Disc1 Track18 偶然
私はモニカの『拷問』から解放されると……すぐさま自室へと戻った。疲れ果てていたことで着替えることすら億劫であったため、私はメイド服を着たままベッドにうつ伏せになり───そのまま夢の中へと引き摺り込まれた。
そして……またあの不思議な『夢』を見た。
全く同じ内容……登場人物は───私とヴィークとベル……そしてあの『怪物』
───いったいなぜ……??
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「……んっ」
いつも以上に重たい瞼を持ち上げると……私は首の左側に違和感を覚える。
ベッドの上でうつ伏せになり──右方向を向く形で眠りに落ちてしまったためか……首がとんでもない角度で捻られていたのだろう。
両手をベッドの上について、体を起こすと……首の左筋に電撃のような痛みが走る。
「!! うっ……しまった……もう……」
私は思わず、うめき声を溢してしまった。
「……それにしても……ほんとになんなんだろんだろう……あの『夢』……」
私は左手で首筋をさすりながら、今朝まで瞼の裏を──スクリーン代わりにして上映されていた夢を回想する。
今日のは一段と生々しかった。冷たい手で胃袋を掴まれるような『恐怖感』……ビクビクとアドレナリンを燃料に激しく脈打つ『動脈』……軟肌を掠める灰塵……
今でも思い出すだけで鳥肌が止まらない。『平和な現実』とはかけ離れた光景を──忘れられなかった。
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「……てことがあったんですよ……」
「……へー!! 面白いですね!!」
私とヴィークは現在溜まっていた洗い物を済ませ一息入れている真っ最中。厨房の中央に設置されている大きな作業台の縁に両手を置いてお尻をもたれかけ、私はヴィークに今朝の夢の中で繰り広げられた光景を語っていた。
『夢の話』───をわざわざ人に話すなんて、正直言うとかなり抵抗があるのだが……流石にそれが以前見たものと全く同じ内容であった場合、誰かに話したくなってしまうのは仕方がない。
ヴィークも、私が手をかけている作業台の縁両手を置き、そこへ体を預けながら私の話に耳を傾けていた。少し上目遣いな眼差しが、なんとも可愛らしくいつも以上にテンションが上がっている私は続け様に言葉を紡ぐ。
「……なんか……夢って見ている間は、色々感じることがあったとしても大体起きて数十秒経つと忘れちゃうじゃないですか?? それなのに今朝、見た『夢』は──今でも鮮明に覚えていて 」
「……んー……私、そもそも『夢』──見ないから分からないなあ……」
「!! えっ……『受信料』滞納してるんですか……??」
「夢って『国営放送』なんですか!?」
家にテレビがないから──と言って、代金を踏み倒してはいけないよ。
「まあ……所詮は『夢』──ですけどね……」
いつもなら、この時間は忙しなく慌てふためいているところ──しかし、今朝はご主人様は不在なのだ。よって、昨日に比べると、のんびりとした空気が流れている。
だから、このように朝食の準備の片手間に、ヴィークとおしゃべりに興じているのである。
「おっはよ〜」
「あっ……!! ベルちゃん!! おはよー!!」
ヴィークと2人きりの──蜜より甘いひと時は、私の半身と言っても過言ではないベルの朝の挨拶で幕を閉じた。ちなみにこれが、ベルではなく配達業者の訪問などであったとしたら──『胴回し回転蹴り』の刑に処していただろう。
作業台に預けていた体を持ち上げて、ベルの方へと体を向ける。ベルは昨晩、一足先に自室に戻って就寝したというのに……私たちより遅く起床したらしい。二重の大きな右瞼を軽くこすりながら、厨房へと入室してきた。よほど疲れていたのだろう。
「……昨日、あんなに寝たのに……まだ眠い〜なんか昨日、『変な夢』──見たの……」
「!! ……えっ!! ……どんな『夢』……??」
『夢』───という単語が彼女の口をついて出た瞬間……私はビン底のように分厚いレンズのメガネをずり上げて、彼女の顔を凝視。少し小走りで彼女の元へと駆け寄った。
私の奇行や突発的な行動には慣れているはずのベルも、いつもとは違うただならぬ様子に面食らったのだろうか、
「……えっ?? ……なんか……こう……ルルちゃんが『バシバシ!!』──って頑張って!! それで、アタシがこう……でっかい剣みたいなやつで『バシンッ!!』──って叩いて……それで、ヴィークちゃんは見ているだけ──って感じの……」
彼女はやや戸惑ったようだ。先程まで擦られていた大きな目をさらに見開いた。しかし、すぐさま私の問いに答えを並べ始めた。かなりアバウトな説明だが。
もっとも、これが彼女の通常運転。こういう豪快なところもまた──ベルの魅力の一つだ。
「……2人で同じ夢を見るなんて……不思議なこともあるもんですね……」
作業台に置いていた両手のうち、比重が低かったであろう左手を持ち上げ、今朝はリボンで結われている長い髪の毛の尻尾を払いながらヴィークは首を傾げた。
「ヴィークちゃんは夢……!! 見た……??」
ベルの口から、私が先程ヴィークに投げたものと全く同じ質問が飛び出てきた。当然答えは、
「私……夢、見ないんですよ……」
である。案の定、ベルは再び目を丸くして喫驚
「!! ……ええ!! ……ちゃんと『月額』、引き落とされている……?? 携帯の設定の画面、開いてみたら……??」
「夢って、『サブスク』なんですか……!?」
「無料期間だけ楽しんで、ギリギリで解約しよう」──と当初は考えていたものの……結局、解約を忘れてしまい、月会費だけを搾り取られてしまう──『サブスクあるある』。
「あはは……!! ヴィークさんって──そもそも、睡眠時間短いんですよね……5hくらいでしたっけ??」
「……よく覚えてますね……そういえば、1ヶ月くらい前に、そんな話したなぁ……そうですよ!! ……基本的には、5h寝れば平気ですね」
「すごーい!! ……アタシ絶対無理だなぁ〜最低でも、7hは必要!!」
ヴィークの体躯は小動物のように小さい。しかし、なぜか体が強い。最低でも8hは寝ないと次の日は、身体が怠くて仕方ない私とは大違いだ。
もっとも……そんなヴィークでも流石に“あいつ”に比べれば……「まだ人間の域だな」──と感じてしまう。
ちなみに「“あいつ”とは誰なのか」──という話は追々《おいおい》するとしよう。
───と、そんな与太話に花を咲かせていると……次の来訪者がやってきた。
「おはようございますぅ~」
「あっ……マリアちゃんだ!! おはよう!!」
ベルが厨房へやってきてから数分後───今度はマリアがしゃなりしゃなりと厨房へと入室。彼女も非常に眠たそうな様子だ。手で口元を抑えながら、小さく口を開けてあくびをしている。
「マリアちゃん遅刻~今日も歩く度におっぱい揺れてるよ……あっはは!!……こぼれそう!!」
「えっ!! 嘘!! 恥ずかしい……」
マリアはベルに揶揄われると──両手のひらを、そっと胸元にあてる。それと同時に、深い谷間がより強調された……
───なるほど……これは確かに世の男性は好きだろう……
とここで、作業台の向こう側から、じっとりとした視線を感じた私は、厨房の入り口に向いていた爪先を180度回転させた。
それは、先程からこちらの様子を伺っていたヴィークのものだった。彼女はあざとく眉間に皺を寄せると同時に、露骨に唇を尖らせながら……
「……ルルさん……今……マリアの胸───見てたでしょ??」
「!! ……ほえっ!!」
その声音は、いつもの甘やかな音色とは打って変わって、ツンと辛いものであった。いつだったか、ベルと共に立ち寄ったレストランでオーダーしたトムヤムクンのように。
ヴィークは、少し早歩きでこちらへ詰め寄ってくる。
「……だって視線がマリアの胸元に釘付けでしたよ……!!」
そして、爪先立ちになりながら「ずいっ!!」と顔を寄せて来た……!! 幼気さの中に婀娜やかさが入り混じり出したその瞳は不思議な輝きを放っている。それは年頃の女性のみが宿すほんの一瞬の煌めきとでも言おうか。彼女はそのまま私の顔を覗き込む。
「……いや……まあ……」
その不思議な輝きの前には嘘のベールなど、意味を成さない。読んで字の如く『全てお見通し』だ。
元々目を合わせて話すのは苦手だが、気まずさを誤魔化すためにいつも以上に露骨に顔を背けて視線を逸らす……正直なことを申し上げると───確かに見ていた。
しかし、それはベルが『彼女の胸』について言及したからであって、変な意味ではない。そもそも、私には『裸体』や『下着』───などを見ると、そういった欲をそそられる感覚がいまいち分からない……
大体そんなことで、いちいち欲情していたら───屋敷で女性に混ざってメイドなんてやってられない。
ヴィークだって、そんなことは分かっているはずなのに……なぜ今更……
早鐘を打ち出した胸を抑えながら、私は不思議に思い首を傾げる。するとベルが私の困っている雰囲気を察してくれたのか……
「まあ……!! 女の子でもマリアちゃんの胸は見ちゃうよね~」
私のフォローをしてくれた。ありがとう……やっぱりこの子は、どんな時でも私の味方でいてくれる!! (結婚したい……)
しかし、彼女は何を思ったのか、ここで……
「だって、こんなに大きくて、ふわふわだもん!!」
「!! ひゃあ……!! ベルさん……」
マリアの背後に、するりと回り込み彼女の右肩の上に顎を乗せながら、両手を回して彼女の豊満なバストを持ち上げる。持ち上げられたことで、既に上半分が露わになっているバストが、さらに顔を出す。
真っ白で『つきたての餅』のように、柔らかなそれは弾力性も併せ持っているのだろうか。ベルの細い指が沈み込むと同時に、周辺の柔肉が反発するようにせり上がり、このままでは……
「!! あっ!! ルルさん……!! やっぱり見てた!! もお……」
「!! あっ……!! しまっ!! いや……!! 違っ!!」
私の身体の正面スペースを陣取っていたヴィークは、さらに憤慨した様子で、声を荒げた。
恐る恐る……彼女の顔へと視線を戻すと……
「むうう……」
「すっ……すみません……」
漫画であれば『プンプン!!』 といった類の擬音文字が2,3個ほど、彼女の髪の毛に装飾されているホワイトブリムのあたりに貼られているだろう。
キュゥッ……親指をしまい込むように握られた両手が視界の端に映った。
その瞳は心なしか、若干潤んでいるように見えなくもない。
しかし、ここでマリアが、幼馴染の乱心を察したのか援護射撃に遅れて名乗り出てくれた。
「!! ……あっ……えっと……でも、喜んでもらえるなら私の胸でよければ……好きなだけ見ていいですよ……ルルさん……!!」
そして味方である私の背中を思いっきり撃ち抜く……『誤射』である。
しかし、ここでヴィークは“メイド長補佐”である自身の『立場』を思い出したのだろうか。いつもより緩い空気が流れているとはいえ今は仕事中。彼女は小さく咳払いすると……
「……まあいいです……それより早く朝食を済ませて『フェス』の準備に取り掛かりましょう。今日の夕方に出発して、席を確保しないと……今日は会場で野宿するんですから」
キッチンの方へと踵を返しながら、息継ぎのタイミングすら入り込む余地のない程の早口でそう捲し立てた。もっとも未だに納得のいっていない様子。
私は口元を軽く摩りながら、昨夜のスープが入った鍋をかき混ぜ始めた彼女の隣に立つ。彼女が踵を返した際に、勢いよく振るわれたポニーテールの先っぽが私の口元に当たったのだ。
チラリと彼女の横顔を伺う。彼女はここ数日、屋敷の庭園でクルミを頬張っているリスのように───桃色のチークで彩られた小さな頬を膨らませていた。
ベルと全く同じ夢を見ていたことに───当初は気味悪さを覚えたものの、一悶着?? あったことで私はそんなことなど……いつの間にかすっかり忘れてしまっていた。




