Disc1 Track8 “マリオネット症候群”
ブレーキを踏んだ私は、そのまま自転車を降りる──ことなく右足のみを道路に置きハンドルに手をかけたまま、マジマジとベルを見つめる。
ベルは顔立ちだけでなく、スタイルも抜群だ。身長はそこまで高くないものの、頭が小さく頭身が高い。また、彼女は着痩せするタイプであるため、メイド服を着ていると分かりにくいのだが──本当はバストがかなり大きい。
Gカップもあるそうだが、身体の線が細く、特に華奢なウェストとのコントラストが絶妙だ。いや……こういう言い方は変な誤解を生みそうなのでよそう。とにかく、彼女のスタイルの良さは──男性だけでなく、女性の目を引くことも珍しくないのだ。
それほどまでにベルは───女性としての美を「これでもか!! 」と詰め込まれた『究極美少女』だ。
そんな彼女は今……普段のメイド服姿とは打って変わって──体のラインが強調された緑色のニットセーターを着用、そしてタイトなジーンズとスニーカーを履いていた。
T字路を曲がった瞬間──そんな彼女の後ろ姿を目撃したため、私は声をかけた。彼女はサラサラのショートボブヘアを揺らし、こちらへと振り返ったのだが、その様と言ったらまさに『見返り美人』。私服姿の彼女を見たのは久々なのもあってか……私の胸は「トクンッ!!」と高鳴った。甘やかな痛みが、未だに左肩まで、じんわりと広がっている。
「ベルちゃんも、帰り?? 」
私は彼女に問うた。
すると彼女もまた嬉しそうに、私を見つめたまま目をゆっくりと細め──左頬に触れている髪の毛をこそばゆそうに耳にかけながら答える。
「うん。授業終わりに図書館で、『課題』やって時間潰していたの!! ルルちゃんも帰り?? 」
カーブミラーから反射している西に傾き始めた太陽の光が、スポットライトのように彼女を照らす。小汚い民家が密集している狭い路地が、豪奢な装飾が施された宮廷の回廊に早変わりしたように錯覚した。
「そうだよ~!!! 」
私がテンポよく相槌を打つと、会話のキャッチボールが始まった。ちなみに、ベルを含む屋敷の皆には、私が空手をやっていることを伝えていない───いや……正確にはやっていたことか……さっきのは、あくまでも運動不足解消程度だし。
理由は至ってシンプルだ───『かわいくない』から。
「……そしたら、2人で屋敷に戻ろっか!! 」
「!! ……やったー!! ベルちゃんとデートだ〜♪♪」
「もお~帰るだけでしょー」
私は自転車に跨ったままであったことを失念し、両手をハンドルから手放すと、両脇を絞りながら体を小刻みに揺らし小躍りを始めた。その瞬間──右足のみで支えられている私の身体と自転車はバランスを失い一瞬よろめく……も右膝を少し屈伸することでなんとか堪えた。
そして徒歩のベルに速度を合わせるために私は自転車を降りる。自転車を押しながら、彼女の隣で帰路を再び歩み出した。
〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜
「♪♪~ベルちゃんと…!! …ひっさびさに2人っきり〜♪♪」
「もお~さっきからそればっかりー」
今朝……屋敷にて朝礼前にベルと2人きりになる時間はあったものの、せいぜい5分程度だった。「久々にゆっくりお話したいなあ……」───と考えていた矢先、こんな形で、彼女にばったり会えるとは思ってもみなかったため、本当に嬉しかったのだ。
「だって……最近、ベルちゃん忙しそうだもん……」
「確かに……大学入ってメイド始めたばっかの時は、比較的ゆとりあったんだけどね……後期から実験も始まったから忙しい」
ベルは農学部に所属している。彼女の大学の農学部は看板学部であるため、偏差値もかなり高い。よって──入学後もそれなりに忙しい。
「夏休みは、いっぱい2人で遊んだよね……懐かしなあ……」
「そうだね……あの時、週4回くらいデートしていたよね……本当に楽しかったなあ……」
「メイドのバイト始めて、一番良かったって思ったことは──ベルちゃんに出会えたことかな……」
「えーー!! それ本気で言ってる??」
「!! ……ほんとだよ!! 私の話──こんなに楽しそうに聞いてくれるのベルちゃんだけだもん!! 皆……大切な同僚だけど……それでも、ベルちゃんは『特別』だよ……私が、なに話したって、全部!! 笑顔で楽しそうに聞いてくれるんだもん……」
実は私は──“マリオネット症候群”という先天性の『精神(発達)障害』を患って生まれてきた。
この『精神障害』が起因して、ときおり私は自身の意思とは無関係に───衝動の赴くままに行動してしまうことがある。
例えば、一度口を開くと話が止まらなくなり、気が付くと30分以上しゃべり倒してしまうなど……
しかし、そんな時でもベルは嫌な顔一つせず───私の話を最後まで楽しそうに聞いてくれるのだ。美しいその貌を慈しみでいっぱいに綻ばせて……
「ルルちゃんの話は、面白いから全然しんどくないよー!! それに……楽しそうに話しているルルちゃんって──尻尾振っている『チワワ』みたいで可愛いし……!!」
「ほんと……?? 今は!? かわいい!? 」
「うん……!! かわいい〜♪♪」
私は右手を外側にした状態で、自転車を押しながら歩いていた───もちろん車道側。そんな私の左側を歩いているベルは、右手を伸ばして私の頭を──愛おしそうに「なでなで」する。
彼女の柔らかい手のひらが、少しパーマがかかった私の髪の毛の肌触りを楽しんでいることが伝わってきた。
「でも本当によかったね……中学の時に『良い薬』と出会えて……」
「そうだね……それまでは本当に地獄だった……」
特に小さい頃は感情のコントロールが下手だったため───癇癪癖が酷く、両親や保育園の先生をよく困らせていた。
そして小学校に上がっても、私の癇癪癖は治らず──学校では、同級生や上級生と頻繁に喧嘩をするなど……トラブルが絶えなかった。
ただ中学に上がったタイミングで私はとある人物と邂逅した。“マリオネット症候群”の専門医──この出会いは、私の人生の転機となった。
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[『発達障害の最新情報~10年前の知識はもう古いんです!!~』 第4章 マリオネット症候群 監修:オーバン大学医学部付属病院 精神科 発達障害研究グループ7期]
“マリオネット症候群”とは、脳内のドーパミンの分泌を促す機能に何らかの不全が存在していることから、感情のコントロールが難しく、対人関係において特に大きな支障をきたす──『精神(発達)障害』の一つである。
発症者は理性を伴って自身の行動や言動を制御することを困難とし、ときおり衝動の赴くままに突発的な行動を起こすことがある。
病名の『由来』については諸説存在するが、先述の様子が───「自身の意思で動くことが不可能な『マリオネット』を彷彿とされることにあやかり、かつて当該精神(発達)障害を研究していた医師が、そう名付けた」───という説が有力である。




