Disc1 Track6 意外な趣味
教授は、講堂に会している学生全員が立ち上がったのを確認し終えると……時計の真横に掲げてある『帝国の紋章』を見上げ───恭しく右手を胸に当てて敬礼した。『帝国の紋章』と一口にいっても数百年前から用いられている一番古いものや、近年一新されたものなど様々存在するため説明は後ほど……
春の『雪解け水』がせせらぐ音を彷彿とさせるイントロが終わり、歌唱パートが始まる。オーケストラの楽団によって演奏されるサウンドは、筆舌に尽くしがたいほどに圧巻であり、何度聴いても──感性の髄にまで染み入る感覚すら覚えてしまう。
ルーサン帝国の国歌は老若男女問わず、全ての帝国民に愛される歌である。 合唱コンクールなどで、
「ちょっと男子〜!! ちゃんと歌ってよー!! 」
とパートリーダーの──眼鏡をかけた三つ編みの女子に、小言をぶつけられる男子中学生でさえ、国歌斉唱の際だけは……精悍で勇ましい顔つきで斉唱するほどだ。
ちなみに、ここ───“オーバン大学”には『芸術学部』も存在しており、国歌の歴史研究に取り組んでいる研究室も存在する。 ある日、教養の授業にて、この研究室の教授が概要を説明してくれたことがあった。
実はこの国歌と呼ばれるものは『序曲』──『本来の国歌』を短縮したものであるらしい。それもかなり……
『full verって、どれくらいなんですか??』
講義に出席していた学生の一人が……おふざけ半分で投げかけた質問だった。だが教授はそんな冷やかしに無視を決め込むどころか、「良い質問ですね!! 」とでも言いたげに顔を綻ばせ、
『まだ、全貌は不明なのですが──それでも24hを超えることだけは確かです』
と答えたのだ。これには普段……全くやる気のない学生達も「「へー!!!」」と好奇心に溢れた驚きの声を挙げていた。
───『full ver』を、いつか聴いてみたいものだ。
そのメロディーは“太古の世界”にて、『世界そのもの』すら抱擁していたのだろうか……その歌声は、荘厳なメロディーラインにも埋もれない程の──存在感を放ち、天空にすら轟いたのだろうか……
絢爛な衣装に身を包んだ、嶺麗しい『歌姫』は──祭壇のようなステージの上で、星の数ほどのスポットライト……ではなく──星空そのものに照らされていたのだろうか。そんな想像をしながら、当時の私は組んだ両腕を机の上において、教授の話に耳を傾けていた。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
──国歌斉唱終了後……
講堂内に滞在していた学生達は一斉に、座席が並んだフロアの両隣に設置されている出入口に群がりだした。その大半は学食へ向かうのだろう。
ここで長机の上に置かれているホッチキス止めされた3枚重ねのレジュメを畳みながら、そんな様子を何気なく眺めていると、後ろから何者かが声をかけてきた。
「なあ……!! ルル……!!!」
「??……なあ~に~……??」
彼は『大林』──同じ学部の友人だ。外見は……どこにでもいる『普通の男子大学生』を想像してもらえたらいい。髪型はセンターパートの茶髪ミディアム、七分丈の紺色のスキニーパンツにブラウンのパーカーという出で立ち。要領よく単位を取って、隙間時間にバイトやサークル活動を挟み、充実したキャンパスライフを送っている───俗にいう『リア充』と呼ばれる人種である。
「オレさ!! 授業の後半に入ってきてん!! ほんでレジュメ貰えんくて!! あとで、コピーさせてもらうことできる?? 」
「うん……いいよ〜」
「オレ!! 高校は生物選択やってん……ほんで物理ほんまにあかんの!! 定期テストの時もマジで助かっているわ!! ほんまにありがとな!! 」
彼は大袈裟に両手を合掌して、明るい口調で私にお礼を言う。
「いいよいいよー困った時は、お互い様」
「マジで神やわ!! ほんでな───あとで、《《みんな》》でカラオケ行くんやけど……一緒に行かん?? 」
『みんな』──とはおそらく、高校や予備校時代から付き合いのある同じ大学の同級生なのだろう。
彼の出身高校は帝国でも、上位として名を連ねている有名進学校だ。よって、ひと学年で40人くらいの生徒がこの大学……“オーバン大学”へ進学する。
「あーいいね!! うーん……でも今日は、この後で寄りたいところがあって……」
「マジ?? バイト?? ……確か……『メイド?? 』……やったけ??」
「そうだね……それもそうなんだけど、その前にもう一つ予定があって……」
「はあーん、そっか!! 忙しいんやな!! ほなまた今度行こうや!!」
「うん!! ぜひぜひ!!」
ご覧の通り……彼は私とは『正反対の人種』であるが、彼はクラスの全員に平等に仲良く接してくれる──『いい陽キャ』であるため、評判は悪くない。そんな彼からの誘いは嬉しかったのだが、この後は向かわなければならない場所がある。誰かと食事に行くとか───そういった類の『約束』ではないのだが。
………………
私は大学構内の───とある場所へと向かっていた。
「はあ……ちょっとだけ、遠いのが難儀なんだよなあ。まあ古都って、冬でも雪降らないから自転車使える分……まだマシだけど」
自転車をこぎながら、私はそんな独り言をこぼしていた。自転車のカゴの中には、荷物でパンパンになった私のバッグが押し込められている。
構内の通りの脇には───銀杏の木が何百本と植えられている。この季節になるとその並木は一斉に実る……見物に訪れる観光客もセットで。しかも、もうすぐ“魔天祭”なので、ここ数日は特に多い。
そんな人混みを轢いてしまわないように、ときおり速度を落としつつ───なんとかたどり着いたのは……
『1回生』(古都では『○年生』のことを───『○回生』と呼称することが多い)が講義を受ける教養棟から少し離れたキャンパスのはずれ。
そこに設置されている民家ほどの大きさしかない小さな建物は武道場だ。私は自転車を駐輪し、玄関前の階段を2段飛ばしで駆け上がると、すぐさま窓口へと赴く。
階段を駆け上がる音が室内まで響いたのだろう。両開きになっているガラスドアの持ち手の片方に手をかけると同時に、事務室内でマグカップを片手にパソコンの画面を眺めていた中年の女性───管理人のおばちゃんが立ち上がり、受付窓へと歩み寄ってきた。
私は玄関のドアを半分ほど押し開けて、大きなバッグを抱きしめながら身体を滑り込ませるように入館。それと同時に、彼女は受付窓の引き戸をカラカラとスライドさせて、
「ああ……ルルちゃんやん!! …今日も偉いねぇ」
「いえいえ!! 恐縮です!」
人の良さそうな笑顔を浮かべてくれた。やや化粧が濃く、グロスが塗りたくられた分厚い唇はタラコを彷彿とさせる。晩御飯はタラコパスタにしようかな……
そんなことを考え始めた私に一度背を向けて、彼女はすぐ近くのデスクに置かれた金庫のようなケースを開ける。
「……えっと……ここにかけてあったような……あったあった……!! はいっ!! 『第二武道場のカギ』ね!!」
「ありがとうございます!!」
その手には「第二武道場」───と書かれたプラスチック製の札がぶら下がっている少しサビついた鍵が握られていた。私はそれを嬉々として受け取る。
「それにしても……こんなに、かわいい女の子が……意外なもんやなあ……怪我せんように気いつけてぇや 」
彼女は感心そうにそう漏らした。ちなみに私が『男性』であることは黙っている。大きな理由はない───説明するのが面倒くさいだけだ。
その後もう一度、御礼を伝えると……私は踵を返し、受付のすぐ向かい側にある扉のドアノブを捻り、前のめりで中へと入室した。
………………
武道場のひんやりとした空気が私の体を包み込む。スペースは畳12畳分くらい。利用人数が10人を超えると、少し狭く感じるだろう。
とはいえ、この第二武道場を利用する学生は少ないので、「狭い」───と感じたことは今までなかった。
バッグを抱えたまま、私はすぐさま壁際に吊るされている───2本のサンドバッグのうち、比較的新しい方へ駆け寄る。
「現状維持程度だけど……今日も頑張るか……!!」
『空手』は───私が愛してやまない趣味の一つだ。




