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Disc1 track21 Diva



 ロアンヌのアナウンスから5分後……


 アリーナに設営された特設ステージ───その背には高さ10mほどの巨大スクリーンが聳《そび》え立っている。そこにはつい先ほどまで昨年の“魔天祭フェス”のライブ映像が延々と垂れ流されていたのだが、画面が急にブラックアウト。


 同時に会場中を照らしていた照明が一気に暗転した。それから数秒後……客席のどこかで小さな緑色の灯りが灯った瞬間───客席の至る所から赤、黄色……など、さまざまな色の灯りが連鎖的に灯り出した。


 ペンライトの明かりだろう。だいぶ西に傾いた太陽から差しこんでくるオレンジ色の光と交じり合い───幻想的な光景を創り出していた。


 そしてスピーカーからBGMが流れ出し……スポットライトに照らされながらステージに現れたのは……



『さあみなさん!! 今日は遠いところからお越しくださり、誠にありがとうございまーす!! 司会を務めますのは私───『ケンツー』でございます!!! 今日は一日!! 盛り上がっていきまっしょーーう!!』


「「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁ〜!!! 」」



 そう……我らがメイド長──モニカのお目当てである“ケンツー”である。マイク片手にステージの袖から小走りで中央に駆けてきたその姿を見た瞬間……実は私はこんなことを思っていた。



──私の顔立ちと『系統』が似ている。



 自分でこんなことを思ってしまうのはおこがましいかもしれないが──私がかわいい寄りなら彼はカッコいい寄りだ。切れ長の目元に色白の肌、シャープなフェイスライン……ところどころのパーツの造りが共通している。


 もっとも彼の場合は、私以上に骨ばった輪郭であることが起因してか、男らしい印象が強い。よって私と違って女性に間違えられることは流石にないだろう。


 ちなみに、念願のアイドルを生で拝むことが叶ったモニカはというと……

 

 


「あっ!! きたきた〜ケンツーだ……かっこいい……!!!」



 ケンツーに対し、熱い視線を送っていた。メイド服よりもボンテージ衣装に身を包み、鞭《むち》を振るっている姿の方が100倍似合いそうなほど、サディスティックな眼差しを私に向けている普段の様子とは全く異なる。


 目がすっかりハートマークになり、切れ長の目元はトリュフチョコレートのような甘ったるさを滲ませている───クールビューティキャラ(自称)のモニカに、こんなミーハーな一面があったとは、意外である。



『あれあれ?? もうすでにボルテージあげあげだね?? 最初から飛ばしすぎちゃうと……あとでしんどくなっちゃうよ♪まあその時は………オレが抱き抱えて、医務室まで運んであげるから───安心してね……もちろん……お姫様抱っこで 』



「「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!!! 」」


「きゃああああああぁぁぁぁ!!! 私も運んでえええええええ〜!!」



(いや、あなたは運ばれてきた人を───診(・)る(・)側だろ)



 ついに興奮が抑えきれなくなったのか───モニカは他の女性ファン同様、黄色い声援をケンツーにフルスロウしていた。もはや、『キャラ崩壊』の域である。



『さあ!! そしたら───まずは、トップバッターー行っちゃいましょー!!』



~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~



 その後は、さまざまなアーティストのパフォーマンスが繰り広げられた。


 ここ数年、破竹の勢いでレコード大賞やらなんやらを総なめにしているダンスユニット。世代を超えて愛される国民的アイドルグループ。お年寄りを中心に長く愛されている演歌歌手などなど……


 バラエティに富んだラインナップが続いていたため、あまりよく知らないアーティストのパフォーマンスも飽きることなく、楽しむことができた。



 そして日が落ちきり、秋の澄《す》んだ夜空に『ペガスス座』や『カシオペア座』などの星座の軌跡が描かれ始めた時刻───ついに……



『さあ……!! いよいよ『トリ』です!! みなさん……まだまだ元気ですか!?』


「「イエーイ!!! 」」


「ケンツー!!! きゃああああああ!!! きゃああああああ!!!」



 さっきから、モニカが私の左隣で「喉を乾さん」とばかりに、何時間も叫び散らかしているせいか──私の左耳には耳鳴りまで走り出していた。いっそのこと右隣のベルと変わってもらおうか……



『みんなまだまだ元気じゃーん?? それじゃあ……最後行っちゃおうか!! 『虹色スペクトラム』!! よろしくー!!』



~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~



 アイドルにとって───『センターポジション』というものは、誰もが一度は憧れる───夜空に煌《きら》めく北極星。観客の視線を1人占めすることが許される……まさに『女神』。


 そして、“虹色スペクトラム”において───センターポジションは、このように呼称される。



───“ディーヴァ”───



 ディーヴァを務めるのはもちろん───『ロアンヌ』である。



 そして今……会場に設営された特設ステージは、本日のライブイベント開催直前と同様に誰も立っておらず閑散としている。一つ異なるとすれば───頭上から差し込んで来るのは西日ではなく、果てしなく広がる天空《そら》から降り注がれる無数の輝き───会場内に灯る色とりどりのペンライトの明かりなど比にならない……誇張表現抜きに無限の彩《いろ》を帯びている。



 さて───そんな『天然のプラネタリウム』すらも前座に繰り下げてしまうのは他でもない……



 「今か今か……」と彼女達の到来を待ち侘びている私達の願いは遂に届いたのだろうか。マイクの音声が入る「プツ……」という音が微かに聴こえた!! そして……



『皆さーん!! 最後までありがとうございまーーす!!』


「「「「!!!……うおおおおおおおおお!!!!!!」」



 星空のベールに装飾された静寂を甘やかに切り裂いたのは───ロアンヌの肉声……会場全体は今日一番の歓喜の渦に包まれた。一曲目が始まるタイミングで姿を現すのだろうか。



『ここまで、お付き合いいただいた皆さんに、『素敵な思い出』を持ち帰ってもらえるように………精一杯頑張りまーす!!』



「「 「うおおおおお!!!!!」」」



 グルーヴ感も申し分ない。帝国中から会場に詰めかけた来場客と彼女達──虹色スペクトラムの心は完全に一つとなった!!



『それでは聞いてください!! ───<夏休み前日の終了式は切ない>』



 曲名が告げられると同時に、氷水のプールで冷やされたサイダーを一気飲みした時のような爽快感を彷彿とさせるイントロが流れ出す。これは私が高校生時代に月曜の9時から放送されていた学園ドラマのテーマ曲だ!!


 数秒後に巨大なスピーカーから駆け出してきたのはキャッチーでアップテンポなメロディーライン!! バンド編成で奏でられるそのビートは疾走感にあふれているにも関わらずどこか切ない……


 そんな感傷に浸っていると Aメロが始まる寸前まで来たようだ!!───ロアンヌを筆頭に、女子高生の制服をベースにデザインされた可憐な衣装に身を包んだ女の子たちが───ステージに駆け込んできた!!



挿絵(By みてみん)



 右隣の座席にいるベルよりさらに右側の席にいるヴィークとマリアは、少し離れた席にいる私にも分かるくらい──テンションが爆上がりしていた!!



「うわあ!!! きたきた!! マリア!! 今日のロアンヌちゃんも、めっちゃいい!! やばい!!」


「ヴィークちゃん……そうだね……可愛い……来てよかった……」



 ここで普段の鈴を転がすような声をさらにかわいらしく弾ませているマリア、ヴィークの2人とは対照的に……私の左隣のモニカは、流石に少しは落ち着いたのか、さっきとは打って変わって、お茶の間で正月のテレビ番組でも視聴しているのか───そう思わせるほど、リラックスした表情でステージを眺めている。



 一方のベルは、ありし日を懐古するような遠い目をしながら「ぼそり」と………



「……綺麗……ロアンヌちゃん……実はアタシ……何度か見かけたこと、あるんだよね……舞台裏でもすごく優しかった。向こうは、私のことなんて覚えていないだろうけどね……」


「あっ……そうか……ベルちゃん、昔……」



 そんなことを呟いていた。そういえば、ベルは───高校生の時、アイドル活動をしていたのだ。ベルが所属していたグループは、歌番組に出演するほどの人気はなかったらしいが……小さなフェス等で、何度かロアンヌを見かけたりしたのだろう。様々な感情が入り混じっているであろう声でベルは目を細めながら、



「歌……本当に上手だよね……」



 ベルは珍しく、しんみりとした表情で浸っている様子。周囲は熱狂の渦に包まれており大歓声が轟いているというのに──どういう訳かその呟きは、私の耳に届いてきた。



「うん……生で見たの初めてだけど、本物の女神様みたい……まさに『ディーヴァ』だよね……」



 そんな彼女に対して、私は精一杯の共感を込めて相槌を打った。



 数万年前に誕生した永久凍土の隙間から染み出《い》で……極寒の厳冬を越えた野原をあたたかく潤《うるお》す小川のせせらぎのようなその歌声は───先ほどのアナウンス以上に甘やか。モニカの大絶叫で激しくドラミングされ、紅に染まりきった私の鼓膜まで癒してくれる。


 この声で……この世界───“常闇の大地”が包まれたら、ノイズキャンセリングヘッドホンが不必要な生活を送れるようになるかもしれない。



 普段の私であれば不愉快で仕方がない喧騒が、やけに遠くから聞こえてくるような気がした今この瞬間。私はそんなことを考えながら、ヴィークから事前に手渡されていたサイリウムを小さく振っていた。




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