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Disc1 Track3 屋敷の朝


──時刻は6:00……


 ここは屋敷の『リビング』。


 屋敷に、リビングはいくつか存在しているのだが、こちらは厨房と直結している───最(・)も(・)大(・)き(・)な(・)リビングである。帝国の名だたる大貴族が、各地から古都《こと》に集った際……全員を収容できるほど、スペースにはゆとりがある。まあゆうて100人くらいだけど。


 廊下につながっている入口の隣には、様々な絵画が立てかけられている。ちなみにそのうちの何枚かは、私と同僚のメイド───“ベル”がいたずらで描いたものだ。ご主人様の髪型を───いつもの『スキンヘッド』から『七三分け』に変えているのだ。たぶんバレていないはず……



 ヴィークはまだ着替え中のようだ。私は壁際に置かれている3人がけソファの片隅に脚を閉じて「ちょこん」と腰掛けた。リビングの中央には大きなテーブルが並べられている。特にやることもない私は、テーブルを挟んで向かい側に設置されている『掃き出し窓』越しに庭を眺めていた。


 早いもので10月も中頃に差し掛かった。庭に植えられたイチョウや楓の木々は、紅葉し始めている。その両腕いっぱいに抱えている木の葉は早朝の柔らかな秋の日差しを浴びて、そよ風に揺れている。


 今朝は暑すぎず寒すぎない快適な天候だ──掛布団をはがした時からそう感じていた。その風にシャワー後の熱った身体を包んだら、さぞ気持ちのいいことだろう。


 「掃き出し窓を開放しようかな??」──思い立ったが吉日。 私は新鮮な外気を室内に取り込むために、ソファから立ち上がろうとした──しかし、その時……



「あっ!! ルルちゃん!! おはよう〜」



 廊下へとつながるリビングの出口の方向から『のほほん』とした明るい声で、何者かが話しかけてきた。ふかふかのソファの背もたれに預けていた上体は今──立ち上がるためにやや前傾している。私はその声の主を確かめるために首を90度左に傾けた。



「あっ……!! ベルちゃん……!! おっはよ〜~~」



 声をかけてきたのは……既にメイド服に着替えていた──“ベル”。


 彼女は軽く手を振りながら、私の元へ歩み寄って来る。掃き出し窓のことなど、もはやどうでもいい。ベルとおしゃべりがしたくてたまらなくなった私は、素早く立ち上がると、『立ち幅跳び』のように反動をつけて勢いよく跳躍!! ベルの真正面に着地!!


 2.3mくらいは跳んだのではないだろうか?? 衝撃を吸収するために、軽く膝を屈伸させたので、目線の高さがベルと全く同じになった。彼女はくすりと小さく笑う。



「なんか昨日なかなか眠れなくて、それで変な時間に目覚めちゃったから、もう着替えちゃった!!」


「そうなの??」



 大らかなベルは、朝っぱらから突然《とつぜん》陸上競技を開始した私の奇行にも、たじろいだりしない。それどころか、しっぽをふりふりと揺らしながら足元に駆け寄ってきた小型犬を見つめるように、暖かい眼差しを私に注ぐ。



「なんか……天井に描いてある絵がさぁ〜気になっちゃって」



 そんな彼女は間延びした口調で、不眠の原因を語り出した。天井に『大きな絵』が描いてあるのは──やはり私の部屋だけではないらしい。



「私の部屋にも描いてあるよ〜!! ベルちゃんの部屋の絵は、どんなやつ〜?? 」



「……なんだろう〜なんかぁ……背中にでっかい羽を生やしているのね。それで、ルルちゃんみたいな『かわいい子』が半裸になっているやつ!!」



「えっ……なにそれ……?? 私の部屋のやつと全然違う!? 」



 私の部屋の絵を描いた作者とは異なる人物が描いたものなのだろうか。そんなことを考えながら、「ふーん」と小さく相槌を打った。



「まあでも、寝不足で体調崩さないように気をつけてね 」


 「なかなか眠れなかった」というひと言が気になった私は、そんなお節介を口にしてしまった。しかし、彼女は鬱陶しそうな素振りなど一切見せずに、


「それはお互い様だよー!! 」



 長いまつ毛があつらえられた瞼をゆっくりと落とし、彼女は慈しみに満ちた笑顔を浮かべる。



───ベルは本当に綺麗だ。



挿絵(By みてみん)



 白蝶真珠《しろちょうしんじゅ》のように──煌めいている瞳、高くて整った鼻梁《びりょう》、真紅のバラの花弁を彷彿とさせる上品な唇、白くて瑞々しい柔肌。そして肩まで、ギリギリ届かないくらいの長さに切り揃えられたボブカットはその顔立ちの整い具合を際立たせるのに最適なヘアスタイルだ。


 出会った当初は───毛先が胸元まで届くロングヘアだったのだが、数週間前にバッサリと髪の毛を切ったのだ。事情を聞いたところ、「失恋&元々はボブだったから」らしい。



 出会ってからしばらく経つが……未だに毎朝、顔を合わせる度に「ドキッ!! 」───としてしまう。


 そんな彼女も今は手持無沙汰らしい。私たちは定刻まで、お喋りをして時間を潰すことにした。



〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜〜♫♪〜♪♪〜♪♫〜



 その後5分ほど経って、着替えを済ませたメイド長補佐のヴィークが、リビングへやってくると……彼女は、本日の業務の『洗い出し』と『割り振り』を開始した。


 ヴィークはタスクの割り振りが本当に上手い。2分も経たないうちに朝礼が済んでしまったので、私たちは今……さっそく本日最初の業務───『朝食の準備』に取り掛かっていた。


 ヴィークとベルは厨房で調理に勤しんでいるようだ。昨夜《さくや》私がこしらえたロールキャベツのスープから漂ってくるコンソメの香が私の元まで届いてきた。一方の私は右手に積まれた10枚ほどのお皿をテーブルに並べている最中。暖炉を背にしているキッチンに最も近い座席に2枚目の皿を置こうとしたその時……『ある人物』がリビングへ、足を踏み入れるのを横目で確認した。



「『ご主人様』……!!」



 『屋敷の当主』である──『マリオ』こと、『シグマリオ様』だ。悪戯で描いた肖像画の中の『いで立ち』とは異なり、スキンヘッドが特徴的でワイルド。ちなみに以前、お寺の近くを散歩していたところ───「お疲れ様です」と、同じ頭をした修行僧らしき男性に挨拶をされたそうだ。



 当主である“ご主人様”に無礼があってはいけない。私は、お皿を積んでいる最中であったにも関わらず、テーブルの適当な箇所へ右手に積んでいた皿を置き───入口まで一目散に駆け出した。



「おはようございます……!! 」


「……」



 メイド服のスカートを軽くつまみ、足をクロスしながら、小さく頭を垂れて挨拶。しかし、ご主人様は怪訝そうな様子だ……私の所作に、何か不手際な所でもあったのだろうか……



「あの……?? どうされました……?? 何かお気に触ることでも……?? 」


「いや──皿……あそこに置いて大丈夫……?? 」


「えっ……?? ……あっ……!! 危ない……!! 」



 ご主人様が「スッ」───と何かを指差した。その先を目で辿ると、そこには入口とは反対側のテーブルの端に絶妙なバランスで積まれた皿が……あと数センチでも、ずれた箇所に置かれていたとしたら───大惨事であった。



「……失礼いたしました!!! 」



 私は、膝丈が隠れるくらいのスカートの裾を翻し───小走りで元居た場所へと引き返す。少しでも振動を加えると一気に「ガシャン!!」と崩れそうなので、足音を立てないように軽やかなムーブで……何事もなく無事辿り着いた!! そのまま流れるような手つきで皿が落ちないように横から支える。



「もお……よそ見しちゃだめよ 」



 お皿の中央に描かれた一輪の青い薔薇に、そんなお叱りを受けた気がした。そして再び、お皿を並べる作業にとりかかる。こ(・)う(・)い(・)う(・)時(・)に私はよくやらかす。



 基本的に2つ以上の物事を同時にこなせない。頭では分かっている。そして自分にも散々言い聞かせているのだが……どうも苦手だ。


 しかし、数学やチェスなどに取り組んでいる際は、複数のパターンを瞬時に頭の中で整理することができる──不思議である。



「ご主人様……!! おはようございます……!!! 」


「……うん 」



 厨房から、サラダボウルを両手に抱えてきたヴィークは、いつの間にかリビングを横断し、自身のお気に入りの座席に腰掛けていたご主人様の姿を認識するや否や──テーブルの真ん中に「そっ」とボウルを置き、恭しく頭を垂れる。



「ご主人様……申し訳ございません……メイド長の『モニカ』は今朝も……」


「また?? ……いいよ別に……今更でしょ?? 」



 ご主人様は目の前のテーブルに広げていた朝刊から一度顔を上げると、申し訳なさそうな表情を浮かべるヴィークにそう呟いた。口から出たワードだけを並べると、ぶっきらぼうな印象を受けるかもしれないが、その言葉には不思議な暖かみが込められていた。



「はい……」



 お叱りを受けたわけではないものの、それでもバツが悪いのか──ヴィークは、普段よりワントーンほど低い声で返事をした。そんな彼女を不憫に思ったのか、ご主人様はこう付け足した。



「いや謝らなくていいよ……もうあいつの好きにさせていいよ」


「ですが……」


「まあ……あれでも、ちゃんと自分の仕事はやってくれるから。最近は特に、“魔天祭《まてんさい》”前で色々忙しくさせているし。それよりお腹空いてるでしょ?? 早く朝食すませよ」



 ご主人様は終始《しゅうし》仏頂面で気怠そうではあったものの……誰も咎めることはないまま上手に会話を締め括り、再び目の前の朝刊を読み始めた。このやりとりでお分かりいただけただろう。強面ではあるが、ご主人様はとても優しいのだ。怒るどころか声を荒げている場面すら一度も目にしたことがない。



「よいしょ……!! お待たせ~~!! 」



 その後、1分も経たないうちに給仕用のワゴンを押したベルがリビングへ戻ってきた。ワゴンの上には──ロールキャベツの入った保温用食缶、食パンやコッペパンなどが盛られたバケット等が乗せられている。


 危うい場面もあったが、今日も無事───朝食の準備完了。


 ご主人様の「“魔天際《まてんさい》”の準備で忙しくさせている」──という言葉が少し気になったが……自分の仕事は終わったんだ。


───余計なことは気にしないようにしよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


[ルーサン帝国 公認建築士検定3級 指定教科書 第一章]


ルーサン帝国には、煉瓦造りの壁面や豪華な壁画などが特徴的な───『バロック式』の建築物だけでなく、『お寺』や『神社』など外観や構造が全く異なるデザインの建物が乱立している。


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