Disc1 Track17 拷問
「……終わったあああ!!」
「疲れたぁ〜!!」
掃除が完了すると私とベルは背中合わせのまま、2人で床に──ペシャンとへたり込んだ。
その様子を、疲れを滲ませた目でぼんやりと見つめていたヴィークは、
「今日はご主人様が不在で助かりましたね……」
と呟いた。そう……ご主人様は今夜から、少しの間───屋敷を留守にするのだ。
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(↓↓回想シーン)
「あのさ……ちょっといい??」
「はい!! いかがいたしましたか!?」
食卓を囲んでいたテーブルに敷いてあったテーブルクロスを畳んでいる私の隣では──ご主人様がヴィークを呼び止めていた。
「3日くらい屋敷、戻らないから荷造りお願いできる??」
「はい!! かしこまりました!! かなり急ですね……」
「まあ……あの人、そういうところあるから。最近は特に多いけど」
ご主人様は太いその腕を組み、いかにも「やれやれ」と言いたげな様子で、小さくため息を吐きながらそう呟いた。ちなみにあの人……というのは実はこの国……ルーサン帝国の国王である。
私達が住むルーサン帝国では『王制』が採用されており、国王と政治に参加する権利を持った選ばれた国民で政を行っている。
そして古来より王家の血を引く者は『貴族』と呼ばれ、様々な特権を与えられているのだが、我が主人───シグマリオもその1人である。
しかし、一国の王を───本人がその場にいないからとはいえ、あの人呼ばわりするのは我が主人以外に、この世界に存在しないであろう。
「スケジュールを確認いたします……そうですね……今のところ、屋敷への要人訪問などはございません」
背筋を正して愛らしい笑顔で小さく頷きながら、ご主人様の言葉に耳を傾けていたヴィーク──彼女はエプロンの大きなポケットから仕事用のタブレットを取り出し、画面をスクロールしながら、そう呟いた。
「まあなんかあったらビデオ通話で対応すればいいでしょ。あとはよく分かんなかったら、あいつに押し付けといて」
「はい!! かしこまりました!!」
あいつとは───恐らくメイド長のモニカのことだろう。
実はモニカとご主人様は遠い親戚なのである。モニカの家系はご主人様の出自である『ミシテリア家』の分家にあたるのだ。
よって誰かが、ご主人様を訪ねにやってくる場合は───モニカが関係していることが多く、彼女がその場に同席していることも少なくない。
「流石にオレが、「そうしろって言ってた」って伝えれば、黙って言うこと聞くでしょ」
「はい。承知しました!!」
ヴィークが、より一層声を弾ませて首肯した。これで用は済んだらしい。ご主人様は、小さく「ありがとう」と呟くと、徐に席を立ち上がり、自室へと戻っていった。
その背中をヴィークは小さくお辞儀をしながら見送る。少し遅れる形で、私もテーブルクロスの片付けを一度中断──お腹の前で手を重ねると、背筋を伸ばしたまま恭しく頭を下げた。
そして、足音が聞こえなくなったことを確認すると、私は頭を上げ、背中越しにヴィークに話しかけた。
「なんか……最近特に忙しそうですね」
先程まで、上がっていた話題に関連しているものの──その内容はどちらかというと雑談の範疇。しかし、こういう何気ない声かけもコミュニケーションを築く上で不可欠。私は、それを屋敷での奉公を通じて学んだ。
「そうですよね……」
ご主人様が立ち去ったからと言って、彼女は露骨に態度を変えたりしない。私に少し遅れて顔を上げたヴィークは、目元にかかった髪の毛を払いながらこちらを振り返る。その顔からは、先程までご主人様に向けていた笑顔は消えていたが、口角を上げたまま今度は愛おしさに満ちた別の表情を作り直し、私の何気ない発言を優しく拾ってくれた。
そして、彼女はポンっ……と自身の太ももの辺りを軽く叩くと、
「ですが……正直、細かい業務内容とかは私達には不明ですし、あんまり首突っ込みすぎても迷惑でしょうから……言われた通りにこなすことだけ考えましょう!!」
再び愛らしい笑みを浮かべて、発言を締め括った。
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(回想シーン終了)
場面は先程までお掃除が行われていた談話室に戻る。さて──向日葵を彷彿とさせるほど明るい笑顔がチャームポイントのヴィークは、
「そうですね。おかげで今日は、夕食の支度をせずに済みます……これで夕食の支度まで必要だったら、流石に匙投げてました……」
表面上は疲れを微塵も感じさせない通常運転……ではあるものの珍しく弱音を呟いていることから流石に少しこたえたのだろう。屋敷の仕事に関しては、右に出るものはいない彼女が、こんなことを呟くなんて珍しい。それほどまでに、談話室を片付けるのは大変だった。
体を起こすのが怠かったため、床に腰掛けたまま目線を斜め上に送る。暖炉のすぐ近くに立っている大きな古時計の針は22時を回っていた。
「……晩御飯どうしよう…??」
私の背中から聞こえてきたのは、誰かに話しかけているのか独り言なのか曖昧なベルの発言──しかし、そんな彼女の言葉を、私はすぐに拾う。
「冷蔵庫に残り物のスープが入っていたような……寝る前にたくさん食べるのは体に悪いし……後はバナナとかリンゴとか──消化にいいもので済ませよっか…『ねこやき』は冷凍庫にしまって明日食べようかな」
「ルルさんって、ほんとに美意識高い……私も見習わないと……」
一方でマリアの何気ない一言も拾った方がいいのか逡巡……ただ、なんとなく気まずかったので、これはスルーして私は話題を変えた。
「そういえば……モニカさんも”虹スペ(虹色スペクトラムの略称)”のライブ──行くんですね??」
「……なに?? ……私が、いちゃまずいの??」
多少の手伝いはしてくれたものの、自分の専用スペース(モニカが勝手に決めた)の周辺の片付けが済むと、再びソファに腰掛けてサボりを決め込んでいたモニカ。彼女は今、ソファの肘置きの上に長い脚を放り出し、上半身を少し捻って私にじっとりとした視線を投げてきた。
そんな彼女の態度に、少しだけ胃がキュッとなった私は、早口で弁解を始めた。
「!? いや……なんか珍しいなって思って……私たちと遊びに行ったりするの──久々だなって気がして……むしろ!! 私は嬉しいですよ!!」
モニカは基本的に私たちと行動を共にしない。まあ……一番の原因は先ほどの『舌戦』から明らかなように、ベルと犬猿の仲であり、1分以上2人きりにしてしまうと……必ず喧嘩が勃発してしまうからだ。なぜこの2人はこんなに仲が悪いのだろう……??
「……私は男の子のアイドルの方が専門よ。司会が“ケンツー”だから……どうせなら生で拝んでやろうと思っただけ。なんで女の子が女の子のアイドル見て嬉しいのか……私には理解できないわ」
“ケンツー”とは──帝国で有名な男性アイドル事務所の『看板アイドル』の1人である。モニカは自他共に認める面食いなのだ。
「……モニカさん……人それぞれの楽しみ方があるんですから…!! そういう言い方は……あんまり良くないですよ…??」
「なんで女の子が……」という彼女の発言に、思わず少しだけ眉を顰めてしまった私は、意図せず彼女を諌めるような物言いをしてしまった。
モニカが偏見を持つことそのものに対して、どうのこうの口出しをするつもりはない。しかし、何気ない言葉で傷つく人もいるのだから……発言には気をつけるべきだ──と私は感じ、思わず口出しをしてしまった。
だが、2秒ほど経ち、私は自分の爆弾発言に遅れて気がついた。思わず「ハッ!! 」と息を呑んで、彼女の顔色を伺う。すると案の定、彼女の気に触っていたのか……
「……ルルくんさぁ……誰に対して……もの言ってるわけ……??」
「!? ……うっ…」
彼女は自分の意見に口出しをされるのが何よりも嫌いなのだ。だからベルとあんなに仲が悪いのか──こんなタイミングで私は納得してしまった。
彼女は脚を投げ出している肘置きとは反対側の肘置きに手を置きながら、妖艶さすら感じさせる仕草で立ち上がる。そしてコツコツとパンプスの踵のヒールを、わざと床に打ち付けながら……そこにへたり込んでいる私の元へと近づいてくる……
……コツ……コツ……
床にはふかふかのカーペットが敷かれている──本来はそこまで足音が反響しないはずなのだが、この時はなぜか部屋中に冷たく……未開の海溝の底を彷彿とさせる冷感を伴って、私の腹の底まで響き渡った……
(!? ……やめ……やめ!! ……て……)
だめだ……声が出ない…!? 飛び跳ねすぎて、水中を飛び出し──囲いの外へと放り出されてしまった鯉のように、私は口をパクパクとさせていた。
今日のお昼……私は獣を彷彿とさせる動きで、格闘技の『か』の字も知らないド素人を魅了してみせた。
今日の夕方……私は複数人の男たちを、圧倒的な力で蹂躙してみせた。
しかし……『狩る者』と『狩られる者』なら───今の私は『狩られる側』
私は───目の前に迫って来る……たった一人の『華奢な女性』が怖くてたまらなかった
彼女は……春風にそよぐハルジオン畑を彷彿とさせる──セミロングのサラサラな髪の毛を左手の薬指で耳元にかけた。すると……それとは対照的に───ランタンの小さな灯りすら点っていない──虚な瞳で、私の恐怖で見開かれた両眼を覗き込んだ……!?
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その後のことは……思い出したく……ない……
「……やめへふははぁい……!! !もうひまへんはは……!! ほめんははい……!!!」
「!! ダメよ……悪い『わんちゃん』はお仕置きしないと……ちゃんと躾けるのが飼い主の役割だもの!! ほらほら……もっと泣きなさい!!」
「!? ……ルルさん……私はどうすれば……でも!! ……こんなルルさんも……可愛い……」
今の私は、談話室の床に仰向けで寝転んだ状態──そんな私の腹部には爛々《らんらん》と狂気に満ちた瞳を輝かせているモニカが……!!
つまり今の私は彼女にマウントポジションをとられている。もはや逃げ場などどこにもない。そんな彼女に私は両頬を摘まれて引っ張られたり──掌底の部分でグリグリと、こねくり回されたりと……それはそれは凄惨な拷問を受けている真っ最中……そんな凶行を目の当たりにしたマリアはショックのあまり、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。真夜中の談話室では、そんなエキセントリックでカオスな光景が繰り広げられていた。
「はぁ……もお…!! ほんとに子供なんだから……ベルさんなんて、もう部屋に戻っちゃいましたよ……」
ヴィークは、「もう好きにしてくれ」とでも言いたげに、今度は流石に純度100%の呆れを滲ませながら呟いた。ベルは私に晩御飯のことを尋ねるや否や──厨房を経由して、そのまま部屋に帰ってしまったらしい。まあ……「昨日はあまり眠れなかった」と言っていたし、さっさと部屋で寝たかったのだろう。
普段は手よりも口を動かして、ヴィークに注意されている彼女が──先ほどの掃除の際は、珍しく口を噤んでいたのだが、恐らく眠たくて仕方なかったのだ。
モニカに好き放題、自分の顔を弄ばれ……朧げに霞んでいく意識の中で、私はそう思った。
…………
しかし、「そうは問屋がおろさぬ」──と言ったところだろうか……私が意識を飛ばしかけていることを察した彼女は……
「!? ……ちょっと!! ……なに寝てんのよ?? まだまだ私を満足させて頂戴……次はこの洗濯鋏で……」
「!? …跡がついちゃうからだめ!! お願い……やめて!?」
「……『お願いします』──でしょ??」
「お願いします……って!? マリアちゃん……!? 黙って見てないで、助けてえええ!! !」
その後、寝間着姿のヴィークが「いい加減にしなさい……!! うるさくて寝られない……!!!」──と抱き枕代わりのテディベアを抱えたまま、怒鳴り込んで来るまで……モニカ様の『拷問』は2h以上続いた。




