Disc1 Track2 ヴィーク
シャワー室のドア障子の向こう側にいたのは───『ヴィーク』こと『ヴィクトリア』だった。
「やっぱり……音で、分かるんですよ…………シャワーのお湯は出しっぱなしなのに、身動きする音が一切聞こえなくて──「あっ!! また忘れた……」って、固まっているの分かりました……私のシャンプー貸しますか??」
ありがたい!! 私の髪型は、最近の若い男の子の間で流行している──マッシュカットというやつである。したがって、ボディソープで洗えなくもないのだが……極力避けたいところだ。私は彼女の申し出に、感謝を述べる。
「あっ!! すみません……あれ……借りたものって、返さなきゃいけないですよね……でも、シャンプーの場合って──どうすればいいんだろう?? 使わせてもらった分と同量のシャンプーを──後で、ボトルかなんかに詰めて、お返しする感じでしょうか……」
「もう!!……まだ寝ぼけているんじゃないですか!? いいですよ!! お気持ちだけで結構です!! 」
吹き出しそうになるのをこらえながら、ヴィークは愛想笑いをこぼしている様子。私はドア障子の持ち手に右手をかける───内側に折りたたまれる形でドア障子が少しだけ解放された。
「手差し出して……!! 」
声のボリュームを少しだけ落としてヴィークがそう呟いた。私は、利き手である左手の掌を小さく差し出す。その瞬間、「プシュリ」という歯切れのよい音と同時に私の手の平にひんやりとした粘性の液体が付着───私の髪の毛のボリュームに、ちょうどいい量のシャンプーがプッシュされた。
…………
私は朝のシャワーを終え、ドア障子を全開する。
目の前に置いた脱衣かごの中に、軽く畳んでおいたバスタオルを、右手で掴み取る。まずは、バスタオルを左腕に当てて、左半身から水滴を拭き取っていく……次に顔周りの水滴。そして、透明なメガネケースを「パカリ」と開けて、黒縁メガネを取り出す。
耳の穴に侵入したかもしれないシャワーの水を放出するために、少し大げさに首を回す。隣のシャワー室の正面に置いてあるヴィークの脱衣カゴが目に飛び込んできた。
乱雑に脱ぎ捨てられたであろうパジャマ(かわいらしい熊のプリント付き)。さらに、そんな寝間着の下に身に着けるには、相応しくないであろう───黒いレース生地の『Tバック』が、共にしまわれていた。
そして、それらの上には紺色のリボンが「ちょこん」と乗せられていた。彼女のチャームポイントの一つでもある───ストレートロングヘアは、ときおりリボンで括られて『ポニーテール』にしてある。
ヴィークの身長は『152cm』。女性の中でもかなり小柄な方だ。年齢は私の1つ年下で、『18歳』になったばかり。
バストは、かなり小さく──正直いうと『ぺったんこ』だ。おそらくブラジャーを着用していないのだろう。だから、脱衣カゴの中にもTバックは入っているのに、ブラジャーが入っていないのだ。
とここで、次の瞬間……ひまわりが、風にそよぎながら奏でるメロディーかと勘違いしそうなほどに、かわいらしい声が───エコーをギンギンにかけた状態で、目の前のシャワールームから聞こえてくる。
「ルルさん……のぞいちゃダメですよ……!! もう……雰囲気でわかるんですからね!! 」
少しだけふざけた様子で冗談交じりに、彼女は私を揶揄った。
───先ほどのシャンプーの件で分かると思うが、ヴィークはとても察しがいい。
ぱっと見は──あどけなさが残る『可憐な少女』である。だが、とても気配り上手なのだ。彼女はメイドとしてこの屋敷にやって来てから、半年も経たないうちに『メイド長補佐』の役職を与えられるという異例の出世を成し遂げている。
一言で言うなら──彼女は視野が広い。
私は特性上……物事に熱中し始めると、周りが見えなくなってしまい、周囲の人間を困らせてしまうことが多々ある。特に仕事中は……
───そんな時、ヴィークは私の心理状態を察して動いてくれる。
「ルルさん!! お鍋を焦がさないために、見ていてくれてありがとうございます!! そっちは私がやりますので、そろそろお皿の準備に取り掛かっていただけますか?? 」
───これは、昨日のやりとりだ。
夕食の準備で、『厨房』が慌ただしい中──私は、どの業務に手をつけたらいいか……分からなくなり、混乱状態に陥っていた。しかし、何もせずに『棒立ち』になるわけにはいかない。とりあえず目の前にある『大きなお鍋』を焦げないように、かき混ぜていた時だった。
声の主は、ヴィーク。彼女はリビングでキングサイズのベッドすら、覆いつくせそうなほど広く、真っ白な『テーブルクロス』を敷いていた。横眼で私の様子を逐一観察していたのだろうか。
そして、私が何に手をつけたら良いか分からず、『まごつきかけていた』──のを感じ取った。その場で優先度が高い業務を──的確に指示してくれたのだ。しかも周囲の同僚に対して、私に悪い印象を与えないための『枕詞』まで添えて。
私は……彼女のそういう『人柄』が好きだ。というか……大好きだ。
私は障子ドアの向こう側にいるヴィークに、改めて感謝の念を送る。その後、シャワールームに直結しているメイド衣装部屋へ、脱衣カゴを両手に抱えながら赴く。
…………
私は衣装部屋に足を踏み入れた。入口の向かい側のスペースには、ハンガーを掛けて様々な衣装が、並べてある。パーティ用のドレスや、替えのエプロン……他にも冬用のコートなどなど。自身のロッカーの前に立つと、脱衣カゴを置いてロッカーを開放する。
「やっぱり、かわいいなぁ~〜」
凹みなど一切存在しないピカピカの茶色いロッカーの中には、木製ハンガーにかけられた『フリフリのメイド服』が収納されていた。 ほどほどにゴシックではあるものの、過度に華美ではない。
白と黒を基調とした───シンプルなデザインのメイド服だ。
このメイド服を見ると、「今日も頑張るぞ!! 」──と仕事スイッチが入る。
私はハンガーごとメイド服をロッカーから取り出し、着替えを始めた。
そして、10分ほど経過すると着替えがほとんど完了、コンタクトレンズ(度数−8.0)も入れ終えた。
「あとはカチューシャの位置さえ決まれば」……ロッカーの向かいの壁一面に張り付けられた『大きな姿見』越しに、頭に装着したカチューシャを両手で微調整する。
(……うん……バッチリだ!!)
カチューシャ───正式名称『ホワイトブリム』の位置は1ミリ単位で完璧だ……今朝見た『夢の中の自分』のように──激しく動き回ってしまうと、直ぐにズレちゃうんだろうけど……いや余計なことを考えるのはやめよう。
身だしなみを整えた私は、一足先にリビングへと向かった。




