Disc1 Track4 男の娘
今朝もなかなか、慌ただしかった。それでも何とか乗り切った。リビングの後片付けや洗い物を済ませた私たちは衣装部屋へと戻ってきた。
「疲れたぁ~これから学校だるいなぁー」
私の背後から少し遅れて入室してきたベルは両手を万歳するように上げて、身体を逸らし「ぐっと」伸ばす。衣装部屋の鏡一面に貼られた───大きな鏡の向こう側の彼女も、全く同じタイミングで同様に身体を伸ばしていた。同時に髪の毛が揺れ、2日ほど前に入れた紅いインナーがチラリと顔を出す。
紹介が少し遅れたが、私たちは昼間は近くの大学に通う大学生だ。そして、その傍ら……メイドとして屋敷で奉公に励んでいる───要はアルバイトだ。
「大学って、正直なんのために通っているのか、意味を見出せないですよね……」
ヴィークは、私とベルに続いて衣装部屋へ入室するや否や───ベルに相槌を打った。今朝もとても慌ただしかったので、一息入れたいのだろうか……彼女はロッカーに立ち寄らず、入口の真正面の壁際にちょこんと置かれているアンティークなデザインの椅子に腰かける。お人形さんのように小さな身体から伸びるその脚は、非常に華奢。一般的な成人男性の腕回りより細いかもしれない。彼女はその両脚を小さくパタパタと交互に上下させながら……
「私、中学受験の時が、勉強1番頑張ったかな……それで燃え尽きて、大学受験は「行けるとこ、とりあえず行くか」───って感じで……ロクに勉強しなかった……」
ほんの少し……後悔の入り混じったような視線をローファーに包まれた爪先に送りながら、呟いた。そんな様子を見て、心優しいベルが励ましたくなったのか……
「ゆうてアタシと同じ大学じゃんー」
ヴィークの向かい側の衣装部屋中央に設置されているベンチソファーに「ポフン!!」と腰掛けながら明るく笑った。今朝、私と会話を交わしていた時のような間延びした喋り口調で。
そんなベルの気遣いをヴィークは無下にするつもりは毛頭ないのだろう。しかし、それでも納得しかねるといった様子で……
「ベルさんは『農学部』で理系でしょ……?? 私は数学とか理科、全然だめだったし、うちの大学って───文系の学部は偏差値低いじゃないですか?? だから全然……」
彼女は一度ベルと視線を合わせるも……「理系」という単語を口にした瞬間───小さく唇を尖らせて、ほんの少し拗ねる。そして視線を再び、ぶらりと伸ばした脚に沿いながら自身のつま先に戻した。
「余計なことを言ってしまったかな……」とすこし困ったような笑顔で一瞬固まったベルは……
「まあ……いうて、ルルちゃんがいるからねー!! 」
音を立てないように、自身のロッカーを開放──膝立ちになりながら息を殺して通学用のバッグの中を整理していた私に、話題を振ってきた。
「恐縮です……」
そう遠慮がちに呟きながら振り返ると荷物整理を一度中断。立ち上がって2人の輪の中へ参加する。
コミュニケーションに関しては……かなりあれであるが、私はIQだけは無駄に高い。
特に数学や物理などの理系科目が好きなのだ。よって、研究者になるかどうかは別として、「心ゆくまで、知的好奇心の赴くままに、勉学に熱中したい」───そう考えて、古都にある最難関の大学へと進学した。
まあ現役の時に、体調を思いっきり崩してしまい、本試験を受験できなかったので浪人を余儀なくされたのだが…… そのため実を言うと、私は彼女達より『一つ歳上』。
「私には無理ですね……科目数も倍くらいありますし……」
「うーん……まあ何を一生懸命頑張るかは───人それぞれですし、私の場合はそれが勉強だっただけですよ!! 」
先ほどまでは『頼れるお姉さんポジション』だったヴィーク。そんな彼女は今、どこにでもいるメイドのコスプレをした普通の女の子にしか見えない。椅子に腰かけたままのヴィークは、上目遣いで尊敬のまなざしを私に向けた。
彼女の瞳は、斜陽に照らされたひまわり畑を想起させるほどに───淡く幻想的に煌めいている。そんな不思議な輝きを放つ『瞳』が特徴的な彼女の顔つきは、『あどけなさ』に満ち溢れており───実年齢の18歳より更に2~3歳ほど幼く見えてしまう。こういうギャップが、彼女の魅力の一つでもある。
「はあ……それにしても……着替えるの面倒くさいなぁ。もうこのまま大学行っちゃおうかな……うちの大学って、入学式とか卒業式はコスプレする人多いせいか、普段から奇抜な格好している人多いんだよね。メイド服くらいなら、文字通り可愛いもんだと思うんだけどなぁ」
「「…………」」
私は『よいしょされる』のが苦手だ……特に学歴に関しては。この手の話題は発言を一つ間違えるだけで、空気を悪くしてしまう。
よって無理やりではあるが、体の向きを自身のロッカーにチェンジ。ガチャリという音を立ててドアを解放しながら、私はあっけらかんとした口調を作り───無理やりではあったが話題を変えた。しかし、そんな言動は逆にまずかったのだろうか。2人は急に口をつぐんでしまった。
「ん?? どうしたの……じろじろ見て??」
気まずさをごまかすためにメイド服の背中のファスナーを豪快に下ろし───生地が伸びないように留意しつつ、ネックラインに両手をかけて脱ぐ。埃などひとつも落ちていない程、清掃が行き届いている床に、「パサリ」とメイド服が落ちる。
───するとベルが……
「なんかさ……たまに忘れちゃうんだけど……」
「私も……そういえばって思った……」
「……???」
「「ルルちゃん(さん)って男の子だった!! 」」
そう……私は男性である。
「えっ……?? いまさら……?? 」
「いや!! だって、よく考えたらおもしろすぎでしょ!? 百歩譲って男の子がメイド服着て可愛くするのは───『個人の自由』だからいいとして!! 」
「お着替えも、同じ部屋でしてますもんね……」
脱ぎ落したメイド服を拾わずにトランクス1枚で立ち尽くしている私の身体を───彼女達は隅々まで観察する。 ちなみに私は……下着は『トランクス』しか履かない!!
「まあ……もう18歳超えているし、大学生だったらさ……男女のそういうことも……し始める年頃だし、お着替えくらいで騒ぐ必要ないでしょ!! 」
「まあねぇ〜なんかルルちゃん可愛いし、別に『嫌だ』なんて1ミリも思ったことはないよぉ〜ただ、よく考えたらシュールだなって思って……!! 」
「……いや!! ……その理屈は豪快すぎますよ……!! 」
ヴィークは、ベルの発言に切れ味抜群のツッコミを入れる。とはいえ、ベルほどではないものの……ヴィークも過度に気にしている様子はない。
「とりあえず、私は先に行くね!! 」
清潔な床ではあるが、お気に入りのメイド服に一ミリの汚れも残したくない私は、脱ぎ落したメイド服を優しく拾い上げ軽くはたく。そしてロッカーの中から木製のハンガーを取り出すと、慣れた手つきでメイド服をかけてロッカーに収納。
代わりに取り出したハンガーにはシングルタイプのレザージャケットがかけられていた。そいつを一旦、衣装部屋の中央に置かれているベンチソファーに広げると───今度はジーパンやVネックの長袖シャツがかけられたハンガーを次々と取り出し着替え始めた。
そしてブラウンのロングブーツを履き、最後にレザージャケットを羽織る。一張羅とまではいかないが『お気に入りの普段着』だ。姿見の向こう側に映っている自身のいで立ちを確認する……少し攻めたファッションだが、中性的な顔立ちと中和されているため、特に悪目立ちすることはないだろう。
顔の向きを姿見が見えるように固定したまま、右足の踵をあげて体を少し捻る……次は反対───我ながらよく似合っている。メイド服に着替えた時とはまた違ったよさがある。
まあ前髪の分け目が、心なしか微妙な気がするが……仕方ない。このままでも充分イケてるだろう。私は2人の方へと向き直り、
「じゃあ!! 私そろそろ大学行ってきますね……!!」
そう告げると……急ぎ足でベンチソファーを大股で飛び越え、ロッカーを再び開放───中から通学用のバッグを取り出し、2人にぶつからないように一旦速度を落として前をすり抜ける。最後に勢いよくドアを開け、退出───ドアを閉め忘れたまま……
「なんかさぁ〜そのうちほんとに───『女の子』になっちゃったりして……」
「……それは脅威ですね……」
開けっ放しのドアの隙間から、2人が何かしら話しているよう雰囲気が伝わってきたが───私は『ノイズキャンセリングヘッドホン』を装着した直後だったので、『その内容』は不明であった。
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『試験制度の成り立ち』については諸説存在するが……かつて交流のあった"異世界"に存在していた『とある国家』において採用されていた───「官僚登用試験制度を踏襲している」という説が有力である。




