のタイヤを後輪の金属パーツがサンドする音が、閑散とした住宅街に鳴り響く。要するに私はブレーキをかけたのだ。
ちなみに普段の私なら、こんな急ブレーキを踏んだりしない。この音がうるさくて苦手だから。しかし、そんな私でも──急にその場で静止してしまったのには訳がある。
「あっ……!! ルルちゃんじゃんーー!! 」
──そこには、『ベル』がいたから。
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[How to describe KARATE 第2章 フルコンタクト空手 ]
第1章にて解説した通り、空手には───大きく分けて『3つの種類』が存在する。
第2章においては『フルコンタクト空手』について解説する。
実戦形式の試合──『組手』を行う際は、対戦相手を戦闘不能状態にする……要は、キックボクシングのように、相手を『倒す』ことを目的とする。ただし、素手素足なので、顔面を手で攻撃することは禁止とされている蹴りはOK。
『フルコンタクト空手』という括りの中でも、様々な流派や会派が存在するため───細かいルール等は各団体で異なるが、前述した点は共通している。
よって、キックボクシングとは『親戚』のような関係として扱われることも少なくない。稽古内容のほとんどは───サンドバッグやミットを叩いたり、『スパーリング』を行ったりなど……キックボクシングと大して変わらない。
練習を行う際も『道着』を着用せず、Tシャツに半ズボンといった───『動きやすい恰好』であることも少なくない。「試合の時を除いて道着を着用しない」───という道場も存在する。
なお当該著書の編集者が行った独自の調査の結果───なんと調査対象となったキックボクサーの7割は『フルコンタクト空手経験者』であることが判明した。




