Disc1 Track13 メイド長のモニカ様
その後、オレは正利達とチャットのアドレスを交換し、別れた。
『また会おうな~ほんまにありがとう!! お前は恩人や~!!』
『『ルルさん!! 自分ら心入れ替えて真っ当に生きます!! 』』
少し面倒臭いところがあるが、高校生なんてそんなもんだろう。『帝国の未来』を背負う若者に『更生の機会』を与えることができたんだし───とりあえず一件落着。
そんなことを考えながら、オレは小走りで大通りへ戻っていった。脇道を出たところで───先ほど、『ひと悶着』があった場所が視界に入った。そこには……不安そうな面持ちで手提げ袋を両手で持ち、「そわそわ」しているベルが立ち尽くしていた!!
「!! ……あっ!! ……お帰りいいいい!!」
彼女はオレと目が合った瞬間……目を輝かせて、オレの方へと駆け寄ってきた!! そして……
「……ごめんね!! 心配かけて……って!! ……おっとと……」
彼女が抱き着いてきた!! 背中に手提げ袋の中に入っているであろう『ねこやき』の温もりが伝わってくる。
「……めちゃくちゃ心配したんだよぉ……『警察とか呼んだ方がいいかな』、でももしかしたら『実は昔の知り合いだった!! ───とかなら大騒ぎにしたら不味いよな』とか……」
ベルは上擦った声で、そんな迷妄状態に陥っていたことを吐露し始めた。抱きしめる力が、より一層強くなる……よほど心配かけたんだなあ……
「……ごめんね。でも大丈夫……向こうも、ちゃんと話し合ったら分かってくれたから……仲良くなって、チャットまで交換しちゃった!!」
「!? ……そうなの!! ……凄いね……そんなことあるんだ……」
流石に「ボコボコにしました」───とは言えないので、オレは適当にお茶を濁した。それより……
「ベルちゃん……あの……胸が……」
「……あっ……ごめん……!! 」
彼女は、抱擁をやめて再びオレと向き直る。
「……えっと……」
「…………うん……」
何となく気まずい空気が流れる。ただ居心地が悪いかというと、そういう訳でもなく……むしろ『青春っぽさ』がある。暗がりの中で、提灯の淡い光は境内へと続く階段の両端から、オレたちの顔を暖かく照らしている。
沈黙の間を優しく駆け抜ける祭囃子の音色は───「言葉なんていらないよ」……そんな風に語りかけてくれているように感じられて……エモい!!
『どうにかなってしまいそうな気分』ではあったが、周囲が観光客の騒音に溢れ出したことで───オレは理性を取り戻した。
「!! ……ベルちゃん!! そろそろ戻らないと……!! 荷物はオレ……じゃない!! ……私が持つから!! ……走ろっ!! 」
「!! ……えっ……あっ!! ……そうだね!! 急ごう!! 」
私がベルの手提げ袋とバッグを受け取ると───2人で同時に観光客をかき分けながら駆け出した。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「……着いたああああ……!!」
ここは屋敷の正面玄関の目の前から正門まで延びている石畳の通路。定刻の19時まで何とか間に合いそうだ。濡れたタオルか何かで、軽く汗をぬぐってメイド服に着替えよう。
「……はあ……はあ……ギリギリだね……ってか……はあ……ルルちゃん……体力……すごい……!!」
「!! ……あっ!! ごめんね!! ……大丈夫だった??」
ベルは前かがみになって顔を伏せ……両膝に両手をついて息を切らしていた。一応横目でちらちらとベルの様子をうかがっていたのだが、彼女は予想以上にバテていたらしい……配慮が足りなかった。前下がり気味に整えられた彼女のボブヘアが簾のように、彼女の火照って紅潮した頬や潤んだ目元にかかっている。
「……えっと……屋敷の裏……!! 井戸があるから『飲み水』汲んで来るね!!」
私は、荷物をいったん通路の脇に優しく置くと、屋敷の裏側へと駆け出した!!
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
───私のばかあああああ!!!!!
コップや水筒ないのに、どうやって水汲むんだよおおおおお!!!!!!
ここは屋敷の裏手にある井戸───水を汲もうと桶を投げ込み、中を覗き込んだ瞬間……
──カコーン…
投げ込まれた桶の着水音が、地面深くまで掘られた井戸内に響き渡った瞬間──私は手ブラで来てしまったことに気が付き、天を仰いで頭を抱えた。
顔を挙げる直前、井戸の水面に映る自身が「ハッ!! 」───っとした表情を浮かべて固まったシーンが、頭上の空に投影された……BGMは井戸内から漏れてくる虚しい残響。
───早く戻らないと!!
私は再び、屋敷の正面玄関へと駆け出した!! 投げ入れた桶を回収するのを忘れて……
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
やばい……これは最悪のタイミングだ……
玄関先でメイド長──『モニカ』とベルが正面から睨み合って、火花を散らしていたからである。
「あのさ……ベルちゃんさ……洗面所のドライヤーのコード……巻かないで出て行ったでしょ……?? 細かいところの詰めが甘い子って、いつまで経っても仕事できるようにならないわよ……??」
なにをそんなに目くじら立てているのかと思ったら……物凄くしょうもないことで、モニカはベルに対して、言いがかりをつけていた。
しかし、こういう時のベルは「見た目通り」──と言ったら語弊がありそうだが……高嶺の薔薇よろしく──なかなか鋭い棘を飛ばす。さらに彼女も色々溜まっていたのだろうか……?? 先ほどの疲れを微塵も感じさせない鬼気迫る表情で、
「急いでいたから、うっかり忘れたのは申し訳なかったよ……でもさぁ〜最後のひと言余計じゃな〜い……?? それに細かいとこがどうのって言ってるけど、自分はどうなの……??」
「……というと??」
帝国の美術館の最奥の間に、万全のセキュリティに護衛されながら展示されている『美女の絵画』───そのフェイスモデルだと言われても信じてしまいそうなほどに整った美しい顔立ちをモニカは怪訝そうにしかめた。
すると、ベルは「しらばっくれんじゃないわよ!!」とでも言いたげに、眉間に皺を寄せて誰よりも整ったその尊顔に怒りを滲ませると、
「!! ……細かいところ以前に、太いところもできてねーじゃんかよ!? だいたい……なんであんた、いっつも朝来ないの!? まずは自分が直すところ直してからもの言えよ!!」
皆んなが触れない痛いところを、物怖じせずに突いた──これが、ベルの凄いところである。
メイド長のモニカは、朝は席を外していることが多い。本来は起こしにいかなければいけないのだが……
『私は朝8時より前に起きると、低血圧でイライラするの!!』
と怒鳴られながら、追い出されてしまうのだ。よって、メイド長は朝礼に参加させなくてもよい──いう『暗黙のルール』が敷かれている。
なぜそのような傍若無人な振る舞いが許されているかというと、メイド長──モニカはこの屋敷の医療業務を全て取り仕切っているからだ。
名のある大貴族の長女にして名門大学を卒業した才女──である彼女は非常にプライドが高い──めちゃくちゃ拗らせているのだ。
卓越した頭脳と麗しい美貌、家柄──「非の打ち所がない」といっても過言ではないにも関わらず……何が不満なのか、彼女はいつも不機嫌そうである。
ここで、図星をつかれたことに、メイド長様はさらに腹を立てたのか……
「!! ……私は朝早く起きると、低血圧でしんどいの!! それに……あなたが倒れた時に、面倒見てやってんのは私よ?? 少しは感謝したら?? あと……私の方が年上なんだから、ちゃんと敬語使いなさい!? 口の聞き方も知らないの……??」
さらに、激昂した。しかし、ベルは負けじと応戦!!
「はあ?? それとこれとは別ですけど!? ……そうですね!! あなたの方が年上ですもんねぇ〜!! ……『8つ』もっ!!」
おい待て……それは「朝礼に出てこい発言」──の100倍不味いところを突いてる……特性上、空気を読むのが苦手な私だが……流石にその発言がヤバいことくらいは分かる。
案の定……かつて“北の大地”に存在したと謂われている幻の大雪原のように───真っ白で壮麗なモニカのほっぺは高熱でもあるのではないか──と心配になるほどに真っ赤に染まり……
「!? ……ちょっと!!! ほんっと……!! いい加減にしてくれない……!?」
「はあああ!!?? そっちこそ……!! ……いちゃもんつけんの大概にしろよ!!」
モニカは女性にしては身長が高い──172cmもある。男性の私より背が高いのだ。しかも……今は、通路から3段ほどの短い階段を昇った場所───玄関ポーチの上から、ベルを見下ろす形で睨みを効かせている。
そんなモニカに負けじと、ベルはモニカを見上げて睨み返す……!! バチバチ──と火花が音を立てている様子が側から見てとれた。
(やばいやばい……どうしよう……自分が怒られているわけじゃないのに……こういう時って、どうしたらいいか分からなくなって、パニックに陥りかけてしまう……)
この場を収める妙案がないか……IQ143の聡明な頭脳をフル回転させて、私は思考を巡らせ始めた。




