Disc1 Track1 3回目
まどろみながら、長いまつ毛があつらえられた瞼を重そうに持ち上げると、携帯のアラームが鳴り響いていることに気がついた。
ベッドの枕元から四時の方向へ40cmほど離れた床に、携帯電話らしきものが置いてあるのを見つける。すると、私は画面に顔が張り付くのではないか──と思わせるほどの至近距離で、携帯の画面を凝視する。
時刻は──朝の5:30だ。
私は目が悪い。普段はメガネかコンタクトレンズで、視力を矯正しているのだが───裸眼の状態だと、ほぼ何も視認できない。
読者の諸君は……人生で何度か、『視力検査』と呼ばれるものを経験したことがあるだろう。私は、一番上の記号すら読めない。
仮に、検査技師から、
「では! ルルさん!! 視力検査を始めますので──メガネを一度、外してください」
と声をかけられ、メガネを外した後に遮眼子……ではなく、しゃもじを渡された───と仮定しよう。おそらく、私は全く気がつかないだろう。
仰向けになったまま、利き手の左手を斜め上に伸ばす。そして、ベッドの脇に設置してあるデスク上に置いたはずの『黒縁メガネ』を手探りする。
部屋に備え付けの大きなデスクの上は、物理学や微分積分学に関する小難しい書籍から……『月刊KARATE』、『一重瞼女子必見!! ~クールビューティ&切れ長目元~メイク術!! 』というタイトルを冠した、ポップな雑誌───などなど……
ジャンルを問わず、様々な書籍が乱雑に積まれている。私の左手が、その机上を練り歩く。あった───『私のメガネ』
私は、相変わらず仰向けになったまま、メガネを装着した。屋敷メイドの居室の天井一面には……一枚の大きな『絵』が描かれていた。
真ん中で立ち尽くしている人物は───『漆黒の装い』に身を包んでいた。見た目だけでは男性なのか女性なのか……判別が難しい───ここで朝を迎える度に、そんな姿に親近感を覚える。
そして、彼女or彼の背中には6つの雄大な翼が、はためいており……その背景には鮮血に塗れ、翼をもがれた『天使達』が無数に這いつくばっていた───グロい……
私が住む───“ルーサン帝国”で語り継がれている神話のワンシーンである。「どんな神話?? 」───という声が、ちらちら聞こえてきたような気がするが、説明はまた後で。一度に説明されても、情報過多になるだろうから。私も早くシャワー浴びたいし。
私は、上半身に掛けられたかけ布団を右手で剥がしながら、体を左方向に捻って、ベッドを脱出した。
…………
シャワールームにて……
───しまった……また、やってしまった。今週だけで『3回目』だ。
私は、シャンプーを自室に忘れたことに気がついた。
このままでは、ボディーソープで頭を洗わなければならなくなる。
さて、どうしたものか……
「ルルさん!! おはようございます!! もしかして……またシャンプー忘れたんですか……!? 」
シャワー室のスリットドアの向こうに、誰かがいるようだ。
頭より10cmほど高い位置に固定されたシャワーヘッドからは42℃のお湯が降り注いでいる。「シャー!! 」という音に紛れ《《誰か》》の声が、聞こえてきた。スリットドアが2人の間を隔てているため、その声には輪郭が存在しないように感じられる。
おまけに裸眼の状態なので、限界まで眉間に皺を寄せて目を凝らしても、はっきりと視認することはできない。しかし、雰囲気でなんとなく分かる。声の主は──メイド長補佐の『ヴィーク』こと、『ヴィクトリア』だった。




