Disc1 Track15 マリア
私は、ほんの1時間前に訪れた大通りを再び訪れていた。
───私の自転車は……あった!!
神社前の大通りの脇に、私の愛車(?)は停められていた。幸い撤去されていないようだ。魔天祭当日だったら確実にトラックの荷台に積まれていただろう。当日は4車線ある車道を封鎖し歩行者天国となった状態でも───人混みでごった返すので……置き忘れたのが今日だったのは不幸中の幸いだ。
体力にはそれなりに自信がある方だが、今日は何度も激しい運動をした後なので、流石に疲れてきた……二度と忘れ物はしない。
そう固く誓った瞬間───
「ああ!! お姉さん!! ……荷物重そうですね!! よかったら僕が持ちます!!」
自転車のストッパーを外すために、自転車のハンドルを握ろうとしていた私の背後で───聞き覚えのある声が私の耳をかすめた。
「まさか……」と思い振り返ると……
「……お姉さん!! 綺麗ですね!! 『メイド服』もすっげえかわいいです!!」
「そうそう!! ……特にそのおっぱ……じゃなくて!! 健康的でいい感じっす!!」
(お前らまだ頑張っていたんだ…………)
そこには、2時間ほど前に私がギッタンギッタンにしたナンパ男が2人───メイド服を身にまとっている女性に声をかけていた。
もっとも、ちゃんと反省してくれたのか……物腰がとても柔らかくなっていた。そのためか……その女の子は少し困っているように見えるが、嫌そうな雰囲気は醸し出していなかった。
まあナンパという行為は古都の条例的にはグレーゾーンだが、そこまでとやかく言う資格は私にはないので見逃してやろう。
すると、さっきベルの手首を掴んでいたナンパ男が、私の存在に気が付いたらしく……
「あっ……!! ルルさん!! こんちゃっす!!」
彼は背筋を正し……私に90度のお辞儀をしてきた。まるで体育会系の部活の後輩だ。続けて……
「ルルさん……!! さっきはありがとうございました!! ……自分ら目が覚めたんす!! だから……紳士的な声かけを心がけてまっす!!」
もう1人のナンパ男も続けて私にお辞儀をする。ちなみにこっちは私に足払いをされて後頭部を強打していたため……お正月に網で焼かれて膨らんでいる───お餅のようなたんこぶができていた。寝る時は枕が当たって痛いだろうなあ……
ところで、古都民は敬語を話す時に標準語になるのはなぜだろう……おっと話がややこしくなるから余計なことは考えないようにしよう。
私は気を取り直して、一度咳払いすると……
「ああ……君たちか……まあ……あんまり迷惑をかけないように気を付けたまえ。あと……その子は同僚だから解放してあげて」
肯定とも否定とも取れない返事を───私はあえて選び、メイド服を着ている女の子を引き渡すように指示した。
ちなみに、メイド服を着用していることから分かるように──この子は屋敷で奉公に励んでいるメイドの1人だ。
「はいっ……!! それでは失礼します……!! 」
彼らは、元気よく返事をすると神社の階段を、元気良く駆け上がっていった。高校生って……いいなあ。まあ大学生も悪くないけど!!
さて……
「……マリアちゃん……大丈夫だった……?? 」
私は彼らを見届けると───『マリア』へと体を向けた。
「!! ……あっ……はい……大丈夫です……」
私より少し背が低く───ベルと同じくらいの背丈の女の子──“マリア”は、まつ毛がクルンと上がった大きなたれ目を細めながら……安心したような笑みを浮かべた。
太陽が出ている間よりさらに涼しくなった夜風が───彼女のウェーブがかかった茶色のロングヘアーをふわりと持ち上げる。
大都会のど真ん中だというのに、一瞬……私は今ラベンダー畑の中を彷徨っているのか───そう錯覚させるほど甘ったるくて上品な香りが、私の鼻腔をくすぐった。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
私は再び自転車を押しながら帰路を歩み出した。右隣を歩いているのは───ベルではなくマリアだが。
「……さっきはびっくりしました……なんか怖そうな人たちがルルさんに挨拶しはじめたから……知り合いだったんですか……??」
彼女はおっとりとした穏やかな口調で、そんなことを問いかけてきた。
「ほえっ!! ……えっと……まあ……前のバイト先の生徒かな……塾講師やっていたから!! ……すぐクビになったけど……」
私はとっさに思いついた苦しい言い訳を並べた。
「あっ……そうだったんですね……ごめんなさい……私って、本当に鈍くて……」
「いやいや……!! 大丈夫だよ!!」
どうやら彼女は納得してくれたらしい。私は、ほっと胸をなでおろす。
「……私……年はルルさんより一つ下だけど、一応『先輩』だから……本当はもっとしっかりしないといけないのに……いつも迷惑ばかりかけて申し訳ないです……」
何となく分かったかもしれないが、彼女は自己肯定感が低い。一言で言うのならば───引っ込み思案である。
「そんなことないよ!! ……マリアちゃんが先輩で、私は凄く安心するよ!! 場の空気が凄く和やかになって……今朝だって、マリアちゃんシフト入っていない時間だったけど……いなくて寂しかったもん!!」
社交辞令抜きで、私はそう思っている。マリアは凄く穏やかで優しい。ベルやヴィークだって優しいが───マリアは口を開いていない瞬間も私に安心感を与えてくれる。
『ベルの優しさ』は高潔な外見にそぐわないギャルっぽい口調───といったギャップが引き金となって際立つもの。花で喩えたら……『真紅の薔薇』
一方のマリアは花で喩えたら───パンジー。見た目通り……おっとりとしていて優しくて献身的な乙女だ。常に口角の上がった微笑みの絶えない口元は柴犬の仔犬のようで、非常にかわいらしい。
「幼稚園児くらいの幼児に非常に好かれそうだな」──出逢った当初の私は彼女に対してそんな印象を抱いたことを覚えている。
とても素敵な女の子なんだから、「少しは自信をもってほしい!! 」という気持ちをこめて、私は彼女をいつも励ましているのだが……
「……ありがとうございます……でも、どうしても自分に自信持てない……私、太っているし……」
彼女は自身のお腹周りに手を当てて、しょんぼりした表情を浮かべる。
確かに彼女は───他のメイド達に比べると、ふくよかな体つきをしている。
しかし、それは「他のメイド達が細すぎる」だけであって、マリアが極端に太っている訳ではない。特に彼女は……その……なんとも言いにくいのだが
───非常に胸が大きい。
今、私の隣を歩いている彼女は、ヴィークに『お使い』か何かを頼まれたのだろう───屋敷で奉公をしている時の私たちと同様にメイド服を着ている。
ただ、私たちのメイド服とは異なり……バストの谷間の部分が大胆に露出されているデザインなのだ。
『可憐な顔立ち』と『穏やかな性格』とのギャップが凄まじい。ちなみにカップ数はFであるが、大きさ自体はベルより一回りくらい大きい。どうやらカップサイズと胸の大きさは、単純な比例関係ではないらしい。
……「なんでそんなことまで知っているんだ?? 」───という声が聞こえてきた気がする。仕方ないのだ。他のメイド達は私の目の前で、下着の話やらなんやらを堂々とするのだから……
特にマリアは、私の前でそういった『女子特有の悩み』を頻繁に口にする傾向がある。
「……マリアちゃん……今のマリアちゃんがベストなんだから……『綺麗になるために頑張ること』───は凄く大切だし応援したいけど……それが『イコール細くなること』じゃないよ!!」
容姿は女性的と言われるが、あくまでも私は『男性』───彼女の悩みを完璧に理解することは不可能だけど……「甘えてよかった!!」って思ってもらえたら嬉しいから……私は精一杯の誠意を込めて返答を心がけている。
「……うん……ありがとう……ルルさんって本当に優しい。ルルさんと話した後だと───自己肯定感すごく上がるっ!!」
まだ少し……しょんぼりとした空気を漂わせているような気がしなくもない。だが、ときおり街頭の明かりに照らされる彼女の表情は───紫色のパンジーを彷彿とさせる可憐さを取り戻していた。
街頭の明かりが───ステージを照らすスポットライトのようだ。うん……君だって、ヴィークやモニカ……ベルに負けないくらい───かわいい。
その後も何気ない世間話を交わしながら、私たちは屋敷へとたどり着いた。




